Abyss Cross Online
「はてさて、今回の攻略者はいつもより強そうだな。 無事に防衛できますかね」
俺こと『斎藤造』は目の前にいる異形のドラゴンを見ながら、誰にも聞こえない程度の小声でそう呟く。 パッと見だとドラゴンを目の前にして何をやっているんだと思われるかもしれないが、このドラゴンは俺の味方側だ。 同時に、俺のダンジョンの最後の砦とも言える。
もちろんダンジョンとはいっても、現実世界にダンジョンが出現したとかそんなファンタジーなものではない。 あくまで一ゲームの中での話だ。
遡ること10年ほど前、倫理観などの関係から絶対に完成しないとまで言われたフルダイブ型VRゲームがついに実用化された。 とはいえ、VRゲームが直ぐにできたというわけではない。 外側だけが完成しても、その中の部分、VRソフトと呼ばれるようになるものが存在しなかった。 そのVRソフトも年を巡るごとに作成され、今では三桁を超える数のソフトが存在するまでになった。
その中で、俺が今やっているゲーム Abyss Cross Online 通称ACOと呼ばれるVRMMORPGは、その完成度と可能性の多さにおいては他の追随を許さないほどだ。 また、ダンジョンとモンスターという比較的取っ付き易い題材にした結果なのか、廃人から初心者まで幅広い層から愛されている。 加えて、ゲーム開始直後から一人一人に個人のダンジョンが貰えることから、コレクションルーム的な扱いをされ、謎に女性人気も高かったりする。
それに、課金要素が個人のダンジョンの強さに結び付かないのもこのゲームが人気の秘訣だろう。 他のゲームと同様に、ガチャの要素やアイテムの購入の制度はもちろん存在する。 そうでなければゲーム会社も利益がでないだろうしな。 だが、このゲームにおいて、ガチャから出てくるモンスターはすべて合成の素材として使われる。 Abyss Crossの名前からも推測できただろうが、ダンジョンに居るモンスターのほとんどは合成によって作られるのだ。 この合成には運要素が多分に絡んでいて、たとえ同じモンスター、同じ場所、同じ時間、などなどの条件がぴったりと当てはまったとしても、合成後のモンスターは別物で、強いモンスターになったり、逆に弱くなったりと、ランダム性が強いものとなっている。
つまりは、仮に初心者で始めたとしても、合成後のモンスターさえ強ければ強くてニューゲームみたいなこともできる。 それは数々の配信者たちが証明した事実なので、長寿ゲームにも関わらず、現在も初心者の参入が絶えない。 とはいえ、モンスターだけが強くてダンジョンの運営ができるかと言われればそうじゃない。 ダンジョンには攻略者が付き物だからだ。
「ようやくここまで来れたなぁ!! マジでこのダンジョンクソゲーにも程があるだろ!!」
「確かにね...って半分近くあんたのせいでしょうが!! 何回罠に引っかかったら気が済むのよ!?」
「………来たか」
ドラゴンの前にある荘厳な扉の奥から騒がしい声が聞こえてくる。 攻略者の声だ。 攻略者とは、簡単に言えばこのゲームのベテランたち。 それぞれのダンジョンが攻略されづらい程度の水準まで上げた後、「異世界」とも称されるほどの完成度の交流マップへと足を進めた者たちだ。
彼らには各々目的があるものの、多くは自分のダンジョンが攻略されづらくするためという目的のために交流マップを旅したり、他のダンジョンを攻略したりする。 交流マップから入手できる物やダンジョンからのドロップ品を自分のダンジョンのDPとして変換できるからだ。 例を挙げると、無課金でこのゲームを進めた場合、現地人と呼ばれるcpuの侵入者の討伐だけではDPは賄えなくなる。 その解消法がプレイヤーの侵入者を討伐するか、他のダンジョンに自分から行くかというわけだ。
また、初心者たちが真っ先に目指すのも、この攻略者だ。 同時に自分のダンジョンをAIに任せてしまうという欠点はあるが、「異世界」を旅したいという願望は誰しも持っているということなんだろう。
俺はどうなんだって? そんな余裕は無い。
「扉を開ける時も気を付けなよ~? リーダーは斥候って概念も知らない脳金だからね~」
「ん。 アホ」
