第1章 「ポストに投函された挑戦状」
高校から帰宅して郵便ポストを覗き込んだら、私宛ての封書が夕刊と一緒に入っていたんだ。
消印は同じ堺市内の郵便局になっていたけど、送り主の名前は匿名希望としか書いていなかったの。
「これはもしかすると、アレかも知れないなぁ…」
面白そうな予感がした私は、この送り主不明の怪しい封書を敢えて開封してみる事にしたんだ。
逸る心を抑えながら、お父さんの書斎から革手袋とペーパーナイフを借りてきて慎重に開封したの。
カッターナイフの刃や剃刀みたいに危ない物が入っていたら、困るからね。
だけど、逆さまにした封筒から落ちてきたのは至って普通の便箋で、そこには特徴の無い筆跡で次のような文章が書いてあったんだ。
拝啓、鳳飛鳥様。
これは不幸の手紙です。
この手紙を受け取った人は、これと同じ手紙を一週間以内に十人に送らないといけません。
無視すれば、あなたにも必ず不幸が降りかかります。
私立諏訪ノ森女学園の大岩菊子さんは、手紙を止めてしまったために不幸に見舞われました。
それは正しく、都市伝説として名高い「不幸の手紙」の典型例だったの。
「噂に聞こえた不幸の手紙…何時の日かお目にかかりたいと思っていたよ!」
予想が見事に的中した嬉しさに、頬が緩んで声が弾んじゃっているのが自分でもよく分かるよ。
正直言って、この「不幸の手紙」という都市伝説に対して、恐怖は全く感じていなかったの。
何しろ不幸の手紙は、論理的に破綻しちゃっているからね。
そもそも届いた手紙と全く同じ文面を踏襲する必要があるのならば、「手紙を止めてしまったために不幸に見舞われました。」という一文は、果たして何と解釈したら良いのかな?
自分の所で手紙を止めたために不幸に見舞われた人がいるなら、その人の所に届いた手紙には何と書いていたんだろう。
そして、不幸の手紙を止めた人が不幸になったという事実は、どうやってそれを知り得たんだろうなぁ。
百歩譲って、何らかの方法で「不幸の手紙を止めた人が不幸になった」という事実を知り得たとしても、それを手紙に書いたら文面が変わっちゃうよね。
どうせ大岩菊子さんだって、適当にでっち上げた架空の人物だよ。
こんな「番町皿屋敷」と「四谷怪談」の登場人物名をくっつけたような名前、わざわざ愛娘に付けるかな?
そして不幸の手紙に対する最大の突っ込み所は、「わざわざ不幸の手紙に指摘されなくても、生きてりゃ誰だって相応の不幸は抱えている。」って事なんだ。
御釈迦様が「一切皆苦」と悟られたように、此の世には悩みや苦しみといった不幸がわんさかあって、大なり小なり誰だって経験しているんだよ。
無差別テロや犯罪は勿論だけど、交通事故や災害だって、何処の誰が被害に遭うかは分からないんだ。
人生を一変させるような大きな不幸に限った話じゃないよ。
テストで赤点取ったとか、レンタルDVDの期限を忘れて延滞金を取られたとか。
人並みに生活していたら、そんな不幸なんて日常茶飯事じゃない。
この程度の不幸なんて、不幸の手紙が来ようが来るまいが普通に起きているよ。
そんな無差別的に降り掛かる不幸を「不幸の手紙のせいだ!」なんて決めつけるのは、単なるバーナム効果に過ぎないんだ。
不幸に注目してばかりいると、ますますマイナス思考に傾いていっちゃうよ。
引き寄せの法則じゃないけれど、ネガティブな事ばかりに注目してマイナス思考になっていると、ロクな目に遭わないんだ。
些細な不幸にいちいち注目していたら気が塞いじゃうし、目の前にある幸せさえも見逃してしまうよ。
そうして鬱々していたらストレスの蓄積で免疫が低下して病気になっちゃうし、勉強や仕事だって捗らなくなっちゃうね。
不幸に注目したために人生の品質が下がるのは、正しく負のスパイラルだよ。
厳しい事を言うかも知れないけど、我が身に降り掛かった全ての不運を「不幸の手紙のせい」と片付けるのは、虫の良い話だと思うんだ。
何故なら日常的な不幸は、自力である程度は防げるからね。
テストの赤点は勉強をしっかり頑張れば防げるし、レンタルビデオの延滞もスケジュール管理でバッチリ対策出来るでしょ。
そうした対策を怠った結果生じた出来事を「不幸の手紙のせいで起きた不幸だ!」と言って片付けているようじゃ、向上心と責任感の欠如を疑われても仕方ないよ。
そもそも、我が身に降りかかる不幸を他人に擦り付けて回避しようなんてシステムを導入している時点で、不幸の手紙は無責任な代物なんだよ。
そんな無責任な代物に自分の人生の幸不幸を託すなんて、情けないね。
やっぱり自分の人生は、自分で責任を持って舵取りしなくっちゃね!
そういう訳で私は、この不幸の手紙に正面から喧嘩を売る事に決めたんだ。
最寄りの警察に届けたり、顔見知りの神社やお寺で御祓いして貰うのも良いけど、そうした他人任せの決着じゃ詰まらないよね?
オカルトマニアとしての誇りに賭けても、不幸の手紙に挑戦してみたいんだ!