至月の戦い
皆川ユウキと芦屋ミツルは、高知県を抜けて徳島県に入った。
「この県もさ、妖怪が多いんだよ」
「うん分かった、早く香川に行こう」
「有名な子鳴き爺も、徳島の妖怪なんだよ」
「そうか、分かった、香川に行こう」
「金長狸とか六右衛門狸っていう、強力な化け狸も居るんだ」
「うちはお稲荷さんだからなあ。
さあ、香川に行こう」
「何だよ、そんなに讃岐うどんが食べたいのか?
徳島ラーメンも美味しいからさ、食べて行こうぜ。
俺たち出会ったのはラーメン屋だし、何か縁があるやんか」
「うん、ラーメンは食べたいね。
食ったら香川に行こう」
元々この旅は、崇徳上皇の「朕に会いに来い」という言葉を源為朝が伝えて来て始まったのだ。
さっさと用事を果たしたい。
なのに、フェリーで東予に来て、東に行けばすぐだったのに、わざわざ愛媛→高知→徳島と西回りをして香川に向かっている。
遊んでないで早く目的地に行きたいところだ。
「まあまあ、ユウキ君。
たまにはさ、霊とか呪いとか無い旅を楽しもうよ。
この徳島では特に俺も用事が入ってないんだしさ」
「……さっき、妖怪とか化け狸の話してた奴の台詞とは思えんが。
まあ、霊とか怪異とかと無関係な旅ってのは良い事だと思う」
「そうやんな!
よし、今日はゆっくりしよう。
まだ筋肉痛も完治してないんでしょ?」
「まあ、ね」
という訳で、この日は徳島市に一泊。
八十八ヶ所巡りも、ユウキの再三の苦情から第一番札所・霊山寺から第十七番札所・井戸寺を省略、高松自動車道を通って一気に香川を突っ切る事にした。
もっとも
「運転手特権で、絶対にうどんは食べる。
そこでは高速を降りる!」
となっていたが。
だが、人間たちが省略しても霊たちは四国中央部、徳島の山間部に向かう事になる。
「お頼み申す。
貴方たちの強さを見込んで、是非にお頼み致したく。
我が名は夜行と申します」
そう言って、人間たちが寝静まった中、妖怪が長沼五郎三の元に訪ねて来た。
寝てる2人は、まさか自分の部屋でこんな会話がされているとは夢にも思わない。
「夜行さん」という敬称付きで呼ばれるモノは、大晦日、節分、庚申の日、そして陰陽道による忌み日に現れる髭の生えた片目の鬼である。
陰陽道による忌み日は「夜行日」と呼ばれ、御神体を移す事をするから、神事に関わらない人は家の中で物忌みをする慣わしだ。
その決まりを守らない罰当たりな者に祟りを成すのが夜行さんである。
まあ祟りと言っても、七人ミサキとかに比べて優しいもので、投げ飛ばす、馬の足で蹴り飛ばすという程度なのだ。
その夜行さんが乗って、罰当たり者を蹴り飛ばす馬とは、首の無い「首切れ馬」である。
この首切れ馬が、最近西洋の妖怪に盗まれたのだ。
「デュラハンとか申す、首の無い洋夷の武士が数年前に現れ、わしの馬を盗って行き申した。
わしも、子鳴き爺もあの妖怪に戦いを挑みましたが、やはり騎乗のモノは強くて。
どうかお頼み申す。
あの妖怪を倒し、わしの馬を取り返して下され。
いや、馬さえ取り返せば、あの妖怪奴は我等阿波の妖怪で始末を付けます」
どうも海外旅行ブームに乗って、人間だけでなく妖怪の方も色んな国から入って来ているという。
特に四国と青森は妖怪・怪異にとって居心地が良く、住み着くモノもいる。
そういった外来種に対し、日本固有種は戦いを挑んで追い出しているのだが、中には強い外来種の方が固有種を駆逐するケースもある。
古くは金毛九尾の狐なんていうのが日本で猛威を振るった外来種で、そいつらは平安武士という「対魔最強種族」が相当に妖力を削った結果、石となって身を守りながら眠りについていた。
……最近になって
「あちらが中々面白そうだ。
久々に指導者を煽る事で国を一個か二個、滅茶苦茶に出来そうじゃ」
と言って、防御形態の石を割って、東欧方面に飛び去ったようだが……。
何にせよ、時々固有種では駆除不可能なモノが来るようだ。
この首無し騎士もその一つである。
首を取れないと分かった長沼五郎三はガッカリしていたが、それでも異国の武士(騎士)と戦う事には興味を抱く。
そして馬の速さに対抗出来るのは、やはり馬だ。
愛馬「至月」がやる気になっていた。
この馬は、合戦が無くなった時期に産まれた軍馬で、闘争本能の塊である。
競馬なんかではなく、同じ騎乗の武士との戦いこそ本望!
