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第一話 異世界はまだ遠い

王道を踏み外す。

その覚悟を持って、書きました。

 高校二年生になる直前の春休みを満喫していた、三月下旬の昼下がり。駅に向かって歩いている最中、目の前で起きたトラックと建物との衝突に驚き、俺はその場に立ち尽くした。

 すると、何という裏切りだろうか。トラックとぶつかった衝撃により、その建物に付いていた看板が落下してきた。重力に従って落ちてきたその厚みのある看板は、俺を昇天させるには十分な力を有していた。


「初めまして、佐々木蒼さん。蒼、あお。ええ、とてもいい名前です。空と海を象徴する言葉、実に素敵な名前ですね」


「あ、どうも」


 痛みを感じる暇もなく生命活動は停止したはずだが、名前に高評価をされながら俺は目を覚ました。

 声の主を探そうと頭を動かすが、辺り一帯は霧がかかっているようで人影すら見つけることができない。この展開、日頃の行いのせいで二段階で葬られるルートすらある気がする。いや、やましいことなんてこれっぽっちもないけれど。


「大丈夫です。私は、あなたに危害を加えるつもりはありません。今はただ、案内役としていくらか説明を行うだけの存在です」


 あー、心が読まれている感じね。絶望的だよ。俺の、疲れたくないから頑張らないの信条が丸分かりだよ。右手を少し動すだけでも、すぐに俺の首が胴体とバイバイってなるに違いない。


「ふふ。やはり、あなたはおもしろいですね。後戻りができないなら、後ろを振り向くことすら必要がない。その考え方には、そう簡単に達することはありません」


「それは光栄だな」


 淀みなく俺の本心を読み上げられる相手に対し、ここでわずかにでも抵抗をしようとするのはお馬鹿さんだ。あいにく俺は、無駄と分かっていることに労力を使うほど奇特な人間じゃない。


「さて、決心がついたことだし、案内役の説明とやらを聞かせてもらおう」


 案内役は俺の言葉に微笑むと、ほどなく説明を開始した。


「まず初めに、あなたには自身の死を受け止めてもらわなければなりません。ですがそれは、必要ないでしょうね」


「建物につけられた看板と、プラスアルファでその建物の破片を頭に受けて生き抜けるなら、俺はきっと高校生兼スーパーヒーローの二刀流だよ」


「私からすると、あなたには十分スーパーヒーローの要素がありますよ」


 穏やかな声で言われると悪い気はしないが、本当に素質があれば今頃声の主くらい見つけてるっての。


「そう拗ねないでください。それでは気を取り直して、今から死後の選択肢について説明させていただきます。ですが、その前にこちらをどうぞ」


 アイマスクをしていたわけでもないのに、テーブルと椅子が突如として俺の斜め前に現れた。


「おいおい、テーブルの上にあるのは、俺がにわかファンを自称しているチーズケーキじゃないか」


「はい。ただ説明を聞くだけでは退屈だと思い、お供を用意させていただきました」


 最初の一口でこのチーズケーキの虜となっていたところで、案内役さんの説明が始まった。

 そこで示された死後の選択肢とやらは二つ。一つは生まれ変わり。再び地球で生きていくことができるらしいが今の記憶は失う上、何処で、何になれるかは全く決まっていない。つまり、未知多き賭け。


 そして二つ目。ここで放たれたる言葉こそ、ラノベやアニメ内でしか現実には聞けない言葉。


「異世界転生、これが二つ目の選択肢です。」


 さも当たり前かのように放たれた、異世界転生。日本のサブカルチャーを浅く狭く堪能する趣味があった俺からすれば、その台詞は実に衝撃的だった。どれくらいの衝撃かといえば、案内役さんが不自然に間を空けさせるくらいの衝撃だった。


