謁見
※御所言葉は何となく雰囲気で読んで下さい。
(平安期の御所内でどんな言葉が使用されてたか、現代薩摩弁よりも知識無いので)
※宇宙って言葉が出て来ますが、元々仏教用語なので平安時代でも使って大丈夫でしょう。
某宇宙大将軍も、あれは「世界の全て」って意味で、彗星に擬装した都市帝国に乗って銀河を移動する宇宙の帝王を目指したわけではないので。
皆川ユウキが香川県坂出市まで来たのは、崇徳上皇に呼ばれたからである。
正確には彼の背後の、守護霊らしき事をしている先祖・長沼五郎三がだ。
この霊、割と好き勝手に振舞っているように見えて、行動には制約があるようだ。
現在の地理感覚は全く無い。
意識とか念とか生前の記憶とかに感応する場所でない限り、行く事が出来ない。
かつて蹴鞠の名人を訪れたりしたのは、自分でマーキングしたからだ。
悪辣な呪術師に反撃出来たのは、呪いの念を遡って相手の居場所を特定したからだ。
牛鬼や地震の前兆のような黒い海蛇のような妖を倒したのは、近くに行って感応したからだ。
こんな感じに「どこそこに行く」という概念は無く、相手の存在を感知出来たらそこに行けるようだ。
そんな訳で、長沼五郎三は子孫の皆川ユウキの肉体を、宿とか屋敷のように使っているが、他に何処かに行く為の足としても利用している。
あとは現世に干渉する際、何だかんだで物理攻撃は面倒臭いので、たまに乗り移って現身としても利用する。
その「御恩」の為に、霊的だったり魔的なモノから守護するという「奉公」をしている、長沼五郎三の中ではそれで完結していた。
こうして守護霊ごと崇徳上皇が祀られる天皇寺の在る坂出市まで来たのだが、どうやら寺まで行く必要は無かったようだ。
彼は宿からチェックアウトする前に、呼ばれたのだ。
何処かの幽玄なる空間に。
そこは御所のような感じである。
正面には御簾が掛けられた座が在るが、そこにはまだ誰も居ない。
「浮世ならば、官位無き者が御前に侍る事は許されぬ。
なれどここは浮世ならず。
浮世の礼に縛られはせぬが、それでも立っておるは無礼やあらしゃりませんか?」
何者かの声がした。
威厳はある、知性も感じる、だが恐怖は不思議と無い。
確かにボーっとつっ立っているのもおかしい。
ユウキは腰を下ろした。
すると背後に気配がする。
振り返って見ると、大鎧を着た武士が、兜は脱ぎ、烏帽子姿で平伏していた。
(この武士は……ご先祖様だな)
ユウキは、以前も見た鎌倉武士の意外な礼儀正しさに少々驚いていた。
実際のところ、鎌倉武士は狂暴だし話が通じない所はあるが、「古武士」とも言われるように礼儀正しく、由緒・名誉・縁起等に拘る部分も強いのだ。
「麿の名は菅原道真と申す。
聞き覚えありますやろ?」
当然だ。
「学問の神様・天神様」にして怨霊でもある人。
しかし、崇徳上皇に呼ばれた筈なのに、何故道真公が居るのか?
「麿は学問の神などと言われておるようやな。
その名に恥じぬよう、このような成仏とは縁遠き身となった後も、様々な事を調べてなあ。
幸い時間だけは豊富に有る。
いや、このような場所では時間とは意味無きもの。
刹那も悠久も同じようなもの。
一瞬の中にこの世の全てが詰まっておる事もある」
(哲学的過ぎる物言いで、段々分からなくなって来た……)
「ホホホ……。
麿のような其方からしたら千年も古の者が分かるのに、未来の其方が分からぬ顔をしてはなりませぬ」
ユウキの内心を見透かしたように語る。
「分かるように話そうぞ。
浮世と常世、人の生きる世と、麿の如き死して神に祀られた者やそこの武士の御霊は、隣り合わせにして異なる世に分かたれる事は、其方とて知っておろう?
