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素晴らしき効率社会

作者: 空野 奏多

この小説はフィクションです。実在する国、団体、人物とは関わりがありません。

 2×××年。それはこの国にとって、決断の年であった。


 近年進む急激な温暖化により、生態系は変化した。寒暖差が激しくなり、かつて豊かな国と言われたこの国の海洋資源も、隣国の強引な競争に儚くも敗れ海鮮市場からは活気が消えた。


 増える台風被害により、作物も被害を受ける事が常態化した。家族農業は大変厳しい環境となった。


 よって政府は屋内栽培と農業会社の運営を強化し推進した。だが土地が少なく作業効率も悪く光熱費も高いこの国では、輸入品との価格競争もあり運営が思うようにままならない。結果、企業は次々と海外へと進出していった。


 上がる税金と物価に、庶民は安さやコストパフォーマンスに群がるように傾れていく。安心安全の付加価値がついた国内産は余裕がないと買えず、困窮する生活の質を上げるためにさらに安さをもとめて輸入品へと手を伸ばす。


 若者は生活の基準を家族ではなく個人単位にシフトして、苦しく余裕のない結婚よりも楽しく無理のない1人の生活を謳歌するようになった。結果、結婚率の低下と少子化は当然比例し、この国の人口は下がるばかりである。




 政府とて、なにもこの危機を黙って見ていたわけではない。




 国の中枢を担う長老たちは、「近頃の若者は……」と嘆きながらも、自分たちを支える若者の減少を喜べるはずもなかった。


 税収を上げるべく、女性や引きこもりの社会進出をさらに促すことにした。個人番号カードの発行を義務化し、成人である18歳を超える年齢の全国民に、国が運営するサイトへの加入を強制化し管理する事とした。


 さらに個人番号カードの銀行登録率を上げるべく、一般企業と結託してポイント制度を常時活用できるようにした。これにより、おおよその個人・世帯単位での収入や貯金率をさらに詳しく知る事ができる。


 当然クラウド化し、個別の情報はすぐに確認できなくした。が、税金の滞納などがある場合、職員が業務上で申請すれば把握ができるような制度を、目立たないように整えた。


 就職していない者にはAIを利用して、その世代に合致するであろう仕事をDMで定期的に送付する。それでも改善が見られない場合は、直接架電をする。職員の雑務は増える一方で、公務員の態度はさらに悪くなる。これが苦痛で着信拒否をする者も増えた。


 しかし未就職の者は精神疾患により、自殺者も増えるため管理を強化する必要があるという話になった。よって連絡の付かぬ者は支援課の職員が尋ねて安否を確認することとなる。


 この制度により、未就職の者は地域支援課への就職活動停止の届け出が必要となった。


 医師の診断した書類があればネット申請できるが、そうでない場合は直接市役所にて対義応答を含めた書類審査が必要となる。この審査が大変厳しく、ほとんどの場合は却下されてしまう。そうなるとまた、職員はその家に出向かねばならず、地方公務員の精神疾患も表面化していった。


 その件が問題視された結果、ボランティア活動を推薦する活動が始まった。多くは保育園や老人ホームでの支援などを目的としたものである。未就労者の場合月に最低4回としたが、時間は決まっていないために抜け穴として活用される事になる。


 さらに税収を増やす目的もあり、未就労者が自宅に申請等もせず1年以上いる場合は、就労税という税を収める事で免除される道ができた。余裕のある者はこれで働かなくて済む……という制度であった。


 しかしこれを皮切りに、人材の海外流出が続出することとなる。


 この国にこだわらぬ者には、損しかない。

 であるならば、外に出るのは当然だった。

 しかも、働いても対して楽にはならない。


 さらにボランティアのイメージが低下していった。政府の意図ではないが、暗いイメージが付き纏い、ただでさえ人手の足りず給与も安いボランティア先まで被害を被ったりした。


 しかもこのボランティア先の待遇は、ボランティアを派遣しているからという理由で政府からの補助金支給が抑えられていく。そうなるとやはり待遇は上がらず、変わらぬ離職率とブラックな環境を優しさで支える構造となりつづけた。


 さらに高齢者は増え続ける。しかし若者は増えないため、年金の負担額は年々上がる一方でサービスの質は落ちる。孤独死も年々増加傾向にあるが、いかんせん人手が不足していて現場はいつでもピリついている。


