さようなら長沼五郎三
注:まだ最終回ではないです。
(元ネタが「さようならド〇えもん」なだけで)
今日はこの回の後、18時、19時、20時と3話アップします。
親、加護を授ける神、守護霊からと外堀を埋められた皆川ユウキと幸徳井晴香。
2人は久々に大学時代を共に過ごした京都で再会する。
「どうしてこんな事に?」
「私の方が聞きたいわよ!」
2人の関係は昔と変わっていない。
特に好きでもないし、嫌いでもない。
かえって外からやいのやいの言われたせいで、かえって今の方がギクシャクしていた。
「まだ結婚する年齢でもないしね」
「いや、私はユウキ君の先祖のせいで、結婚出来なくなったかもしれないんだけど……」
晴香に言い寄る男性は、悉く恐怖体験をする事になる。
現状、祟られない相手は皆川ユウキだけとなってしまった。
だが、この2人はイマイチ盛り上がっていない。
(この人、良い人ではあるんだけど、ちょっと頼りないんだよね)
晴香にとってユウキは恋愛対象外であった。
たまたま「見える人」である晴香が、とんでもない事をしている守護霊を持ったユウキを気に留めただけの関係と言えた。
(まあ、放ってはおけない感じはするけど)
これが恋心の第一歩かもしれないが、そこから恋愛関係になるまでには道のりは遥か遠い。
「幸徳井さん」
「はい」
「何か変な感じがしない?
以前、高次元宇宙人とかに変な空間に引き込まれた時のような、おかしな感じが……」
「嫌な事言わないでよ。
私も変な予感がして、胸騒ぎが酷いのに、ユウキ君からまで言われたら確信に変わるじゃない……」
かつて裏次元とやらに連れ込まれた2人。
その時は、その空間では「見える」守護霊・長沼五郎三によって魔物は全て退治された。
その空間で2人は何も出来なかった。
そんな記憶が甦る。
足元がグラっとした感じがする。
またしても京都に居た筈の2人は、京都に非ざる場所に転移させられていた。
そしてアニメにもなった有名で恐ろしい巨大な妖怪が、上空から2人を見下ろしている。
その体毛は金色で稲妻を放ち、尾は九本、それぞれが蛇のようにうねる。
大きく裂けた口からは、火炎と瘴気が呼気と共に放たれていた。
「九尾の狐……」
ユウキはそう呟き、晴香は古文書の呼び名
「玉藻の前……」
そう口にしてへたり込む。
その大妖は三千年前には既に中国に存在していた。
当時名君と言われていた殷の紂王に、妲己という女性に化けて近づき、これを堕落させる。
妲己に骨抜きにされた紂王は、酒池肉林といった贅沢に耽るようになって国を傾け、諫言する者は焙烙という多量の油を塗った銅製の丸太を高熱で炙った刑具で殺していった。
こうして乱れに乱れた殷は、周の武王によって滅ぼされてしまった。
この時既に九尾の狐は、千年の生を過ごしていたという。
次に狐はインドに渡り、マガダ国の斑足太子の妃・華陽夫人となって再び国を傾ける。
狐は太子に「千人の首を刎ねれば国は治まります」と唆し、多くの人を命を奪った。
魂を得るのが目的ではない。
人々が苦しむ様を見るのが大好きなだけだ。
そして再び中国に現れる。
殷を滅ぼした周の幽王の元に、褒姒という女性となって現れる。
この褒姒は美貌ながら、王に対して笑顔を見せない。
しかし、急を知らせる烽火を誤って上げた時、人々の慌てふためく様を見て笑顔を見せた。
すっかり褒姒に骨抜きにされていた幽王は、以降褒姒の笑い顔を見たいが為に烽火を上げ続けていたら、本当に急事が起きた時に誰も参集せず、周は一度滅亡してしまう。
こうして2つの王朝を滅ぼした九尾の狐は、今度は日本に現れた。
時の最高権力者・鳥羽法皇に玉藻の前と女性に化けて近づく。
しかし陰陽師の安倍泰成が正体を看破。
姿を現した九尾の狐を、三浦義明、千葉常胤、上総広常という後に源頼朝を支える坂東武士が討伐に出陣。
追い込まれて力を失った大妖は、那須の地に瘴気を吹き出す石「殺生石」と化してその後数百年身を守り続けた。
その殺生石は、つい最近割れたのだ。
そんな妖怪が天を覆うようにこちらを睨んでいる。
「そこの武士よ。
うぬが妾の最大の障害のようじゃ。
まず、うぬを消滅させ、八百年前にやり残したこの国の破壊を再開しようぞ。
最早、妾を倒した武士という者は、うぬ以外には居らぬようじゃのお」
精神の奥底から恐怖を呼ぶような声であった。
2人は固まって動けない。
そんな中、背後の方で馬のいななきがすると、大鎧を纏った武士が九尾の狐に向けて鏑矢を放つ。
「現れたか。
うぬを倒し、妾は武士等という小癪な戦士を克服する!」
神の力すら宿した鎌倉武士と、伝説に名高い大妖怪の戦いが始まった。
狐が尾を振ると、そこから顔の無い、兵馬俑の甲冑よりも更に古い時代の兵士が出現し、長沼五郎三に向けて矛を向けて来る。
長沼五郎三は巧みに騎射を行い、その兵士たちを破壊していく。
二本目の尾を振るうと、今度はコウモリのような翼が生えた蛇が多数現れ、襲い掛かる。
三本目の尾からは、槍をその手全てに持った千手観音のような魔物が出現。
四本目の尾からは雷獣、五本目からは大百足、六本目からは赤鬼、七本目からは牛鬼が現れる。
長沼五郎三は大百足や雷獣を倒すものの、次第に数に押されて苦戦していく。
そして千手観音のような魔物の槍に弾かれ、魔剣が長沼五郎三の腕から飛ばされた。
その短刀がユウキの足元に突き刺さる。
「おい、俺様の名を呼び、この刀に封じた我が主よ。
何をぼうっとしている。
早く俺様を手にして、あれを倒せ!」
魔剣がそう話し掛けた。
「は?
