なんか凄く強力な霊のようだ
皆川ユウキと幸徳井晴香は山を降りて宿に戻った。
結構収穫はあったし、卒研にも役に立つ。
……言えないような話もあるが……。
この背後霊・長沼五郎三郎の菩提寺と思われる寺に行った事は、別の効果もあったようである。
「ユウキ君の腰にぶら下げられていた、五郎三さんが取った霊の首だけど、無くなっているよ」
「あ!
言われてみれば腰が軽い」
「もしかして、なんだけど、寺に行った事で成仏したんじゃないかな」
「行った?
首にして持って来ただけじゃないか」
「だとしても、寺に来て成仏出来たんなら良かったじゃない。
今まで、首だけになっても恨めしそうにこっちを見たりして、気分悪かったからね」
「で、この五郎三さんの霊は成仏しないのかな」
「うん、後ろで元気に刀を振り回している」
「何だかなあ……」
この長沼五郎三郎という霊は、生前に「手柄首を取れなかったから、自分はこんな目に遭っている」という無念を残していた為、霊となっても首を取る事に執着していた。
そして鎌倉武士らしく
「誇りを傷つける者は殺す!」
であった。
さらに言えばこの武士、結構な短気者であったようだ。
長沼氏の祖である長沼宗政には、このようなエピソードがある。
鎌倉幕府内の内戦で死んだ畠山重忠、その末子で出家していた重慶という者が、怪しい者たちを集めて何かを企んでいるという噂が立った。
時の将軍・源実朝は長沼宗政に重慶を捕えて来るように命じる。
宗政は重慶の首を斬って持参した。
源実朝が
「畠山重忠殺害の経緯から見て、その子が反乱起こしても仕方がない。
それでも、まず取り調べてからだった。
それをあっさり戮誅するとか……。
粗忽なのもいい加減にせよ」
と言うと、それを伝え聞いた宗政は
「どうせ女たちが助命をするに決まってるから、予め殺しただけだ!
何が悪い!
大体最近の鎌倉殿は武功を軽んじること甚だしくないか?
故右大将(源頼朝)の頃はそんな事無かった!
最近は歌だの鞠だの! まるで女々しい!」
と激怒しまくったと言う。
五郎三郎は、恐らくはこの長沼宗政の庶流ながら、性格は大いに引き継いだ、いやむしろ出自が低い分だけ「武士らしさ」に拘った可能性がある。
そんな凶暴な武士なのだが、菩提寺の住職からは
「特に禍々しい気配はありませんよ。
どちらかと言うと、何か神々しい感じが、貴方の背後からはします。
私も未熟なので、霊とか神様とかは見た事ないんですけどね」
というように言われていた。
「なんとなく、仮説なんだけど……」
晴香が語るには
「この五郎三さん、長い事人身御供となって、山の神と向き合って来たわけでしょ。
記録を読むと、五郎三さんが人身御供になった後、怪異は収まったみたい。
つまり山の神を抑え込んだか、説得したか、もしかしたら討ち取って、その後ずっと山の神としてあそこに居た。
だから神様みたいな感じになっちゃったんじゃないかな」
「でも、危険なんでしょ?」
「能力的には神様みたいになっても、性格は変わっていない。
昔の武士って怖かったって言うじゃない。
人徳によって神様になったのではなく、神性を吸収して神様っぽくなっただけで、中身は昔の鎌倉武士のまま。
それを知らない霊が、神々しさを感じて、救って欲しいと寄って来る。
昔の武士って、勝手に触ったりされると怒って刀抜くとかあるでしょ。
それで近くに居た霊を惨殺していた」
「…………それ、面倒臭いじゃない。
霊は救いを求めてやって来る。
でも近寄られた方は、自分を馬鹿にしていると思って殺しにかかる。
トラブルの方から近寄って来て、それを更に悪化させた上で、俺の腰にぶら下げるんだろ?」
「そうね」
「そんなのが俺に憑いてるのか……」
頭を抱えるユウキに、晴香が肩を叩いて慰める。
「悪い事ばかりじゃないよ。
その人、守護霊になったのかもしれない。
ユウキ君の事を、強力に守護していたし」
「いたし?」
「えー-っと、そうか、ユウキ君は『見えない人』だから気づかなかったのか。
山から下りる時、凄いものを見たんだけど」
晴香は先程見たものを伝える。
それは山が少し開けた所に居た。
遠くの方でくねくねくねくねと揺れ動いている、人のようなモノ。
(あ、これは見てはいけないものだ)
直感的にそう思った晴香は、咄嗟に目を背ける。
チラッと見ただけだったが、何か精神が曳かれ、夢見心地になるような恐ろしさを感じた。
あのまま見続けていたら、戻って来られないように思えた。
目を背けていても、妖気のようなものを感じる。
しかし、目を背けた先に居た長沼五郎三は、何故か嬉しそうであった。
舌なめずりをすると、矢を番える。
そのまま、くねくねとした謎のモノの方に矢を放った。
『ギィィヤァァァーーー』
この世のモノではない、おぞましい声が聞こえる。
どうも一矢では仕留めきれなかったらしい。
長沼五郎三は二の矢を番えると、またそれを放った。
またも精神の奥底をゾッとさせる声が響いたが、それが聞こえなくなると共に、漂っていた妖気が消える。
「そんな事が有ったんだよ。
貴方は全く気付いていなかったみたいだけど」
「…………」
「あれ、もしかして気付いていたの?」
「ねえ」
「はい?」
「俺、その時の記憶無い」
「え?」
「そういえば俺、どうやって山を降りて来たんだ?
疲れていたから思い出せないんだと思ったけど、そういえば全く覚えていない。
意識が戻った時には、寺に居たんだよな」
やはりこの鎌倉武士の霊、憑依している人間にとって守護者なのか、何かを奪っている存在なのか、よく分からない存在であった。
次話は明日の17時に投稿します。