「......え~と、どうして急に仰向けになったのですか?」


「人間、とっさには理解できないことに出くわすと、限りなく広がる空を見上げたくなる生き物なんだ」


「大変勉強になります。なるほど、人間という種族では及ぶことのない自然に、無意識のうちにすがってしまうということでしょうか」


「......まあ、そんなところだ」


 立派な考えを持っていることにして、さて異世界転生に向き合うとするか。

 両足を組んで座り直して膝に手を置いて気合を入れる。異世界転生? 異世界なんて、治安も衛生も分かったものじゃない。それに、命の価値もまるで変ってしまうだろう。

 いいだろう、かかってきやがれ。こちとら夢見がちな高校二年生だ。大抵のことは、とっくに何度も妄想をして疑似的に体験している。加えて命の軽さについては、ついさっき経験したところだ。

 生まれ変わり? 特技が損得勘定の俺にとって、そんな選択肢は論外だ。


「では、説明を再開します。異世界転生の選択肢を選んだ場合、記憶はすべて保持されたままとなります。また具体的な指定はできませんが、転生直後から戦争に巻き込まれるなどといったことはなく、出発点は極めて平和な地になります。ちなみに、私から何か特定の目的を指定することはありません。そのため、あなたの好きなようにお過ごしください」


「これで簡単な説明は以上となります」そう言って締めると、異世界転生について一人で考える時間となった。正直なところ、想像以上に楽しそうである。だって、幻想でしかなかったことが実現するうえに任務を与えられるわけでもない。最初こそ大変だろうけど、向こうに慣れれば一丁前に剣を振るったり魔法を使用しちゃったりして。それでいつの間にか世界を救って、何かやっちゃったとか何とか言っちゃって。

よし、ひとまず落ち着こう。俺は遠足の前日に興奮するような子供じゃない。だが、冷静になって考えても、これは魅力に満ち溢れている選択肢に他ならない。


「決まったぜ、案内役さん。俺が選ぶのは異世界転生、それ一択だ」


「やはり、あなたはそちらを選びましたね」


 案内役さんは満足したようにそう呟いたその直後、俺の足元に魔法陣が現れ発光し始めた。

 魔法陣を除けば相変わらず霧しか見えないような空間だが、その霧が僅かに青みがかったり赤みがかったりして変化しているようにも見える。


「転生が完了するまでに、あなたに一つお願いしたいことがあります」


 心地よい沈黙のなか、ふと案内役さんがそう口にした。


「死んだばかりで言われてもな」


「さあさあ、こちらチョコケーキと紅茶になります。こちらもぜひ」


「話を聞かせてもらおう」


 突如として目の前に現れた、これまた俺がにわかファンを自称するケーキ。この恩を仇で返すことができるだろうか。いや、できない。


「難しい注文をするわけではありません。ただ、私に名前を付けてほしいのです。私と会ったばかりのあなたが、私に対して何を感じどのように思ったのか。それを名前という形で表してほしいのです」


「あいにく、俺は名づけの経験などないぞ。せいぜいゲームのキャラに付けるくらいで、それもあだ名みたいなものだ。にしても、このチョコケーキも美味いな。それに、紅茶とよく合う」


「名づけの得意不得意は重要視していません。私はただ、あなたが私に対して抱いた感想を知りたい。ただそれだけなのです」


 そう言われてもあまり気は進まない。何せ相手は、開口一番、死んだばかりの人間の名前を褒めるような相手だ。いくら重要視しないといわれても、ある程度のプレッシャーは感じる。

 しかし、尻込みした結果として転生を取り消される可能性もある。そのうえ、無理矢理に生まれ変わることにでもなったら、俺は自分の行動を呪わずにはいられない。


「分かった。今から考える」


 どうにも、異世界転生はそう簡単にできるものじゃないらしい。

 死後の世界におけるトップの名前を考える。下手をしたら、異世界転生の選択肢が消去される可能性すら考えられる。

 ならば、考えはやはり変わらない。


 異世界へ転生するために、名づけをしてやろうじゃないか。

一週間程度は、毎日投稿していく予定です。

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