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守護霊(?)は鎌倉武士  作者: ほうこうおんち
肆の章:四国巡礼の旅
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平家落人里

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 皆川ユウキは、芦屋ミツルの絶叫で目が覚めてしまった。

「なんですか……。

 何時だと思ってるんですか。

 まだ朝8時半じゃないですか!

 お眠の時間でしょ!」

「どこかの銀髪のサムライみたいな言ってないで。

 それはともかく、腰に首が、首が……」

「居なくなったのか?」

「いや、増えてる!!」

「は?

 どこで拾って来たんだよ?」

「知らない、夕べは居なかったんだけど。

 しかもこれ、西洋人。

 なんで??」


 それは昨晩、楽しい戦闘(レクリエーション)を終えた長沼五郎三たちが持ち帰った首無騎士(デュラハン)の首であった。

 胴体の方は馬に喰わせ、片手で小脇に抱えていた首の方を戦利品として持ち帰ったのだ。

 そして、芦屋の腰に結び付けていた。

(ユウキの腰は、既にどこかで獲って来た生首で飽和状態である)

 芦屋の腰には、強力な女の妖怪の生首も結び付けられていた為、新参の首とその首とで喧嘩をしていたのだ。

 その騒々しさで目が覚めた芦屋は、腰のモノが増えている事に気づいた、そういう次第である。


 ともあれ、2人はホテルをチェックアウトすると、高速道路に入って一路香川県を目指した。

 そして運転手特権で高松自動車道に入り、北海道の某番組で「一番美味い讃岐うどんの店」と言われた店を目指した。

 ゴールの第七十九番札所・天皇寺は坂出市、海側に在り、そこのうどん屋は山側だったので逆方向ではある。

 しかし、今までに比べて相当に近づいたのも事実だ。

 ここまで来れば大丈夫と、2人はうどんを食べる。

 うどん屋は13時半までの営業時間だ。

 下道ではなく、高速道路を使って一気に移動したのは、この営業時間に間に合わせる為でもあった。

 そしてうどんを食うと、坂出市に入り宿に泊まる。

 とりあえず今日は一泊しよう。

 天皇寺には明日の朝に行く事にした。

「ちゃんと風呂入って身を清めてから行かないと、祟られるかもね」

 芦屋はそう茶化していた。





 うどん屋は山側に在った。

 四国には「平家の落人の里」と呼ばれる場所が幾つか存在する。

 それらは人里から離れた場所に在った。

 たまたまその方に近づいてしまった事で、ユウキの守護霊・長沼五郎三が反応する。


 源平合戦は長沼五郎三にとって憧れであった。

 祖である長沼宗政も、本家当主である小山朝政も参戦した大戦。

 木曾義仲との戦いである宇治川の戦い、九郎判官源義経が大活躍をした一ノ谷の戦いに、最終決戦となった壇ノ浦の戦い。

 この讃岐には屋島が在り、そこでは那須与一による、海上に浮かぶ小舟に掲げられた、揺れる扇を射落とすといった逸話が伝えられていた。

 武士が華々しく戦った源平合戦。

 以降の鎌倉での合戦は、市街戦となっていて、華々しさからはやや遠い。

 楯を並べ、熊手でそれを引き倒したり、徒士者で敵の楯に攻撃を仕掛けたり、矢戦に専念する掻楯(かいだて)戦というもの。

 宝治合戦ではそれすらなく、さっさと自害されてしまった。

 だから、武士たるものは一度は華々しく馬を駆け、名乗りを挙げて一騎打ちをして戦いたいものだ。


 長沼五郎三は山間に在る平家の落人の里だった場所に、深夜向かう。

 元々の守護霊に留守を任せ、愛馬・至月と共に駆けて行った。

 いつもなら「俺様も連れて行け」と言う魔剣が今回は何も言わなかった。

 それが一体何を意味するか?


 ユウキは夢を見た。

 ユウキは極めて零感である。

 今まで、先祖に夢をハッキングされた事は多々有るが、目を覚ました時には忘れていた。

 だから、こんなにハッキリした夢を、朝起きても覚えているのは珍しい。

 その夢で、ユウキは先祖の目を通して様々なものを見ていたのだ。


 それは源氏方の武士が平家の落人の里に押し掛けた時の記憶が、ユウキの脳に反映(フィードバック)されたものである。

 そこには平家の者が居るのが見えた。

「やあやあ、出会い給え。

 我こそは俵藤太藤原秀郷の末にして、下野国住人長沼五郎三郎である。

 名を惜しむ者在らば、我と太刀打ちしようぞ!

