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第2章 「不幸の手紙の真の犠牲者」

 一週間という日数は無為に過ごすには長いけれど、何かを為そうとすると物足りないね。

 集めた資料を参考に仮説を立て、その仮説に基づいた準備を整えて。

 学業の片手間仕事なので大変だったけど、遣り甲斐があって楽しかったよ。

 やっぱり、自分の頭で考えて自分の意志で決断したのが良かったんだろうね。

 不幸の手紙が醸し出す恐怖に支配され、忌まわしい文面を思考停止状態で書き写していたら、この快感は得られなかっただろうな。

「いよいよ今日が最終日。もしも不幸の手紙が本当なら、日付けが変わったタイミングで何かが起きてもおかしくないよね?何しろ私は、不幸の手紙を完全に放置しちゃったんだからさ!」

 学習机に広げた不幸の手紙を一瞥すると、私はワクワクしながら床についたの。

 鬼が出るか、蛇が出るか。

 日を跨いだ瞬間に何が起きるのか、今から楽しみだよ!


 日付けが変わった瞬間に私が体験した出来事は、正しく心霊現象と呼ぶに相応しい物だったんだ。

「むっ…?」

 黒い靄みたいな物が私の部屋に立ち込めたかと思ったら、急に身体が重くなっちゃったの。

 俗に言う、金縛り現象だね。

 そんな虚仮脅しになんか驚いていられないし、舐められたら相手のペースになってしまう。

 そこで私は精神を統一して、黒い靄をキッと睨みつけてやったんだ。

 すると黒い靄の中に顔が浮かび、私に訴えかけて来るんだよ。

 何とも恨めしそうな、陰に籠った声でね。

『何故、手紙を回さなかった…?』

『不幸にしてやる』

『呪われろ…』

 これまで不幸の手紙を郵送した人達の生霊の集合体か。

 或いは、不幸の手紙という概念その物か。

 その正体に関しては未だ調査中だけど、不幸の手紙を止めた私を恨んでいる事だけは確かだったね。

 だけど、こんな陳腐な恨み節に怯む私じゃないよ。

 改めて一通り睨み付けてやってから、深呼吸して啖呵を切ってやったんだ。

「不幸だの呪いだの、好き勝手な事を言うんじゃないよ!不幸の手紙のせいで一番不幸になっているのが誰なのか、考えた事が一度でもあるっていうの!?」

 こんな威勢の良い奴をね。

「ないなら私が教えてあげる!ほら!これが不幸の手紙で割を食った、真の犠牲者だよ!」

 そうして懐から取り出した品々を、黒い靄へグッと突きつけてやったんだ。

『なっ、何っ?封筒に便箋…』

『それに、切手だと?』

 レターセットを突き付けられた事で、邪悪な思念体達が戸惑っているのは一目瞭然だったよ。

「そうだよ!こんな悪質なイタズラの道具に使われて、レターセット達がどれだけ嘆いている事か…その怒りと悲しみを、今こそ思い知らせてあげる!」

 悪しき思念体達のどよめきとは対照的に、私の精神は不思議なまでに落ち着いていた。

 明鏡止水の境地とは、この事を言うんだろうね。

「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム!我は求め訴えたり!書簡の付喪神よ、その恨みを存分に晴らすが良い!」

 そうして魔導書グリモワールに記された呪文を唱えた次の瞬間、私の手中にあったレターセットが勢いよく飛び出していったんだ。

 それはあたかも、生命が宿ったかのようだったよ。

「やれ、付喪神!汝の敵を打ち破れ!」

 百均で買い求めた便箋に、買い置きの茶封筒。

 そして何気なく保存していた、無数の使用済み切手。

 私の手から飛び出していったレターセットの群れは、黒い靄へと一直線に突っ込んでいったんだ。

『うおおっ!なっ…何だ、これは?!』

『便箋や封筒が、まるで矢のように襲い掛かって…ぐわああっ!』

 黒い靄として顕現した悪しき思念体の軍勢は、今や総崩れも同然だった。

 まるで蝗か小魚のように群れをなし、一糸乱れぬ動きで突撃を仕掛けてくる茶封筒と白い便箋達。

 悪しき思念体達も何とか回避を試みているけど、大量の切手に貼りつかれて機動性を奪われては、それもままならないみたいだね。

「アハハハッ!分かるかな、この怒りと悲しみは?不幸の手紙が再送される度に、徒に浪費されるレターセット達は嘆いていたんだよ!」

 不幸の手紙で無駄遣いされた事で、レターセット達は無念の想いを抱いているに違いない。

 そんなレターセット達の無念の想いを煽り立てて凝縮させれば、不幸の手紙に憤る付喪神が顕現するのではないか。

 私の立てた仮説は、どうやら正しかったみたいだよ。


 とはいえ、喜んでばかりもいられない。

 最後の仕上げは、キッチリとやらなくちゃ!

「これに懲りたら不幸の手紙なんか止して、暑中見舞いか年賀状に鞍替えする事だね!せいぜい頭を冷やしなよ、南無阿弥陀仏!」

 付喪神と化したレターセットが宙を舞い、黒い靄として顕現した悪しき思念体が苦悶の呻きを上げる。

 そんなオカルト空間と化した自室で、私は瞑目して合掌の姿勢を取ったんだ。

『ぐっ…ぐわああっ!?』

 すると次の瞬間、軽く目を伏した私でもハッキリ知覚出来る程の眩い光が弾け、壮絶な断末魔の絶叫が聞こえたんだ。

「むっ…?」

 その光と絶叫が収まるのを待って目を開けてみると、私の部屋は元通りの静寂を取り戻していた。

 例の黒い靄は勿論だけど、レターセット達も忽然と姿を消していたんだ。

 あくまで私の仮説だけど、あの悪しき思念体とレターセットの付喪神は、死闘の末に対消滅してしまったんだろうね。

「そっか、相討ちになっちゃったかぁ…これで昨日の超常現象を知るのは私一人…お父さんとお母さんが旅行中だから騒がれずに済んだけど、何か物的証拠が欲しかったな…」

 ぶつくさとボヤきながら部屋中を探し回ったけど、昨夜の痕跡は何も見つからなかったの。

 学習机の上に広げていた不幸の手紙も確認してみたけど、不思議な事にインクの文字が抜けてしまって、元通りの真っ白な便箋に戻っていたんだ。

 不幸の手紙と悪しき思念体は、連動していたのかな。

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― 新着の感想 ―
[一言] そう言われてみれば、一番の被害者は碌でもない文章を書かれる羽目になったレターセットや、それを郵送することに利用された切手たちかもしれません。 特に女の子たちが持っているレターセットはかわいい…
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