(最終話)昇天の日
月日は流れる。
あの九尾の狐との戦い以降、皆川ユウキと幸徳井晴香の仲は急進展した。
晴香の方は
(ここまで外堀埋められたら、もうしょうがないか)
くらいの感情でスタートした交際だったが、そこに「頼り無い」とか「優柔不断」といったユウキに対する負の評価は無くなっていた。
付き合ってみると、思った以上に皆川ユウキは良物件である。
高望みしなければ、世帯収入は結構あるし、祖父は豪農の末であり、それなりの地元の名士でもある。
ユウキ自身も、女性に対してがっつく性格ではない為、浮気の心配が全く無い。
時間が経つに連れて、なあなあの腐れ縁から結ばれて当然という流れになって良かった。
まあ、武勇の割に色恋沙汰は源氏物語が精一杯、泉式部日記には手が出ず、小柴垣草子は刺激が強過ぎるという、子孫を遺した癖にどこか童貞臭がするこの武士が、下手な和歌を送り付けたり、定期的に恐怖イベントを催してくる為、結婚は早まった。
「もう私は腹を括った。
せめて男の方からプロポーズしてよね」
それが晴香のある意味逆プロポーズであり、長沼五郎三からしたら「何か違うんだよな」なものであった。
なお、こうなった原因が自分たちだとは微塵も思っていなかったりする。
ユウキと晴香は結局結婚する。
2人の新婚旅行にも霊たちは同行し、行く先々で現地の怪異と揉め事を起こしたり、治安が悪い地域では犯罪者を先制型意図的過剰防衛で成敗したりする。
まあ霊たちも、夜は何処かに去っていた。
最大の心残り解消の為、見られていれば出来るものも出来ないから席を外す、それくらいは理解していた。
ただこの守護霊、晴香にとって生きた姑、大姑以上に姑っぽかった。
長女が先に産まれた後は、嫡男をと終日耳元で呟き続ける。
長男が産まれると、男子は一人だけだと心許無いと言い続ける。
「昔と違って、側室とかも居ないんだし、一人で産むのは大変なの!」
と霊にキレながらも、二男二女が産まれたのだから、素晴らしい。
そしてユウキは、崇徳院の呪い「位打ち」の弱めな奴が掛けられたのか、若くして昇進し、名ばかり役員となって高給取りながら長時間労働と重責に苦しむ日々を送る事になる。
まあ企業からしたら、ちゃんと土日休み与えてるし、役員報酬をかなり出しているのだから、名ばかり役員とかブラックとか言われるのは心外だろう。
まあ「なんで彼を昇進させようってなったんだ?」と、何者かの精神誘導が働いた事は否めない。
結果オーライながら、若く実績不足なのに色々プロジェクトを任され、帰宅後はグッタリしていた。
それでも年齢の割に高給取り、しかも父母、祖父母が健在で子育てを手伝ってくれる上に、彼等には「わしが選んだ嫁だ!」と圧力を掛けているので、所謂嫁姑問題も発生しない、かなり良い家庭環境となっていた。
そんな平穏な生活を送っていたある日、それは唐突に訪れた。
誰かが意図的に運を操作したのではないか、とすら思える幸運で皆川家の両親と祖父母は温泉旅行ご招待に当選し、留守にしている。
今日はユウキ、晴香夫妻と四人の子供たちだけであった。
寝かしつけた筈の次男・晴次がムクっと起き上がる。
「セイちゃん、寝ないと駄目だよ」
すっかり母親となった晴香がそう話し掛けるが、答えたのが我が子では無かった。
「我が末裔を此処に呼べ。
別れの挨拶をしたい」
それは二歳の子供の声ではない。
成人男性の声で、妙に威圧感があった。
「パパ……じゃなくてユウキ君、ちょっと、子供部屋に来て!」
「此処では嫡男や大姫を起こす事になろう。
わしが座敷に参ろう」
(この態度のでかさ、明らかにあの武士が乗り移っている……)
仕事で疲れていたユウキだったが、四人もの子育てで忙しい晴香の代わりに洗濯機を回していたところであった。
