(番外編)長沼五郎三の心残り
ひょんな事から生き埋めとなり、人身御供となって、荒魂となった山の神を鎮める役を負ってしまった長沼五郎三郎宗村。
その時の諱を、21世紀の霊体は覚えていない。
村娘を母に持つ自分は、テキトーな名前だったように思える。
名を大事する武士であるが、この場合は親からの名よりも、自ら勝ち取った名の方が誇りである。
長沼本家と鎌倉の連署から貰った名の方が、親が大した考えも無く付けた名よりも上等であった。
彼が生き埋めになった時、実は彼には子が居た。
現在の常識で考えてはならない。
元服したら、十代前半で結婚が決まる者も珍しくはない。
お互いが余りにも早過ぎる時は、成長を待って正式な婚儀となったりする。
その間、男の方がずっとお預けという事も無い。
テキトーな女に手を付け、時に子を産ませる。
やがて正室を迎え、その間に子が出来た時、側女に産ませた庶子は嫡子の郎党として、成長までの間親を手伝ったり、嫡子を守る役目を負わされる。
まあこれは歴とした武家の事であり、分家の更に分家の庶子は、正室を持つ事が許されない事もある。
子が出来てしまうと、相続問題が発生するからだ。
一応庶子にも土地は与えるよう、北条泰時が定めた御成敗式目に定められているが、多くの武家では「それは一代限り」とした。
つまり正室を持たせない、公的には子が居ない事にし、その人物が死んだら与えた土地は本家が回収するという事である。
ただ、正室が居ないとしても性欲は発散する必要がある。
性欲を発散しないと、そこらの女性を襲いかねない。
それはやはり御成敗式目では処罰の対象である。
本家が巻き添えを食わない為にも、正式な結婚はさせないが、側室を持つ事は認めていたりする。
後の長沼五郎三にも、そんな感じの女性が居た……と言いたい所だが、彼もまた子孫と同じような部分がある。
いざという時に臆病だったのだ。
ろくに文字も読めない田舎武士ながら、知人に頼み込んで和歌の勉強もした。
源氏物語を読み聞かせで教えて貰ったりもした。
そして拗らせてしまう。
「何時かは京に行ってみたい。
郎党としてで良いから、小山本家か長沼本家、或いは結城家が京都大番役を任されたら、一緒に京に上りたい。
そこで都の女人と恋歌を交わしてみたい」
そんな分不相応の思いを持ってしまう。
結果、何時かアイドルと結ばれる日を夢見るキモオタのように、近くの女性が誘ったりした時も、妙な貞操観念を発揮し続けてしまったのだ。
だからこそ、これから生き埋めになるという時には大後悔をする。
何故、あのような無駄な希望を抱き続けたのか。
自分は光源氏でも深草少将でも無いのに、何を錯覚してしまったのだろう。
その後悔の念を、父や兄弟、友人たちには隠していたのだが、生入定の儀式を行う僧侶には見抜かれてしまう。
僧侶は長沼五郎三郎宗村と名乗りを改めた武士に、心残りを聞いた。
そんな物は無いと突っ張っていた若い武士だったが、最後の日が迫るに連れ本音を漏らす。
涙が零れ落ちないよう上を向きながら
「一度で良いから、女と……」
と呟いたのだ。
「僧侶が女色を進めるのは筋違いなれど、これから立派に旅立たれる身の、最後の願いを聞き届けるのもまた仏の道。
拙僧が御身の未練を無くするよう、手を打ちましょうぞ」
そう言って、彼の最後の思いを叶えるよう手配する。
そして明日から人身御供となる為の儀式を開始するという時に、一人の女性を連れて来た。
「さあ、思いを遂げられるが良い」
なお、この僧侶の行動は全くもって親切心でも、同情でも無かった。
(邪心を残したまま生き埋めになんかしたら、かえって変なモノを生み出しかねん。
わしの仕事を成功させる為にも、女をあてがってやろう。
女なんて星の数程おるのだからな)
こんな思いからであった。
かくして一晩の恋を終えた長沼五郎三は、再び拗らせた思いを復活させる。
(何か違う。
わしは和歌の交換をしたり、百夜通いをしたり、龍の首の珠が欲しいと言われたら龍を倒したりして、やっと想いが叶うような事をしたかったのだ。
月に帰ると行ったら、月の使者を返り討ちにするような男らしさを見せたかったのだ。
何もせぬまま、ただ女人がそこに居るというのは、何か違う!)
そんな感じで、また心残りを作ってしまったのだが、もう時間切れ。
木の皮や木の実を食べ、現世の穢れを洗い落とす行が始まる。
その行が済み、いよいよ生き埋めとなる。
飢えて力も出ない身となったが、意地を張って重い甲冑を纏いながらも、自力で立ってその場所に向かう。
その途中で、一夜の相手であった女性と再び会う。
長沼五郎三は小声で
「もしわしの子を身籠ったならば、その子を郎党としてわしの家に出仕させよ。
如何なる形でも武士とせよ。
わしは神仏となりて、その子孫を守るであろう」
そう伝えた。
だから、彼が人身御供となった時に、子が出来たかどうかは分からなかった。
万が一の時に、子の生きる道を伝えただけである。
そしてその言葉は役に立つ。
一発必中で、子が出来たのだ。
公式には長沼五郎三に妻は居らず、従って子も居ない。
それでも、極めて低い身分ながら、その子は武士として生き抜き、子孫を残していく。
知らず知らずのうちに生入定した先祖の加護を受けたのか、断絶する事も無く今に続いていた。
現世に復活した長沼五郎三は考える。
(この末代の男、どうにも不甲斐ない。
我が血筋が絶えてしまっては、この世に現れた意味が無い。
どうにかして子を作らせねば!)
長沼五郎三は、まだスカウトされた崇徳上皇の元には行けないようだった。
おまけ:
初代鎌倉殿・源頼朝は思った。
「九尾の狐を倒した三浦介、千葉介、そして上総介。
酒呑童子や土蜘蛛を退治した源頼光の末裔たち。
こやつ等をどうにか抑えつけねばならぬのお。
あと、武蔵坊弁慶というのは西行法師が造った人造人間というのは真実であろうか?」
おまけの弐:
長沼五郎三の父は嫡男に尋ねる。
「あの戯け者は何をしておるのか?」
五郎三は月に向かって何度も矢を放っていた。
「何でも、月より姫君を迎えに来たら、射殺す修練と申しておりました」
なお、この練習が八百年くらい後に役に立つ。
月には届かないが、異なる次元には届く矢を放てるようになったのだった。