「ふぐっ……ま、まぁ何とか最深部まで来れたわけだらな!! 攻略できないにしても少しは情報を持って帰ろうぜ!!」
攻略者たちはそんな話をしながら、荘厳な扉を開いた。 果たして本当にアホなだけか、それとも俺を油断させるための策かなんて考えてはいたが、当のリーダーらしき人の防具が傷付きまくっているところを見ると、ただのアホかもしれない。
見る限り、防具を修復させるポーションも用意できていないことだし、HPやMPを回復するポーションも残り少ないかもしれないと淡い願望を抱きながら、ドラゴンと相まみえる冒険者たちを見る。 透明化をしている俺は、もちろん彼らに気付かれてはいない。 音を出したら流石に気付かれてしまうので、慎重にタイミングを見測る。
≪深淵のダンジョン ボスモンスター キメラドラゴン 戦闘を開始しますか?≫
≪YES≫ ≪NO≫
「「「「YES!!」」」」
ドラゴンが動き出した。 ということは、戦闘が始まり、攻略者たちはフィールドであるこの空間からは逃げられなくなったわけだ。
「今だな」
何の話だって? そりゃあ罠の話に決まっているだろう。 このゲームは完成度と可能性の多さで有名になったゲームだ。 その可能性とは、モンスターの合成だけではない。
「っしゃぁ!! まずは一撃くらわs」
『ガコッ』
「え?」
「は?」
「マジ?」
俺が手に持っているボタンを押すと同時に、最初に突撃を仕掛けたリーダーを含めた全員の床が抜けていく。 抜けた先はもちろん即死罠だ。 即死罠は即死と名の付くだけあって、触れたら即死する。 とはいえ、罠自体が発光しているため、触れる奴なんて一人もいない。 油断でもしていなければ。
攻略者たちも最終戦は罠なんて張っていないと思っていたのだろう。 下手をすれば自分のモンスターまで巻き込んでしまうから。 そんな甘い考えでは、このダンジョンをクリアすることは出来ない。 先ほどはドラゴンを最後の砦だと言ったが、この先もダンジョンが続いていないと言ったわけでは無いように。
「それは無いでしょ!? せっかくここまで来たのにぃ!!」
「詰んだ」
「はぁーーー」
「正直すまんかった…」
と、まあそんな感じで残念な最期を迎えた4人の攻略者たちであったが、俺の本当の戦いはここからとなる。 最初に下手なロールプレイングをしてしまったばっかりに、永遠に羞恥心を煽られるという苦行がこれから始まるのだ。
「くくくくく……はははっ、はぁーはっはっはぁー-!! 最っ高!! 見ていたか視聴者諸君!! あそこまで頑張ったのに、ラスボスの目の前で即死罠を踏んだ時の顔!! これこそが愉悦!! 最高の瞬間というものだ!!」
その苦行こそが愉悦系実況。 最初の頃は配信者として金を稼ぐためには、とにかくインパクトが必要だと思って始めたこのロールプレイングだが、まさかそれが定着してしまうとは。 有名となった今では後悔しかない。
≪コメント≫
名無しの攻略者:ほんまクソ
名無しの攻略者:ダンジョンマスターの鏡
名無しの攻略者:謝ったら? 俺達に
名無しの攻略者:血も涙もねえ
名無しの攻略者:こんなんだから、こいつのダンジョンは攻略したくないんだ
「お、お前ら……そこまで褒めなくても。 俺から挙げられるものなんて高純度の愉悦ぐらいしかないぞ?」
名無しの攻略者:褒めてない
名無しの攻略者:褒めてねぇわ
名無しの攻略者:誰が褒めるか
名無しの攻略者:てか時間大丈夫か? 今日は忙しいとか言ってたろ?
「ぬっ!? そうであった!! 忘れていたわ!! 言ってくれた視聴者には後日、愉悦を差し上げよう!! それでは今回の配信はここまでとする!! それではまた会おう!!」
名無しの攻略者:じゃの~
名無しの攻略者:愉悦はいらん
名無しの攻略者:おつかれー
即座に配信ボタンを停止して、一息つく。 ダンジョンを作るのは得意な俺でも、実況者には向いていないということがよくわかる。 世にいる有名配信者たちはどうしてあんなにも自然な配信が成り立っているのだろうか。 なんて考えながら、次はACOのコンソールを動かしていく。
「ログアウトっと」
俺がログアウトボタンを押した後、抜けたままであったボス部屋の罠は元に戻り、ダンジョンモンスターも移動を開始する。 AIによる自動制御が始まった。