仏の教えでは六道と言い、それぞれ天界、人界、修羅界、餓鬼界、畜生界、そして地獄界である。
なれど、ようよう調べるに、それだけでは無いようでな。
人界の中に天界も地獄界も在れば、その人界もより大きな宇宙の一部やったりする。
一瞬で終わる宇宙も、その中では始まりから終わりまでの那由他を超える時が流れる。
宇宙は欲界・色界・無色界と三界とされるが、どうもそれをも超えた輪廻を司る宇宙もある。
そんな輪廻の先の宇宙も在れば、もっと計り知れぬ法のみが流れる宇宙も在るようや」
(それって、何時ぞやの宇宙人が言っていた、高次元世界とか多次元宇宙ってやつか?)
平安時代中期の公家が、自力でそこまで辿り着いたのは恐ろしい事だ。
流石は天神様、と言ったところか?
道真は自力で、ベビーユニバースの概念、時間も一個のベクトルである事や観測者の視点で相対的なものである事まで、平安時代の用語ながらも解釈するに至っていた。
それらを長々と説明した後で、
「麿は其方たちにそれを話すよう、帝に呼ばれましたのや」
とやっと自分が居る理由を説明した。
(そういや、祖父ちゃんも話が長かったなあ。
お公家さんの持って回った話だと、こんなにくどくなるんだ……)
「これこれ、麿が悠久の時を経て知り得た有り難い話をしたというに、くどいとか長いとか失礼やろ」
(心が読めるのか?)
「この常世は、人の思いもまた力となる世界。
其方の思う事など、筒抜けですぞ」
そう言って笑う。
滅多な事は考えられないと、気を引き締めるユウキに、衣擦れの音が聞こえて来た。
「礼を取りなはれ。
麿の世よりも後のお方なれど、帝にあらしゃいます」
ついに崇徳上皇が簾内に現れたようである。
そして御簾が上がっていく。
「苦しゅうない。
面を上げよ。
其方には朕はどのように見えておる?」
穏やかな声が聞こえて来る。
ユウキは冷や汗が背を伝うのを感じつつ、顔を上げて正面を見た。
以前のように、強烈な後光で顔が見えない。
しかし、次第にその光が収まっていく。
(え?
これが怨霊と恐れられた崇徳上皇?)
そこには穏やかな表情をし、一方で悲しそうな目をした人物が座していた。
「そうか、朕は悲し気に見えるか」
(しまった、思っている事が筒抜けになるんだった!)
焦ってアタフタするユウキ。
しかし崇徳上皇は怒ったりせず、ホホホと笑う。
「それで良い。
朕は恐れられておる。
しかし、それは朕の本意に非ず。
確かに朕は、お父様や弟の雅仁(後白河法皇)を恨んだ事もあった。
地に呪詛を掛けた事もあった。
なれど、今やもうどうでも良き事よ。
むしろ雅仁の孫の尊成(後鳥羽上皇)等は隠岐に流されたりと、朕が呪ったよりも苦しみを与えたようで、憐れでならぬ。
武士よ、其方はその辺りはよく知っておろう」
「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」
そう呪詛を掛けたという上皇は、実際に主権在民の世の人間に、極めて優しい表情を見せた。
そして時間は無関係とはいえ、そんな時代になってまで自分が怨霊と恐れられている事を悲しんでいた。
「そうそう、其方たちを召した訳を話そう。
老人は話が長いと、そこの者が思うておるようやしな」
ユウキは冷や汗が何筋も流れているのを感じていた。
「武士よ、名は?」
「藤原の朝臣、下野住人、小山の五郎三郎、長沼宗村に御座候。
京に出仕もした事も無き卑賤の武家にて、諸事至らぬ事恐懼致し申す」
「常世ではそのような気遣いは無用に候へ。
さて長沼の五郎三郎よ、朕の蔵人として北面に仕える気は無きや?」
(え?
うちの先祖に、崇徳上皇からのスカウト??)
呼び出した理由とはそれであったようだ。
より自分の住む宇宙に接続出来る場所まで呼び寄せ、この世界の事を話した上で、自身の北面武士となるべくスカウトをした。
色々と情報がいっぱいで混乱するユウキ。
一方、先祖の方は押し黙っていた。
「そうか。
まだ浮世に心残りが有るから、こちらへは来られぬと申すか」
「御意」
(え?
うちの先祖、上皇の誘いを蹴ったの?
