誰も知らない人助け
皆川ユウキは香川県に行きたい。
なのにフェリーで東予に着いた後、わざわざ遠回りして高知に入ったのは、運転手であり、エセ除霊師の芦屋ミツルが、霊現象への対処依頼を受けたからである。
芦屋ミツルの見る能力、聞く能力は本物だ。
祓う方、防ぐ方は大した事ない。
元々陰陽師の家系だけあり、風水的な対処は出来るし、大概の霊現象は「その人の気の迷い」なので、それを払う舞台設定なんかは出来る。
いくら「霊なんか居ませんよ」と言っても、本人が居ると思い込んでしまえば、見えないモノも見えてしまう。
だから嘘でも何でも、祓ってやった態を整えてやる。
「居ませんよ」じゃなく「祓いました、もう大丈夫です」という言葉を相手は聞きたいのだ。
そして、その気の迷いを生じるのは、大抵は大した事の無いもの。
なので大袈裟にパフォーマンスした後は、「盛り塩をして下さい」とか「毎日コップに水1杯入れてお供えして下さい」とか「気の流れが良くないので、配置替えしましょう」とか言えば、大概は好転する。
本人が大した事をしていないと理解しているので、料金は格安設定だ。
交通費を除けば、食い扶持稼げたらそれで良い。
こんなレベルの霊能者だったのに、ひょんなことから「最強の霊能力者」という誤解をされてしまう。
依頼を受けて彼を呪おうとした者が、特級呪物まで持ち出しても返り討ちに遭ったからだ。
それをやったのは、今回本当に四国に用事があった皆川ユウキの守護霊(?)、約八百年前の武士である。
また、呪いを撃退したのは、その武士が討ち取って首だけにし、悪趣味にも腰に結わえ付けてしまった女の妖怪であった。
彼自身は全くレベルアップしていないのに、彼に向けられた悪意を自動で祓う、もっと呪われたモノ憑きとなったのだ。
そして「最強の霊能力者」という虚名により、様々な依頼が舞い込む事になる。
今回の依頼は、芦屋の一族に舞い込んだものだが、祓えなかったので「最強」たるミツルに転送されたものであった。
元々芦屋一族も霊能力者の家系ではなく、ごくたまにそういう能力を持つ者が出るくらいだが、中にはそれで大儲けをする者もいた。
今、京都で芦屋ミツルが一軒家に住んでいるのも、その親戚の持ち物を借りられるからだ。
それだけに、依頼を断る訳にもいかなかったのだ。
依頼主は裏社会の住人。
金は大量にあるが、更にそれを増やそうとし、相手を自殺に追い込んだりした。
恨みを買いまくっている。
そうして死んだ者の中に、呪いをかけていった者がいた。
その呪いによって、依頼主は苦しめられている。
実際に霊視したら、それは本物であり、自分と同程度の能力の親戚では祓えないだろうと芦屋は思った。
本来なら芦屋も祓えない。
だが今の彼は、大概の呪いなんかが裸足で逃げ出す特級呪物持ちである。
この家、呪いよりも護衛とか世話とかで住み込んでいる黒服の人間の方が怖い。
そんな別の意味で怖い家に泊らせて貰った芦屋とユウキ。
果たして深夜、電話が掛かって来た。
ナンバーディスプレイに表示された番号は現在使用されていないもの。
電源を切っても、転居しても、ホテルに泊まっても掛かって来る電話に、依頼主はほとほと悩まされていた。
芦屋はその電話を取る。
電話の向こうから、小声で恨むとか憎いとか、おぞましい声がする。
芦屋はその電話口に、妖怪の生首をつける。
「ポッ!!」
この声は依頼主や、その護衛たちには聞こえない。
なのに窓ガラスがビリビリと振動し、液体が入っているものには波紋が立った。
電話は切れた。
今までは1時間置きに繰り返し掛かって来ると言っていたが、その衝撃波攻撃の後は電話が鳴る事が無くなった。
念の為、もう1日様子を見る事にするが、まあ解決しただろう。
その頃、ユウキの霊的守護は本来の守護霊に任せ、長沼五郎三と愛馬・至月、そして魔剣は桂浜に来ていた。
そこには一人の警察官が立っていた。
いや、警察官のようなモノである。
多くの念が警察官の形を作っていた。
「どうか、手を貸して下さい」
そのモノは鎌倉武士、馬、魔剣に頭を下げる。
そして彼等を手招きして海の中に消えていった。
至月はいななきをすると、その警察官を追って行く。
それは海底。
何か得体の知れない邪気のようなモノが巨大な黒いクラゲのようになっていた。
所謂「海坊主」という奴だろう。
その海坊主たちが集まっていく。
ボコボコと瘤の多い、黒く数kmに渡る巨大な海蛇のようなモノがそこに居て、海坊主たちはそれに吸収され、そいつはどんどん巨大になる。
「あの黒い蛇のようなモノが現れると地震が起こるのであります。
自分たちは昭和二十一年、津波に飲まれて死んだ者であります。
自分たちでは、あの黒い海坊主を数体倒すので精一杯です。
どうか、お力をお貸し願います」
長沼五郎三が承知する前に、魔剣が話し出した。
「ふん、俺様としたら人が多く死ぬ方が面白い。
だが、お前はアレと戦う気なのだろう?
アレが地震を引き起こすモノなのか、単に地震の前に現れるモノかはこの際置いておく。
アレは強いぞ。
この大地の瘴気のようなモノだ。
やるのか? やるんだな? やるよな!
面白い。
俺様が力を貸してやるぞ、有難いと思え、人間ども!」
至月の疾走と、魔剣の力、そして武士の剣技が合わさる。
その黒い大蛇のようなモノは、近づく鎌倉武士の霊に、多数の触手のようなものを出したり、小型の蛇というかフクロウナギのような邪悪な分身体を放ったりして迎え撃つ。
この時の戦いは、沿岸から目撃されたようで
「沖の方で、何ちゃあ奇怪な光がしちゅうな」
と朝漁の準備中の漁師たちを気味悪がらせていたという。
やがて光が収まる。
「中々面白い戦いだったぞ」
魔剣は何か満足そうだ。
そんな長沼五郎三たちに警察官の形をしたモノは頭を下げると、多数の燐光となって消えていった。
守護霊たちが一仕事して来たのも知らず、ユウキたちは眠りこけている。
守護霊にしたら、自分が憑いている本体が災難に遭わなければそれで良い。
宿(憑依している人間)に戻って来た彼等は、至月の手綱を馬飼いの霊に渡し、彼等も寛ぐ事にした。
そして、その日も南海トラフは平穏無事であった。
おまけ:
高知に戻って来た長沼五郎三一行を、河童のような妖怪が待ち構えていた。
そいつの名はシバテンといい、相撲を好む妖怪である。
兎に角相撲が好きで、人間を見ると何番でも挑んで来るのだ。
そいつに挑まれた長沼五郎三は、彼の相撲を取る。
相撲の「撲」とは「撲る」事である。
太古の相撲名人・当麻蹴速の得意技は蹴り技である。
この日、相撲という名の何かによってボコボコにされた河童は、後日会った人間にこう語る。
「相撲には蹴り技がない……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました」