平家落人里
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
皆川ユウキは、芦屋ミツルの絶叫で目が覚めてしまった。
「なんですか……。
何時だと思ってるんですか。
まだ朝8時半じゃないですか!
お眠の時間でしょ!」
「どこかの銀髪のサムライみたいな言ってないで。
それはともかく、腰に首が、首が……」
「居なくなったのか?」
「いや、増えてる!!」
「は?
どこで拾って来たんだよ?」
「知らない、夕べは居なかったんだけど。
しかもこれ、西洋人。
なんで??」
それは昨晩、楽しい戦闘を終えた長沼五郎三たちが持ち帰った首無騎士の首であった。
胴体の方は馬に喰わせ、片手で小脇に抱えていた首の方を戦利品として持ち帰ったのだ。
そして、芦屋の腰に結び付けていた。
(ユウキの腰は、既にどこかで獲って来た生首で飽和状態である)
芦屋の腰には、強力な女の妖怪の生首も結び付けられていた為、新参の首とその首とで喧嘩をしていたのだ。
その騒々しさで目が覚めた芦屋は、腰のモノが増えている事に気づいた、そういう次第である。
ともあれ、2人はホテルをチェックアウトすると、高速道路に入って一路香川県を目指した。
そして運転手特権で高松自動車道に入り、北海道の某番組で「一番美味い讃岐うどんの店」と言われた店を目指した。
ゴールの第七十九番札所・天皇寺は坂出市、海側に在り、そこのうどん屋は山側だったので逆方向ではある。
しかし、今までに比べて相当に近づいたのも事実だ。
ここまで来れば大丈夫と、2人はうどんを食べる。
うどん屋は13時半までの営業時間だ。
下道ではなく、高速道路を使って一気に移動したのは、この営業時間に間に合わせる為でもあった。
そしてうどんを食うと、坂出市に入り宿に泊まる。
とりあえず今日は一泊しよう。
天皇寺には明日の朝に行く事にした。
「ちゃんと風呂入って身を清めてから行かないと、祟られるかもね」
芦屋はそう茶化していた。
うどん屋は山側に在った。
四国には「平家の落人の里」と呼ばれる場所が幾つか存在する。
それらは人里から離れた場所に在った。
たまたまその方に近づいてしまった事で、ユウキの守護霊・長沼五郎三が反応する。
源平合戦は長沼五郎三にとって憧れであった。
祖である長沼宗政も、本家当主である小山朝政も参戦した大戦。
木曾義仲との戦いである宇治川の戦い、九郎判官源義経が大活躍をした一ノ谷の戦いに、最終決戦となった壇ノ浦の戦い。
この讃岐には屋島が在り、そこでは那須与一による、海上に浮かぶ小舟に掲げられた、揺れる扇を射落とすといった逸話が伝えられていた。
武士が華々しく戦った源平合戦。
以降の鎌倉での合戦は、市街戦となっていて、華々しさからはやや遠い。
楯を並べ、熊手でそれを引き倒したり、徒士者で敵の楯に攻撃を仕掛けたり、矢戦に専念する掻楯戦というもの。
宝治合戦ではそれすらなく、さっさと自害されてしまった。
だから、武士たるものは一度は華々しく馬を駆け、名乗りを挙げて一騎打ちをして戦いたいものだ。
長沼五郎三は山間に在る平家の落人の里だった場所に、深夜向かう。
元々の守護霊に留守を任せ、愛馬・至月と共に駆けて行った。
いつもなら「俺様も連れて行け」と言う魔剣が今回は何も言わなかった。
それが一体何を意味するか?
ユウキは夢を見た。
ユウキは極めて零感である。
今まで、先祖に夢をハッキングされた事は多々有るが、目を覚ました時には忘れていた。
だから、こんなにハッキリした夢を、朝起きても覚えているのは珍しい。
その夢で、ユウキは先祖の目を通して様々なものを見ていたのだ。
それは源氏方の武士が平家の落人の里に押し掛けた時の記憶が、ユウキの脳に反映されたものである。
そこには平家の者が居るのが見えた。
「やあやあ、出会い給え。
我こそは俵藤太藤原秀郷の末にして、下野国住人長沼五郎三郎である。
名を惜しむ者在らば、我と太刀打ちしようぞ!
