第3章 「人を呪わば穴二つ。」
こうして不幸の手紙に纏わる物証は、私の手元から綺麗サッパリと消え失せてしまったの。
まるで何事も起きていなかったかのようにね。
ここまで綺麗サッパリと消え失せてしまうと、「全ては一夜の夢に過ぎなかったんじゃないか。」って疑念が脳裏に過ぎってしまうんだ。
その疑念を解消してくれたのは、数日後に投函された地方新聞だったの。
「ねえ、飛鳥…この予備校って、貴女が通っていた所じゃない?」
四国旅行から帰ってきた母が広げた地方新聞は、予備校講師が脅迫罪の容疑で取り調べを受けている事を社会欄で報じていたんだ。
我が鳳家が購読している堺阪日報は、その名の通り堺県と大阪府にエリアを絞ったローカル紙なの。
だから、こういう全国紙では取り扱わないような小粒な事件も載せるんだよ。
「ちょっと見せて、お母さん…」
私は朝御飯の紅鮭を解す手を止めて、母から地方新聞を受け取ったんだ。
「どれどれ、『報国ゼミナール堺校の講師、元教え子数名に不幸の手紙を送付。母親に伴われて出頭するも、何かに怯えているようで取り調べは難航中。』だって?ああ、本当だ。」
地方新聞の社会欄に載っていた事件は、私にも思い当たる節があったんだよね…
大学受験に備えるため、私は高三の一学期まで報国ゼミナールという予備校に通っていたんだけど、そこの講師と馬が合わなくて退塾しちゃったんだよね。
何しろ私が休み時間にオカルト本を読んでいたら、「他の受験生の集中の妨げになるから」って理由で文句を付けてくるんだもの。
−休み時間に何を読もうが、私の勝手じゃないですか。
−そもそも本当に集中力があるなら、私の行動なんて気にならないはずです。
私の率直な意見は、件の講師には受け入れ難い物だったみたい。
それどころか、「ふてぶてしい反抗」と見做したみたいだね。
−そんな事じゃ、何処の大学にも受かりませんよ!
しまいには小娘相手にムキになって、こんな事を言ってくるんだもの。
私の方から愛想を尽かして、退塾手続きを取っちゃったよ。
それで暫くは自力で受験勉強をしつつ、夏休みまでに良さそうな予備校を探そうと計画していたんだ。
もっとも八月中盤には、その後の受験勉強は不要になっちゃったの。
現代妖怪や都市伝説について纏めた論文がAO入試で評価されて、畿内大学文学部文化学科民俗学専攻に合格出来たからね。
下手すりゃ予備校でしんどい思いをしながら取り組んだ受験勉強なんかよりも、息抜き目的で読んでいたオカルト本の方が、よっぽど入試に役立ったかなぁ。
例の講師が私のAO入試合格を知っているのか否かは、私には分からない。
だけど、彼が私に好い印象を抱いていない事だけは確かだと思うよ。
きっと私は、不幸の手紙を送り付けるにはピッタリの相手だったんだろうね。
恐らく例の予備校講師は、私みたいに気に入らない生徒や元生徒に、嫌がらせ目的で不幸の手紙を送り付けていたんだと思う。
ところが、私が不幸の手紙を付喪神で迎撃しちゃったせいで、呪いが自分に跳ね返って来ちゃったんだ。
古人曰く、人を呪わば穴二つ。
見境もなく他人に向けた負の感情は、やがて自分にも降りかかって来るんだ。
こんな神仏も恐れぬオカルトマニアの私が言っても説得力が無いけれど、他人の不幸を願うような陰湿な言葉は、控えた方が身のためだよ。
我が身に跳ね返ってきた負の感情に、押し潰されたくないのならね。