俺が?
霊感も、格闘技の素養も無い、この俺が?」
「そうだ。
俺様が全力を出せば、あの程度の敵は倒せる。
だが俺様の力は、主によって封じられているのだ。
真の力を解放出来るのは主だけなのだぞ」
「え、そんな事言われても……」
ユウキは躊躇う。
そんなユウキを、魔剣は叱咤した。
「今のままでも、主だけなら守れる。
だが、その娘を守る事は出来ん。
主が俺様を使わねば、その娘は巻き添えを食ってしまうぞ!」
長沼五郎三は奮戦しているが、肝心の九尾の狐の本体は何もしておらず、尾が変化した妖怪たちに翻弄されているだけだ。
このままでは倒されてしまう。
そして、九尾の狐が八本目の尾を振るうと、そこから四本手に鎌を持ったインド風の魔人が出現。
固まっている晴香の方に襲い掛かる。
「早くしろ、主!」
「うわぁぁぁぁ!」
ユウキは叫び声を挙げながら魔剣を引き抜くと、そのまま魔人を逆袈裟に斬り上げる。
長沼五郎三ですら苦戦している狐の尾の化身を、一太刀で撃破。
「そうだ。
俺様の力を全開に出来るのは主だけだ。
そして、分かるか?
あの武士の心残りは主なのだ。
主の事が心配なのだ。
一人で怪異から身を守れるのか?
一人で皆を守れるのか?
一人で家族を守れるのか!?」
「く…………」
魔剣の叱責が心に沁みて来る。
自分は大学を卒業し、社会人になっていた。
しかし、まだ心というか覚悟が曖昧な学生気分のままだ。
人任せにせず、自分で何とか出来るのが真の大人であろう。
「そうだ、覚悟は決まったようだな。
主は、あの武士に身体を乗っ取られていたとはいえ、技を覚えているだろう?
使え!」
魔剣がそう言うと、異空間ながら雷鳴が轟く。
人間如きに尾の一つを破壊された九尾の狐は、怒りを顕わにして襲い掛かって来た。
「自分の力であいつに勝たないと、ご先祖様が安心して成仏出来ないんだ!」
高く掲げた短刀に雷が落ちる。
「この世界の平和は、俺たちの手で守る!」
短刀を振り下ろし、あの技を決めた。
残り一本の尾を巨大な刃に変えて襲い掛かって来た九尾の狐だったが、その尾ごと破壊され、ついに消滅した。
大技である。
放った直後、ユウキも反動で吹き飛ばされた。
倒れたユウキを、晴香が介抱する。
「あの、ユウキ君、ありがとう……。
私、恐怖で体が動かなかった。
あのままだと、殺されていた。
助けてくれて、ありがとう」
大学時代から付かず離れずの関係、友達の間柄だった2人の関係が一歩進展したようだ。
それを見届けた長沼五郎三が、すうっと消えていく。
「成仏したのかな?
それとも、誘われていた崇徳上皇の元に行ったのかな?」
「心残りが有るって言ってたよね。
それが満たされたのかな?」
しんみりしているユウキと晴香に、魔剣が残念な事を告げる。
「おい、元の世界に戻ったから、姿が見えなくなっただけだぞ。
女、感覚を研ぎ澄ませて見てみろ。
まだ居るから!」
「え?
ん……。
確かに居るねえ」
「じゃあ、さっきまでのやり取りは何だったんだ?」
魔剣はカカカと笑い、後は答えようとしなかった。
霊たちにとって、2人が一歩踏み出しただけで、十分な収穫と言えただろう。
おまけ:
とある世界にて。
「お疲れ様」
魔剣と長沼五郎三が労う。
その声に九尾の狐が姿を現したかと思うと、稲荷神の姿に変わった。
「いやあ、演技するのも中々大変だよ。
我が一肌脱いだのじゃ。
上手くいかねば、呪ってやろう」
物騒な事を言う神。
「吊り橋理論じゃったかな?
一緒に恐怖を乗り越えるような経験をすれば、男女は恋仲に陥りやすいという。
流石は名のある悪魔の考えた策よ。
上手くいったように思うぞ」
稲荷神は自分に備えられたお神酒を、魔剣と鎌倉武士と馬に振る舞う。
「しかし、鈍感極まるそちの子孫と違い、あの幸徳井晴香という女には、我は一度話をしておる故、気づかれまいかハラハラしたぞ。
まあ我の化けた姿に恐れ慄き、それどころでは無かったようじゃがな。
それにしても、伝承とは面白きものよのお。
あの狐、女に化けて為政者を誑かすしか能が無い、弱い妖狐じゃぞ。
殷で一回、天竺で一回、周で一回、この日の本で一回、それにタイとベトナムでも人間に負けておるというのに。
いつの間に国を破壊する大妖なんて扱いになったのじゃろう?」
妖狐とか神獣とか使い魔としての狐の元締めは、時代が下る程に「ちょっとやそっとでは勝てない大妖怪」として扱われるモノを、面白く思っていたのだった。