 その結果離職率はさらに上がり、企業の倒産が相次ぐために国営化が進んだ。しかしこれは、赤字を生み出す一方であった。



 こうしてさらに、この国の人口減少は拍車がかかっていく。




 国民は物価高、税金、管理からの苦しさに嘆いた。そして不名誉な事に、自殺者が急増した。新たなテクノロジーで社会を復興させようにも、人材は流出していく。


 栄えるのは精神医療や個人をターゲットとした企業ばかりで、社会不審のために詐欺も横行し、暗い影が国全体を覆い続けた。各国が統制する自殺者ランキングでは映えある1位となってしまい、そして介護費を払えないために家族が姿をくらませてしまう『脱介護』が流行語になってしまう。


 ついには、幸福度ランキングは万年底辺を彷徨い、この国は『不幸の国』と揶揄されるまでになった。



 国は、崩壊の一歩を着々と辿っていた。



 政治家たちは頭を抱える。税金が悪いのだろうとは思うが、しかしそれがなければ負債は増える一方で、国の運営が立ち行かない。一時的に消費税を下げた時もあったが、消費は思うように進まず負債だけが残った。


 そもそも個人を管理しているのが国であるから、すでに把握していることではあるが、国民自体にもさほど貯金はないのが確認されていた。


 定年制度はすでに廃止されたが、とにかく生きるのには金がかかるのである。さらに精神疾患が右肩上がりに上がるので、世帯あたりの医療費の負担も増える一方であった。


 議会では「愛国心が足りない」だとか、「収益がでないのは、次を担う優秀な人材が育っていないためだ」という話が上がる。「若者の心が貧弱すぎる」という失言もあったが、内心ではその場にいる皆が思っていた。


 けれど、税収がなければ立ち行かない。

 人もいない、資源もない、国力もない。

 では、どうするか。


 社会を見れば利益を上げ続けているのは共産主義国家か、資源があるか人口増加し続ける資本主義国家であった。共産主義に舵を切るのは理想ではあっても、もはや資本主義しか体験した事のない国民では首を縦には振らない。


 だから政府は、疑似共産主義に使える国家愛を広げるべく教育に手を出した。すでに国語はほとんどテストのための教科と成り下がっていたが、愛国心を植え付けるために郷土愛を語るような作品や議論も加えることになった。


 国民へは公表はしたものの、「郷土愛を深める心に寄り添った、精神的成長を促す、云々」のような説明となった。その結果、この教科の改正の意図を正確に知る者は少ない。


 そもそも国語は形骸化されてきていたため、関心がないためもあるかもしれない。むしろ背後の計画に目が行かず、表面的な良さに共感した者たちの賛同の声が目立った。


 さらに道徳の授業を強化した。これを必須科目とし、優しさからの愛国心を期待したものだった。


 このために廃止されていた土曜授業はまた復活し、子供の授業数は増えた。その代わり世帯収入に応じて、申請により高校までの授業を無償化。ただしこれは成績が伴わないと一部有料になるため、子供よりも大人たちの熱が入り、子供は外で遊ぶよりも勉強に縛られるようになった。


 子育てに余裕はなく、さらに子供の先の生活を考えればこそ、大抵の親は塾に入れるためさらに金がかかるのである。だからこそ、子供は1人っこが一般的である。塾に通わぬ子供は貧困層とみなされ、いじめも増える。


 強化された国語や道徳は、こういったいじめの問題には役に立った。というのも、これを救う者には、授業評価に加点がつくようになったためだ。



 これにより、従順で努力家で真面目な自分よりも国を優先する国土愛溢れる国民が国を支えるように――なるように見えたが。



 その環境で育たない国民が大半を占める現在、状況は変わらない。この子供達が育つまでは、国は衰退する一方であることは明らかであった。子供が育っても、支えられる社会がない可能性すら出てくる。もうすでに、赤字経営なのだ。