機械は回しっぱなしにして、夫婦で座敷に行く。
上座にデンと座り、威圧して来る二歳児。
だがその中身は二歳の子供ではない。
八百年近く存在している鎌倉武士の霊なのだ。
零感のユウキは、初めて先祖と面と向かって会話をする事になる。
見た目が我が子で、しかもあどけない顔の二歳児なのが滑稽なのだが。
「わしは院の蔵人として出仕する事とした」
いきなり切り出す中身は鎌倉武士の二歳児。
ユウキも晴香も事情は承知している。
以前、長沼五郎三は崇徳上皇からスカウトを受けていた。
その時は心残りが有るからと申し出を断っていた。
だが、
「死して上洛をする事も出来た。
御所に参内もした。
我が血筋がまだ続いている事も知れた。
そして、其方で末代となる事も無く、嫡男も産まれた。
やっと思い残す事は無くなった」
と、最早この世でやり残したことは無いと言う。
「院の仰られた事、ようよう合点が参った。
最早この世の生霊、死霊でわしに敵う者は無い。
なれば位を上げ、格を上げるまでよ」
要は高次元世界の方に行くという事だ。
ユウキは今まで、迷惑半分、親切半分で自身と家族を守ってくれた先祖に頭を下げる。
「長きに渡り俺たちを護っていただき、本当にありがとうございました。
あちらでもお達者で」
「うむ。
其方は覇気が無く、意気地も無かった故、ずっと気を揉んでおった。
其方でわしの血筋が絶えるのかと思うておった。
じゃが、この子のように子が出来て、締まった顔つきとなった。
褒めてつかわす」
「ありがとうございます」
「わしは院の北面にお仕えするが、この家への加護は続ける。
ゆめゆめ、精進を怠らぬように」
「はい」
「稲荷大明神が申しておったのお。
わしが居るから、怪異の方が寄って来ると。
わしは居るべき場所に参る故、向後霊的なモノも寄っては来るまい。
来たとしても、一家の棟梁となる其方が御家を守るのじゃ」
「分かりました」
「よし、頼んだぞ。
ではわしは参る」
その言葉を最後に、二歳児はカクっと寝ころび、またスヤスヤと寝息を立てていた。
「行っちゃったね」
「本当に行ってしまったのか?」
「うん。
もう気配も感じられない。
貴方の守護霊も、以前見た優しいお爺さんに戻っている」
「腰は……」
「あ、あの人忘れて行ってる!
まだ八人くらいの首がついているから、今度お祓いに行きましょうよ」
こうしてユウキと晴香の傍から、鎌倉武士の霊・長沼五郎三は旅立って行った。
最早この世に敵はいない。
逆に彼が居る事で、高次元の強敵に目をつけられてしまう。
彼は、彼に相応しい場へと去ったのであった。
だが、この粗忽な武士は、討ち取って子孫の腰に括り付けた霊の首以外にも忘れ物をする。
翌日、起きて来た次男を見て、晴香は
「おはよう。
よく眠れた?」
と聞くが、答えはまた別のモノがする。
「どうやら俺様は置いて行かれたようだ。
まあ良い。
俺様はお前の夫、我が主が死ぬまで、一族を護ってやろう」
二歳児の手には、仕舞っておいた筈なのに、何故か鎌倉時代の短刀が握られていた。
どうやらまだ、怪異とのお付き合いは終わらないようであった。
「去るのなら、この悪魔も一緒に連れて行け~~!!」
(本編終了)
おまけ:
それは新婚旅行でニューヨークを訪れた時の話である。
長沼五郎三は、地下鉄に面白そうな存在感じる。
行ってみると、その霊は
「ここは俺の縄張りだ!」
と殴り掛かって来る。
この霊、実体を殴れるという、長沼五郎三と同じ能力があった。
(外国には面白き者も居る)
その後、言葉も会話も通じない狂暴な霊同士、肉体言語で語り合うのであった。
(※元ネタ:ゴースト/ニューヨークの幻)
本編最終回ですが、あと1話番外編をアップしますので。