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守護霊(?)は鎌倉武士  作者: ほうこうおんち
壱の章:目覚めた鎌倉武士
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長沼五郎三、大喜び

 その日、皆川ユウキは所用により幸徳井晴香と共に、今出川御門の北にある某私立大学へと赴いていた。

 その途中、晴香が

「背後霊の長沼さん、嬉しそうですね」

 と話しかけて来た。

 聞くとこの霊、道を挟んで反対側にある一帯が御所だと認識した途端、パアっと明るい気を放っているのだという。

「やはり昔の武士なんですね。

 御所とか見たらテンション上がるみたいで」

 生前の長沼五郎三は、分家の庶子であり、京都大番役に任じられるような家格では無かった。

 京都に出仕した事は無い。

 だから、御所が在る、京都だ、それを知って喜んでいるようだ。

「……つーか、今の今まで、自分が京都に居るのを知らなかったのか……、アホだな……。

 痛っ!」

「霊には場所って認識が無いけど……え? どうしたの?」

「殴られた」

「いや、確かに長沼さんがユウキ君を叩いたのは見たけど、霊が殴ったって痛くも痒くもないでしょ?」

「それがこの人、物理的な打撃力も持ってるみたいで、殴られたらかなり痛い」

「はあ?

 そんな霊、初めて聞いたよ。

 そんな事有るの?

 ねえ、試しに私の事も叩いてみて」

 霊にも多少のデリカシーがあったようだ。

 女性を殴るのは、かなり手加減したようだが、それでも

「痛い……。

 もうちょっと女の子には優しくしてよ……」

 と文句を言われていた。

(武士の手加減と、現代人の基準は全く違うからなあ……)

 実際、ユウキを叩く時も、子孫の彼には相当の手加減をしているのだろう。

 零感過ぎてどうなっているのか、よく分からないのだが。


「最近は、もう俺の背後霊の所業に慣れたの?」

 以前はこちらを見ては、目を背けるような感じだった晴香も、長沼五郎三の霊をじっくり見る事が多くなっている。

「流石にね」

 ゼミで頻繁に顔を合わせているのだ。

 もうこの霊のやってる事にも慣れたようだ。

「もしかして、付近の霊を狩り尽くして、変な事しなくなったとか?」

 その質問には、残念な答えが返って来る。

「それは無い!

 今だって、テンション爆上がりしたみたいで、周囲の動物霊を追いかけていって矢を放ってる。

 犬追物だっけ?

 あのテンション。

 動物霊にしたら、いい迷惑だと思う。

 あの犬の霊、どっかのペットだったでしょうに、矢を射かけられて可哀想に……」


 鎌倉時代の逸話を知っているユウキには、

(同じレベルの霊が居ないのが幸いしてるな)

 と思ってしまった。


 ユウキは、犬に矢を射かけているという話で、鎌倉時代の逸話を思い出す。


 仁治二年(1241)、武士たちが酒宴をしていた所に犬が入り込んで来た。

 武士はその犬に対し矢を射かける。

 しかし、流れ矢が別の酒宴の席に着弾。

 流れ矢を受けた武士たちと、矢を放った方の武士たちとで大乱闘となったのだ。

 問題は、その当事者が鎌倉幕府の重鎮・結城朝広(矢を放った方)、三浦泰村(矢を受けた方)であった為、鎌倉幕府が仲裁に乗り出す騒ぎとなった事である。

 最終的に、当時の執権・北条泰時が結城朝広・三浦泰村両者に謹慎を命じて終息する。

 この結城朝広は、ユウキの先祖の長沼氏とは同族の小山党なのだ。

 長沼五郎三も、同じくらい血の気が多い事は想像出来る。

 そして現世には、上手く仲裁して処分を下す北条泰時の霊なんて降臨していない。

 だが、三浦党級の霊も居ないのだから、強烈な武士の霊同士の乱闘も起こらないだろう。

 七百年を消滅せずに残った霊なんて、規格外も良いとこだ。

 しかもその七百年、山で神として扱われ、神聖さまで身につけている。

……内面は鎌倉武士そのまま成長していないが。

 この強力な霊に太刀打ち出来る浮遊霊も地縛霊も動物霊も妖怪も、今まで出て来なかった。

 それどころか、生身のチンピラすら撃退してしまう。

 こんなのチートも良いところ。

 これに対抗するには、同じくらい「古い霊」でなければならないだろう。

 そんなの滅多にはいない。

 だから大乱闘は生じようもない。

 戦いは同じレベルの者同士でないと生じないのだから……。


 最近、背後の長沼五郎三は、零感の子孫に対しても実力行使をすれば、自分の意思を伝えられる事に気づいたようだ。

 流石に今出川の大学に子孫が用事で入っている内は静かだったが、用事が終わって学外に出た瞬間に子孫に拳骨言語で話しかける。

「痛い、痛い!」

「あー……、なんか長沼さん、帰りたくないみたいね」

「面倒臭いなあ。

 こんな所に居ても意味が無…………痛い、痛い……ここじゃないって?」

 ここの大学から徒歩で行ける範囲内に、下鴨神社があった。

 痛覚での意思疎通により、その下鴨神社に行きたいというのが分かる。

 行ってみて、何故神社に来たかったのかを理解する。


「あー、蹴鞠やってる」

「蹴鞠だねー」

「蹴鞠が見たかったんだ……」

「討ち取った霊の首で蹴鞠してたけど、下手くそだったから……痛いっ……。

 ちょっと、女の子に実力行使しないでよ!

 武士の風上にも置けない……」


 二代将軍源頼家や、執権北条一門の影響もあり、鎌倉武士は蹴鞠が好きであった。

 源頼家は、戦争を起こさずに、何かしらで目立てる、それでいて連携を重視するものとして、蹴鞠を幕府公式行事として認定して利用した。

 それもあってか、田舎武士であっても蹴鞠は「やってみたいもの」として広まっていた。


 神社で蹴鞠奉納者たちの妙技を堪能し、満足した長沼五郎三は、憑依している子孫に帰宅を許す。

 もっとも、ただ帰るわけではなかった。

 一番上手かった競技者に、自分の印をつけていた。

 そして深夜、その競技者はうなされる。


「わしは下野住人、藤原秀郷公の末にて長沼淡路守が親類、五郎三郎宗村と申す。

 蹴鞠が腕前、感服仕った。

 是が非でも奥義を伝授いただきたく存ず。

 我が本願叶うまで、日参致す所存」


 枕元に立つ甲冑姿の武士の霊は、それから三ヶ月余り毎晩のように現れ、競技者をぐったりさせるのであった。

「鎌倉武士が御所(朝廷)を敬うか?」

長沼さん、敬って喜んでいるわけではないです。

田舎武士のおのぼりさんなんで、ミーハー的にはしゃいでいるだけです。

なんせ、彼の頭の中では今でも日本の首都は京都なので。


次話は明日18時に投稿します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 蹴鞠、肉体言語…? サツm…うっ、頭が…
[気になる点] 滅多にという部分が、どう考えてもフラグですよね。 [一言] よくよく考えたら、京都にはそういった霊を祀る場所がそこかしこにあるわけですよね。
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