なんか増えてしまった
「おおー、今日は腰痛も無いし、良い目覚めだなあ」
皆川ユウキは気持ち良く目を覚ます。
昨日下鴨神社に行った際、腰とかにぶら下げられていた、背後霊なのか守護霊なのか分からない長沼五郎三が討ち取った悪霊とか浮遊霊とかの首とかが浄化されたのかもしれない。
そういう事なら、毎日神社に行くのもアリかな。
だが大学で幸徳井晴香と会うと、意外な事を言われた。
「長沼さんどこ行ったの?」
「は?」
「今日、ユウキ君の後ろに憑いていないよ」
「へ?」
「なんか普通の霊に代わってる」
「霊に普通とか有るの?」
「うん。
ああいう武器持った霊って、本当は居ないの。
あと、殴って来たりと肉体を持った者に実力行使する霊も居ない、はず……。
何よりも今更学習する霊なんて居ないよ」
幸徳井晴香が言うには、霊というのは死んだ時の最後の記憶や念を引きずっているそうだ。
新しい霊は、まだ生きていた時の記憶の残滓が相当に残っていて、中には死んだ事を知らないモノもいるとの事。
例えば飛び込み自殺をした人の霊なんかは、最後の「ここで死なないと」という念が色濃く残り、常に同じ場所で同じように自殺を繰り返すのだけど、同じ事を繰り返すちょっと前の行動も見られたりするそうだ。
自殺する前の状態、何もかも上手くいかなくて酒に逃避していたりすると、まずは繁華街に現れたりする。
そして
「なんで酒を売ってくれないんだよ。
どいつもこいつも俺の事を無視しやがって!」
とかと、「聞こえる人」にしか聞こえぬ声で騒ぎ立てている。
そして最後に思い出したように
「そうだ、死なないと。
死んでやり直そう」
みたいに呟いて、何度も自殺を繰り返すのだという。
だから
「迂闊に聞こえる人が、答えてしまうと危険なのよ。
自分が死んだのを知らない霊で、直前までは人間として接して来るの。
それで思い出したかのように死ぬ行動を取るんだけど、その時に引っ張られちゃうんだよね。
死ぬっていう念が残っていて、それは絶対に取り消せない強過ぎる念。
そしてなんだかんだで一人で死ぬのが嫌で、道連れを求めてしまう。
強力な死ぬ念に当てられて、同じ行動を取ってしまう、そういう事もあるのよ」
「はあ……」
零感のユウキには、へえそうなんだ、という感情しかない。
実感出来ない。
晴香は話を続ける。
「古い霊になる程、強力な最後の念以外が消えていくの。
次第に、ただ死ぬ行為を繰り返すだけになり、やがて最後の念も消えて、やっと存在が無くなる。
なんか論文で読んだんだけど、幽霊の寿命は約四百年だってね。
それ、何となく分かる。
今見えている戦国時代くらいの霊って、もう何をするわけでもなく、ただそこに居て、あとは消えるだけ。
江戸時代くらいの霊は、最後の念みたいなのが感じられるけど、それで何かしてくるわけでもない。
ここ数十年くらいの霊が、一番生々しくて気持ち悪いの。
まだ人間の思考を残していたりするから。
でも、その新しい霊も、新しく何かを覚えたりはしない。
一過性の行動で、すぐにそれを忘れて同じ事の繰り返しをする。
それで、長沼さんの霊が異常なのは、ここが京都だって理解した事なの」
「理解するんじゃないのか?」
「霊にとって、自分の死に至るまでの記憶こそが全てなの。
だから場所が変わった事に意味は無い。
地元にいようが、京都に来ようが、外国に行こうが、同じ事を繰り返すだけで場所に意味は無いの。
私は、昨日までは長沼さんも、相当に古いだけで同じだと思っていた。
多分武士の最後の念で、手柄を上げたい、首を取りたいっていうのが、ああいう浮遊霊とか動物霊攻撃に現れたものだとずっと思ってた。
なのに昨日、御所を見て喜んでたし、神社に行って蹴鞠を見たいとか言い出した。
そんな人間みたいな思考をする霊なんて、私は知らない」
よく分からないが、ユウキにとっては霊障とも言える腰痛や肩こりが無くなった事の方が喜ばしい事だった。
「そんな人間みたいな色んな事に興味津々な霊なら、俺の背後を離れて、どっかに行ったんじゃないかな?」
「まあ、守護霊交代はよくある事だけど、そうなのかなあ?
長沼さんは、普通の霊の常識で判断出来ないと思うんだけど」
まあ何でも良い。
「見えない」ユウキにしたら、よく理由も分からないのに殴られて呼び掛けられたり、腰に変なのぶら下げられる気味の悪さが無くなるのは良い事でしかなかった。
そのまま数日が過ぎる。
ある朝目覚めると、肩がずしーんとこれまでに無い重さを感じた。
(まさか、帰って来た?)
大学も4回生になると、単位を全部取り終わっていたなら、あとは卒業研究の為にゼミに顔を出すくらいなもので、大学に毎日顔を出す必要も無い。
就活でほとんど大学に来ない学生だっている。
だからユウキは、異常な肩の重さを感じた時
(今日はゼミ、サボるかな)
とも一瞬思ったが、この肩の重さは霊障の可能性が高い。
だったら「見える人」である幸徳井晴香に、何か起きたのか教えて貰った方が良いだろう。
重い肩こりと、それに伴う頭痛に悩まされながら大学に行ったユウキは、何も話す前から晴香に驚かれた。
「やっぱり長沼さんって、普通の霊じゃない。
おかしい、絶対におかしい」
「ああ、戻って来ていたんだ。
でも、前よりも肩こりが酷いんだよね。
何か大物の霊の首でも提げられているとか?」
晴香は首を横に振る。
「絶対におかしい。
私、馬に乗った霊なんか見た事ない。
その馬の動物霊、どこで拾って来たの?
しかも馬の口を曳く霊もいるし。
まあその人間の霊は嫌々させられているみたいで、恨めしそうにこっちを見てるんだけどね。
武士にしたら、馬に乗って、馬飼いを従えて、従者もいるのが普通なのかもしれないけど。
それを現地調達するって、絶対にあり得ない!」
どうやら背負う霊が勝手に増やされてしまったようだ。
(何時ぞやの胡散臭い、芦屋ミツルとか言う奴が言ってた「俺は武士にしたら、移動の為の馬みたいなもの」っていうの、違うんじゃないか?
俺は馬ではなくて、家なんじゃないか?)
どんどん居候が増える予感がして、別な意味で頭が痛いユウキであった。
次話は明日17時にアップします。