 実は議論の場で、話題になっていた事がひとつある。




 共産主義国家ではなく。

 人口増加も資源もないが。

 成長した、西の小国の資本主義国家。



 この国は、とある制度を取り入れた国だった。世界からは非難の声も上がったが、結果として、成長率が上がった国。


 これは最終手段だった。

 けれど、もうその段階だった。

 政府は、その制度を強行採決した。




 その制度とは――通称『死ぬ権利』である。




 端的に言ってしまえば、安楽死の公認である。人権と精神の自由を盾とし、国民は申請して審査が通れば、安楽死する権利を得ることができるようになる、というもの。


 人道的に問題視されたりもした。

 当然の如く、批判も浴びて政権は交代した。

 しかし制度は残ることになる。



 何故なら、他でもない国民が望んだという結果になったからだ。



 権利は、あくまで権利だ。まず審査がある。主に病状や意識、診察歴、経歴、その他医師の診断を加味しての審査だ。申請は家族でもできるが、必ず第三者機関の承認を得なければ実行には移れないようになっている。


 ニュースはこれを問題視したため、メディアは批判した。が、他でもない支える側の若者が違った――正当化情報がSNSなどで拡散されていく。


 それは高齢化社会の唯一の抜け道で。

 若者の唯一の逃げ道で。

 病人の一つの蜘蛛の糸であった。


 だからまず、いつもは動かない若者たちが動いたのだ。年齢層による票の格差問題に声を上げ、年齢層ごとの票の平均をとって成否を問う方式にするよう署名運動が始まった。


 今まで若者には、発言権がなかった。

 何故なら、少子高齢化社会だからだ。

 どうやっても上の母数が多く声は届かない。


 そのために投票に意味を感じられず、選挙などに出向く者が少なかった。投票しても意味がないものならば当然のことであった。


 しかしこの年齢別平均投票制を用いれば、今までよりも意見が通りやすくなる。これを解散前の政府が先に採決したため、なんと国民投票で『死ぬ権利』が可決されたのだ。



 これはわかりやすく言ってしまえば、「人の間引き」「人の選択」だった。



 闘病に苦しむ者の安楽死を許可する。

 精神疾患に苦しむ者の安楽死を許可する。



 本人が話せる状態の場合は、家族のみの選択はもちろん不可ではあるが――遺書などがあれば安楽死が許可される。恐ろしくも画期的な制度。


 資本主義は実力主義の制度であるから、ドロップアウトする者は大抵精神を病んでいる。つまり――結果として、資本主義に合わぬものに死ぬ権利を与える事となる。




 これは、人を選別する法であった。




 「人道から外れる」、「生存権の侵害だ」と批判もありながら、同時に「個人の自由の尊重だ」、「権利であり義務ではないのだから、選択が増えるだけだ」「そもそもそれを言うのであれば、死刑はどうなる」かどと肯定派の意見もあり議論を生んだ。が、結局受け入れられたのだ。




 これにより、この国の社会は一変した。




 無理やり生かされる高齢者は減り。

 苦しむ病人は安らかに眠り。

 資本主義に馴染めぬ者は喜び。


 さらには死を求める者はその権利を求めて、次々と移住してきた。これを求めていたと言わんばかりに溢れた者の中には、結果としてこの国に安寧を見出し定住した者も生まれた。


 この効果により、経済は結果として活性化し、損害は減り、勤勉で愛国心あふれる心優しく優秀な国民のみが残ることになった。


 そのために幸福度は上がり、生産性もあがり、出生率も上がり、テクノロジーは発達して世界にも驚かれる圧倒的V字回復を見せることとなった。




 こうして、この国は資本主義国家として。最高の、素晴らしく優秀で裕福で最高の効率化された黄金の社会を築きあげたのであった。



 めでたし、めでたし。

こうならないといいんですけどねぇ。(あとジャンル違ったらごめんなさい)

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― 新着の感想 ―
[良い点] かなちゃん、お久しぶり~♪ 身につまされるご指摘、まるで筒井先生のSFのような世界ですよね。 こんな世界は嫌だ~! [一言] ほんと安楽死の問題は難しいんですよね。 国語でいうなら、中三で…
[一言] 安楽死……というより、無駄に延命するのをやめるだけでもだいぶ違うと思うんですけどねぇ。 たらこの周りでも、それ絶対に必要ねぇだろ、苦痛を長引かせるだけだろ、もしくは無駄に死期を早めるだけだ…
[良い点] 奏多姉様❤ 執筆活動お疲れさま(*^-^)ノ
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