かくして長沼五郎三、至月、そして魔剣は本来の守護霊と馬飼に留守を頼み、夜行さんに着いてデュラハンとの戦いに赴いた。
奴はすぐに見つかる。
デュラハンは、確かに首が着いていない。
しかし、片手に自分の首を持って馬に乗っていた。
首を取れると知った長沼五郎三は大喜び。
デュラハンに鏑矢を放ち、自分の存在を知らせた後に名乗りを挙げ、相手の返答等聞かずに戦闘を挑んだ。
デュラハンとて「首無し騎士」と呼ばれる妖怪、ただでやられはしない。
そして皮鎧の日本の武士と違い、鉄製のプレートメイルに身を固めた西洋の騎士は、長沼五郎三の強弓にもどうにか耐える。
致命傷こそ負わせられないが、騎射が出来ない西洋の騎士は、馬上から長弓を操る日本の武士相手に射程距離上の不利を悟った。
普通騎射をする騎兵の弓は短弓なのだが、武士は下が短く、上は長い長弓を使い、連射性能よりも射程距離と一発の威力を高めていた。
デュラハンは首切れ馬に鞭を入れて逃げる。
これを至月は全力で追った。
なんて楽しいのだ。
合戦とはこうでなければ。
七人ミサキだろうが、地獄の神であろうが、所詮はまともな鎧も付けぬ徒士に過ぎん。
戦の醍醐味は、甲冑を纏った者同士の馬上戦闘に決まっている!
戦闘は吉野川市上空で始まり、美馬市、そして三好市に至る。
首無しの馬は、流れる川の上を越す事が出来ない為、吉野川の南側が戦場となった。
逃げ切れないと悟ったデュラハンは、首は無いが馬首を返して、追って来る武士との戦闘に挑む事にした。
一方の長沼五郎三も、弓矢が通じないと分かり、魔剣を抜く。
「中々面白そうな相手だな。
俺様が斬るに値する」
そう笑う魔剣を握り、雄叫びを挙げながらデュラハンに向かっていく鎌倉武士。
騎士の長剣相手に苦戦こそするが、勝敗を分けたのは馬であった。
凶暴で戦闘狂な至月は、首切れ馬に思いっ切り体当たりをし、怯んだ所に蹴りを食らわせた。
首切れ馬も怒り、何百人もの罰当たり者を蹴り飛ばして来たその蹴りを至月に入れる。
蹴られて至月は喜んでいた。
やはり合戦とはこうでないと。
騎乗する馬が暴走した事で、片手に自分の首を持つデュラハンはバランスを崩してしまう。
そこに魔剣の一撃。
ついに頑丈な鎧が破壊され、斬撃の凄まじさに落馬してしまった。
長沼五郎三は馬を降り、代わりにデュラハンに馬乗りになって、心臓に魔剣の一撃を入れた。
これにてデュラハンは退治され、その遺体は至月に喰われる。
かくして長沼五郎三は強敵と戦って満足。
魔剣も斬るに値する奴を斬られて満足。
至月は待ち望んでいた馬上戦闘を経験出来た上に、阿波の首切れ馬とは戦闘を通じて友情が芽生えていた。
夜行さんは馬が戻って来て満足。
首切れ馬も、自分と同じような友達が出来て満足と、デュラハン以外全員幸福になってこの日を終えた。
人間たちは何も知らずに、スヤスヤ眠りこけているのだった。
おまけ:
徳島上空で、首無し騎士と鎌倉武士が激しい戦闘を繰り広げている。
たまに流れ矢が飛んで来る。
この恐ろしい光景を、阿波の化け狸たちは眺めていた。
「一体どちらが勝つのだろう?」
誰かの問いに、別の誰かが答える。
「どちらが勝っても、勝った方が我々の敵になるだけです」