それって大丈夫なのか?)
ユウキの背筋には、最早服がべっとりと貼りつく程冷や汗が流れていた。
余りにもこの守護霊、フリーダム過ぎる。
だが当の崇徳上皇自身は断られたにも関わらず、怒り等は見せていない。
うんうんと頷くと、
「此処では時は、有って無きが如きもの也。
心残りが晴れたら参るが良い。
いつまでも浮世では詰まらぬ事になるであろうぞ。
恐らく其方に敵う霊魂、呪詛はあるまい。
其方もやがては、次の世に進む時が来よう……」
そう言うと御簾が下り、衣擦れの音が遠ざかると共に気配が消えた。
「麿も、麿の居る世界に戻るとしよう。
御仏が悟りを開くと己の浄土を開くように、神と祀られ、そのようになった者は同じような神世を持てる。
麿のように、数多在るそれらの存在を把握し、浄土や神世を行き来したり繋げたりする事が出来る者も稀には居るが、多くは交わらぬようや。
さて、其方も其方の住まう世に戻さねばの」
菅原道真がそう言うと、視界が歪み、ユウキは元の宿に戻っていた。
時間にして、僅かに1分と経ってはいなかった……。
おまけ:
ユウキたちを送った後、菅原道真と崇徳上皇の怨霊とされる2人は、御所で歌会をしていた。
そこに後鳥羽上皇も何処かからやって来て、歌会に混ざる。
その横には、本当は成仏した筈で怨霊でも何でもない、藤原定家が分身体として再現され、連れて来られている。
何時しか、柿本人麻呂とか紀貫之とか在原業平とかも混ざり、中々盛況な会となった。
「讃岐御所にお尋ねしますが、子孫の中で自ら後醍醐天皇と名乗られた方は招かれませんな。
一体どうしてでしょうか?」
「気が合わないから」
宇宙は広い。
それぞれが浄土というかベニーユニバースというか、そういう空間を独占出来る世界において、会う必要が無い者とは永遠に会わなければ良いのである。
住む世界が違うのだから、顔を合わせる事もない、それ故に諍いも生じない。
価値観が違う者たちは、彼等の世界で幸せになれば良いのだ。
この世界はストレスの少ない、過ごしやすい空間であった。
「しかしお上、そんな泰平のこの世界に、何故あのような武士を招きなさる?
特に気が合うようにも思いませぬが……」
「長沼が事か?
まあ、朕には鎮西三郎が仕えておるから、遊び相手には丁度良かろう。
強さそのものより、あの者の技は危険ゆえ、手元に置いておきたい」
「と仰いますと?」
「あの者の矢は、この宇宙を超える力を持っておってな。
放置しておくと、様々な世界を渡り歩く世界の破壊者となりかねぬ。
今はまだその力は無いようじゃが、悟りを開くと手が付けられぬぞ……」
長沼五郎三と、次元波動爆縮放射機なんていう多次元宇宙すらも破壊しかねない超兵器を未来において開発する真田某という者は、他の宇宙に行ってしまわぬよう早めにスカウトしておこうと考えている、日本三大怨霊の内の二柱であった。
(放っておけば、日本三大怨霊のもう一柱・平将門の居る世界に行きかねないし、そっちの方が危険なので)
おまけのおまけ:
大伯父・崇徳上皇と気が合う後鳥羽上皇の夢は、古今全ての歌人を召喚し、統一古今和歌集を編纂する事であった。
しかし選者として復元した藤原定家が反対する。
「その時代、その時代の感情で和歌の感じ方は変わります。
統一勅撰は、結局院の時代の歌人有利となりましょう」
後鳥羽上皇は反論する。
「視点によって感じ方が変わるとは有り得ない。
価値というのは普遍的なものなのだ」
絶対的な価値なのか、感じる者によって変わるものなのか。
何故かこの論争に西洋の物理学者の魂が加わる。
アインシュタインの魂が後鳥羽上皇側に、
ニールス・ボーアの魂が藤原定家側に参戦し、
「和歌は実存か、抽象的な概念なのか」
で論戦を繰り広げる事になる。
おまけのおまけのおまけ:
アインシュタインは言った「神はサイコロを振らない」。
だから後白河法皇が神になる事は無かった。