 いざ!」

 ユウキにも先祖の歓喜の感情が伝わって来る。


 だが、相手の反応は薄かった。

 平家を示す赤旗こそ見事なものだが、他は寂しい感じである。

 武者たちのボロボロになった草摺り。

 烏帽子から零れる髪が、如何にも落ち武者という感じであった。

 その奥には、烏帽子も見事な高貴な感じの人物と、その膝に抱かれた元服前の稚児が居て、女性たちも座っている。

 女性たちはさめざめと泣いている。

 落ち武者たちは、名乗りを挙げる長沼五郎三など目に入っておらず、ただ外に向かって警戒しているだけだった。


(これは霊とかじゃなく、この地の記憶みたいなものではないのか?)

 かつてユウキは、霊というのは四百年しか存在出来ないと聞いていた。

 源平合戦は八百年前。

 そんな古い霊は……自分の背後と、ユウキを呼び出したやんごとなき方とか、少数の例外くらいだろう。

 目の前のモノは、霊や魔というより、ただ立体映像を見ている感じでしかない。


 やがて、火矢が飛び込んで来る。

 在地の武士に指揮された百姓たちが松明を持って押し寄せて来た。

 これもまた、百姓の霊などではなく、単なる地の記憶を再現した映像であろう。


 落ち武者は僅かに三人。

 奥の高貴な感じの者に一礼すると、武士たちは外に打って出て行き帰らない。

 やがて女たちは泣きながら和歌を(したた)め、そして胸に短刀を突き立てて倒れていく。

 高貴な感じの者は、稚児を自ら殺すと、やはり和歌を詠んでから腹を切って倒れた。

 隠れ家は火に包まれ、数名の死者と共に焼け落ちる……。


 ここには霊は居なかった。

 ただ悲しみだけが、討ち取った者たちの供養の念によって残っていたのだった。

 如何に獰猛な坂東武士でも、立ち向かって来るわけでなし、ただ死を受け入れた姿を映しただけのものは討ち取れない。

 怒りには矢を向けられても、悲しみに対して刃を向ける出来なかった。

「あはれなり」

 長沼五郎三は手を合わせ、その地で死んでいった誰か知らぬ平家の者を悼んでいた。


 ユウキは、長沼五郎三の獰猛な部分とはまるで相容れない。

 だから彼は先祖と感覚を共有する事は今まで一度も無かった。

 だが今回、「死んでいった者への憐憫」という部分で初めて共鳴(シンクロ)したようだ。

 目が覚めた時、ユウキは自分の目から涙が流れた痕があるのを悟るのであった。

おまけ:

屋島には太三郎狸という聖獣が居る。

代々その名を襲名する狸だ。

その狸がいきり立っていた。

「わしの祖先は、平重盛公に命を救われた。

 その重盛公の系譜を絶やした源氏の一党め!

 思い知らせてやるぞ!」

だが、相手が悪いと諌める伊予松山の刑部狸と、阿波の金長狸。

「平成という世に、我々の化け学を駆使して人間に一泡吹かせようと、先代たちが頑張った事があったな。

 今、あそこに居るのは、自然を破壊しないから手を出さなければ問題無い。

 じゃが、手を出したら、平成の人間なんかより余程質が悪いぞ!」

刑部狸は、牛鬼があっさりと粉砕された事を話す。

金長狸は首無し騎士を撃破した武勇を語った。

余りにも強過ぎる相手に、太三郎狸も戦いを挑む事を諦める。


「それで良いのじゃ。

 それよりも、この四国に手を出そうとしている奴等。

 あいつらをどうにかせねばのお」

「わしらの力では、脅かす事は出来ても、追い出す事は出来ぬ」

「ロシアとの戦争に行った喜左衛門狸や、梅の木狸、浄願寺の禿げ狸、それに三光姫(おさんたぬき)もあいつらに戦いを挑んだが、撃退されておる……」

「ここは、あの源氏の一党を、あいつらにぶつけてみてはどうか?」

「そうじゃな。

 毒を以て毒を制すと言うしな」

「勝てないまでも、何らかの損害を与えられよう。

 さすれば、四国の化け狸の力を合わせれば勝てるやもしれぬ」


化け狸とは言え、狸たちは何だかんだで老獪な狸親父が多いのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 異国の首と喧嘩出来るって、言葉通じてるんですね。
[良い点] 今話もありがとうございます! >新参の首とその首とで喧嘩 www ……なんかもう、後にとらにくっ付いて白面との最終決戦に臨む事になった、字伏たちの首みたい。 [気になる点] おまけで…
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