怪異との戦い
皆川ユウキの背後に居座っている霊・長沼五郎三は、幽霊の存在可能期間とされる約四百年を、誤差どころではなく大きく超過した七百年以上を存在し続けた、チート級の霊体である。
長く山神を封じる人柱として過ごしたせいか、妙な神聖さすら得ていた。
それでいて「目が合った」霊は討ち取って首にする物騒さが有ったせいで、そこらの悪霊や動物霊なんかでは近寄る事すら出来ない。
苦しんで死んだ人の霊が救いを求めて近づくと、「わしの事を甘く見ている」と首を取る。
その様子を見ているだけに、邪悪なモノは半径100メートル以内に入ろうともしない。
皆川ユウキの周囲だけ、妙な結界が出来ているのだ。
本来、こんな強力で「神」に片足突っ込んでるような霊に、向こうから喧嘩を売って来るのはいない。
本来なら霊騒ぎは起こらないはずだ。
だが、揉め事はそれを持ち込む厄介な人間が居たりもする。
「ちょっと皆川君、助けて欲しいんだけど」
相変わらず胡散臭さを漂わせつつ、芦屋ミツルが話しかけて来た。
この自称「陰陽師の子孫」は、大っぴらではないものの、除霊とか祈祷のような事もしているという。
大学バレして「怪しい宗教を主催している」とか「霊感商法で詐欺をしている」とかと目を付けられるのが嫌だから、大金を取るような真似はしていないし、勧誘もしていない。
たまに明らかに霊に憑かれて困っている人に声を掛けて、それで1桁万円程度の報酬、同じ大学の学生なら代返やレポートの代筆で手を打っていた。
「まあ、俺は見えるし、聞けるし、感じられるけど、祓う方は大した力が無くてね。
それでも動物霊とか、ちょっとした悪縁程度なら祓えるんだ。
その程度なら、気の流れを淀まないようにすればあっという間だからね」
元々陰陽師自体、方位とか気の流れとかを読む朝廷の占い師のような存在で、霊を祓うような特殊能力は無いのだという。
「先祖は式鬼とかを使役出来たみたいだけど、俺はその方法知らねえしさ」
軽い口調で話していた芦屋が、急に深刻な口調になる。
「ちょっと、俺では対処出来ないモノが来ていて、どうにかして欲しいと思ってね」
ユウキは顔をしかめる。
「俺は霊感商法の片棒担ぐ気は無いぞ」
「いやいや、そんな事させないし、用が有るのは君よりも背後のサムライさんだよ」
なし崩し的に連れて来られたのは、とある大学生のアパートであった。
部屋には護符のようなものや、盛り塩やお香なんかが有ったが、それらは全て「どうしたらこんな壊れ方するんだ?」といった、変な形に壊れていた。
「彼ねえ、子供の頃に変な女の妖怪に魅入られてさ。
今まで逃げていたんだけど、ついに見つかってしまった。
俺も自分の知識使って、霊的な気の流れみたいなのを防ぐ結界を張ったんだけど、見ての通りだよ」
その学生がまだ子供の時、田舎でソレに会ったという。
白いワンピースを着た女性。
だがその女性は、田舎の生垣を遥かに超える背の高さであった。
子供だったその学生は、こちらを見たその超長身の女性と目が合い、微笑みかけてしまった。
ポ・ポポポポポポ…………。
得体の知れない声を発し、その女性は姿を消す。
夕食時にその話をしたら、彼の祖父・祖母は大慌てとなって、様々な親戚やら神主やらを呼んだ。
そして、やはり結界を張った部屋に入れられ、
「今夜は絶対に声を出してはならない。
どんな怖い事があっても、決して答えてはならない」
と言われた。
恐怖の一晩があり、翌日は親戚の男性に取り囲まれながら村の外に逃げ出したという。
「村外れに地蔵があり、それがアレを外に出さないと言っていた。
逆に、村の内側には常にアレが居る。
だからもう田舎に来てはいけないと言われていた。
もう忘れていたんだけど、この前電話があって、大雨の後に地蔵が壊れているのが見つかったって。
そして一昨日、そいつが追いかけて来たんだ。
人込みの中にソレを見つけて、思わずゾッとしたよ。
それで、霊感商法やってるっていうこいつに頼んで、結界を張って貰ったんだけど、とんだ役立たずだったよ」
「一晩持ったんだから、役立たずはねえだろ。
それに、確かに結界が破られたから、報酬は要らないって言ったじゃないか」
「どうでもいいよ。
爺ちゃんから聞いた話では、アレに魅入られた男は必ず死ぬって事じゃないか。
俺、まだ死にたくねえよ」
「大丈夫、この人に任せておけ。
この人の守護霊、ハンパじゃなく強いから。
なんせ、今日見たら馬に乗ってやがる」
(胡散臭いけど、本物だな。
馬の動物霊連れて来たのはつい最近なのに、それが見えているなんて)
「いや、アレにそれで勝てるのか?