いざ!」
ユウキにも先祖の歓喜の感情が伝わって来る。
だが、相手の反応は薄かった。
平家を示す赤旗こそ見事なものだが、他は寂しい感じである。
武者たちのボロボロになった草摺り。
烏帽子から零れる髪が、如何にも落ち武者という感じであった。
その奥には、烏帽子も見事な高貴な感じの人物と、その膝に抱かれた元服前の稚児が居て、女性たちも座っている。
女性たちはさめざめと泣いている。
落ち武者たちは、名乗りを挙げる長沼五郎三など目に入っておらず、ただ外に向かって警戒しているだけだった。
(これは霊とかじゃなく、この地の記憶みたいなものではないのか?)
かつてユウキは、霊というのは四百年しか存在出来ないと聞いていた。
源平合戦は八百年前。
そんな古い霊は……自分の背後と、ユウキを呼び出したやんごとなき方とか、少数の例外くらいだろう。
目の前のモノは、霊や魔というより、ただ立体映像を見ている感じでしかない。
やがて、火矢が飛び込んで来る。
在地の武士に指揮された百姓たちが松明を持って押し寄せて来た。
これもまた、百姓の霊などではなく、単なる地の記憶を再現した映像であろう。
落ち武者は僅かに三人。
奥の高貴な感じの者に一礼すると、武士たちは外に打って出て行き帰らない。
やがて女たちは泣きながら和歌を認め、そして胸に短刀を突き立てて倒れていく。
高貴な感じの者は、稚児を自ら殺すと、やはり和歌を詠んでから腹を切って倒れた。
隠れ家は火に包まれ、数名の死者と共に焼け落ちる……。
ここには霊は居なかった。
ただ悲しみだけが、討ち取った者たちの供養の念によって残っていたのだった。
如何に獰猛な坂東武士でも、立ち向かって来るわけでなし、ただ死を受け入れた姿を映しただけのものは討ち取れない。
怒りには矢を向けられても、悲しみに対して刃を向ける出来なかった。
「あはれなり」
長沼五郎三は手を合わせ、その地で死んでいった誰か知らぬ平家の者を悼んでいた。
ユウキは、長沼五郎三の獰猛な部分とはまるで相容れない。
だから彼は先祖と感覚を共有する事は今まで一度も無かった。
だが今回、「死んでいった者への憐憫」という部分で初めて共鳴したようだ。
目が覚めた時、ユウキは自分の目から涙が流れた痕があるのを悟るのであった。
おまけ:
屋島には太三郎狸という聖獣が居る。
代々その名を襲名する狸だ。
その狸がいきり立っていた。
「わしの祖先は、平重盛公に命を救われた。
その重盛公の系譜を絶やした源氏の一党め!
思い知らせてやるぞ!」
だが、相手が悪いと諌める伊予松山の刑部狸と、阿波の金長狸。
「平成という世に、我々の化け学を駆使して人間に一泡吹かせようと、先代たちが頑張った事があったな。
今、あそこに居るのは、自然を破壊しないから手を出さなければ問題無い。
じゃが、手を出したら、平成の人間なんかより余程質が悪いぞ!」
刑部狸は、牛鬼があっさりと粉砕された事を話す。
金長狸は首無し騎士を撃破した武勇を語った。
余りにも強過ぎる相手に、太三郎狸も戦いを挑む事を諦める。
「それで良いのじゃ。
それよりも、この四国に手を出そうとしている奴等。
あいつらをどうにかせねばのお」
「わしらの力では、脅かす事は出来ても、追い出す事は出来ぬ」
「ロシアとの戦争に行った喜左衛門狸や、梅の木狸、浄願寺の禿げ狸、それに三光姫もあいつらに戦いを挑んだが、撃退されておる……」
「ここは、あの源氏の一党を、あいつらにぶつけてみてはどうか?」
「そうじゃな。
毒を以て毒を制すと言うしな」
「勝てないまでも、何らかの損害を与えられよう。
さすれば、四国の化け狸の力を合わせれば勝てるやもしれぬ」
化け狸とは言え、狸たちは何だかんだで老獪な狸親父が多いのであった。