アレは正直、人間じゃ勝てないんじゃないのか……」
弱音を吐いていたが、どうも背後の長沼五郎三はそれで闘争心を刺激されたようだ。
芦屋が耳打ちするには
『さっきまでつまんなそうにしていたけど、勝てないとか言ってるのを聞いて、弓に弦を張って、鏃の手入れを始めたよ』
との事だった。
やってられないと帰ろうとすると、守護霊にぶん殴られる。
長沼五郎三が戦う気満々なので、ユウキも仕方なく、芦屋と共にその部屋に泊る事となった。
深夜2時頃であっただろう。
ポ・ポポポポポポ…………。
零感のユウキでも聞こえる不気味な声がして、心の底が凍るような感覚がする。
その声は次第に近づいて来るのが分かった。
だがある場所から
ー---!!!!!!
声にならない悲鳴が聞こえる。
さらにこれまた零感のユウキでも分かる、
ガィンッ!
という矢が放たれる音と、馬のいななきがした。
ー---!!!!!!!!!!!
ガィンッ! ガィンッ!
激しい戦闘音と、相手の悲鳴が続く。
『頼りになるねえ、君の守護霊』
芦屋がひそひそ話で語り掛けて来るが、ユウキにしたら
(結構長引いてるなあ。
聞く限り、長沼五郎三さんが手こずるなんて、今まで無かったのに……)
と不安になっている。
しかし約一時間後、とんでもなく長く感じた一時間後、声がピタリと止んだ。
「うわあぁっ」
芦屋がのけぞった。
「そ、そこに、女性の妖怪が…………」
まさか、長沼五郎三が負けたのか?
緊張し不気味な感覚こそするも、不思議と恐怖は感じないユウキである。
「女性の妖怪が、首だけになって、サムライさんに髪を持たれてぶら下げられている……。
マジ、ハンパじゃないよ、この人、いやこの霊……」
妖怪はまだ生きているようだが、もう相当に力を使い果たしたようで、恨めしそうにこちらを見ながら口をパクパクさせているだけのようだ。
「その首を、君の腰に結びつけようと……」
「ご先祖様、マジで止めて!
そんな変なの、腰にぶら下げようとしないで」
「あ、そっちに行った」
「待てよ!
祟られてる俺のとこに持って来たら、何の意味も無いじゃないか!」
「かと言って……、うわ、待て、俺もそれは御免だ!」
「……無関係の俺を巻き込んだんだから、責任持て」
「……結界張るとか言って役に立たなかったんだから、お前がどうにかしろ」
結局、長沼五郎三は芦屋ミツルの腰に、討ち取った妖怪の首を結わえ付けたようで、芦屋はゲッソリとしていた。
「ところで、その妖怪の胴体の方はどうなった?」
夜が明けたのを確認し、邪気の余波みたいなのを探っていくと、芦屋がため息混じりに呟いた。
「霊を見る能力が無いって、良いなあ。
凄いものを見てしまったよ……気持ち悪い……」
なんでも、長沼五郎三が乗っていた馬が、どっかの初号機よろしく、その妖怪の死骸を貪り食って雄叫びを上げているという。
源平合戦の時、摺墨に乗る梶原景季と先陣争いを演じた佐々木高綱の乗馬は池月という。
摺墨は「墨を摺ったように漆黒の体」という意味だ。
では池月は?
池月は「生食」とも書き、生ける物なら何でも食らうという意味である。
昔の日本馬は去勢をしていないし、かなり気性が荒い。
一体どこから連れて来たのだろう?
鎌倉武士の霊が乗るモノもまた、凶暴な馬の動物霊であった。
というわけで、この馬の動物霊は
「池月(生食)」、いけづきの例にちなんで
「至月(死食)」、しづきと名づけます。
つまり「死霊でも食いつく」で。
鎌倉時代には、将軍九条頼経に献上された猿に食いつき、背中を食った馬がいたとか。
馬の去勢は明治以降なので、まだ日本種の猛獣のような馬が成仏出来ずに残っていても問題ないかな。
いずれこの馬の素性も書きたいです。
次話は明日18時にアップします。