怪異は根こそぎ倒すのがよろしい
皆川ユウキを乗せ、芦屋ミツルが運転する車は、宇和島を出て高知県に入る。
この高知県の霊場巡りが、思わぬ時間の掛かるものとなった。
第三十八番札所・金剛福寺は足摺岬の先に在る。
そこまで往復すると、結構な時間が掛かるのだ。
そして夜になったが、まだ今日の宿の予定の高知市に辿り着かない。
それどころか、途中で自動車の調子が悪くなる。
「頑張るけど、場合によっては車中泊も覚悟してね」
芦屋はそう言っているが、実際には何とか辿り着こうと必死になっているのが見て取れた。
高知市に彼の依頼人が居る為、今日中に市内に入って、明日は用事を済ませたいのだ。
しかし、彼等は思いもかけぬモノと出会う。
芦屋は急ブレーキをかけ、ライトを消す。
「まずい、かなりまずい!」
相当に焦っている。
「こんな辺鄙な道で停まるとか、どうにかならないの?
前に巡礼の人がいるのは見えたけど、あの人たちをやり過ごせば良いんじゃないの?
もっと町に近い所まで行かないと、JAFも来づらいと思うけど」
「もしかして、前の7人見えてる?」
「見えてるけど、それが何か?」
「あれ、七人ミサキ。
相当に厄介な怪異!
気づかれないようにしないと、本当にヤバい」
七人ミサキ、それはオカルトには疎いユウキでも知っている、相当に危険なモノ。
主に四国や中国地方に伝わる怪異だ。
災害や事故、特に海で溺死した人間の死霊と言われている。
地方によっては家督問題から切腹させられた家老に殉死した七人の家臣の霊、または処刑された家老とその家族七人、あるいは暴虐を振るっていたから村人に殺害された七人の山伏の怨霊、または平家の落人、または海に捨てられた七人の女巡礼者、さらには発見されて惨殺された伊予宇都宮氏の隠密たちの霊ともされる。
このように各地で様々に話されている。
それだけ広範囲に現れ、猛威を振るった「古き」怪異と言える。
七人ミサキはその名の通り、七人が僧侶もしくは山伏の姿で徘徊する。
常に七人である。
この七人ミサキに遭遇した者は、高熱に見舞われて死ぬとされている。
その犠牲者が死ぬと、七人ミサキが一人が成仏する。
そして死んだ犠牲者が、新たな七人ミサキの一員となり、あてもなく徘徊し続ける。
次の犠牲者を見つける為に。
自分が成仏する為に。
七人ミサキは、ユウキにも見えていたように、零感な人にも見える。
そして、物理的な戦闘力は大した事はない。
自動車でひき殺すとか、鈍器で殴る等して倒す事も可能だ。
しかしそうすると、殺した者は呪われてしまう。
殺した七人ミサキは成仏し、空いた枠を埋めるが如く、殺した相手に付き纏う。
そして病気、事故死、自殺と様々な形で相手に死をもたらす。
死んだ者は、そのまま七人ミサキに取り込まれてしまうのだ……。
「見つからないように静かに……。
親指を隠して握って……」
「なんで親指を隠すんだ?」
「知らない。
そう言われている」
だがその努力も空しい。
七人ミサキは一斉にユウキたちの方を見ると、近づいて来た。
「まずい、逃げるぞ」
急ぎエンジンをかけて、遠ざかろうとした。
しかし何故かエンジンが掛からない。
それどころか、ドアにロックが掛かってしまい、外に出る事も出来ない。
「ヤバい、ヤバい、ヤバい……」
いつもヘラヘラしている芦屋が、こうも狼狽しているというのは、その恐ろしさを物語っている。
だが、パニックになった彼は忘れていた。
彼の腰にも、同様にヤバイ代物がくっつけられている事を。
「ポッ!!!!」
また音量としては小さい筈なのに、異常に脳に響く音が発せられる。
芦屋の腰の妖怪の生首が七人ミサキを攻撃した。
目に見えぬ、人間には感じられない衝撃波が起こったようで、七人ミサキだけが吹き飛ばされていた。
だが、流石はその存在が広く世間に知られる程の怪異、この程度では倒れない。
ゆっくりと起き上がって来て、またこちらに歩いて来る。
この妖怪も相当に強力なのだが、なにせ今は生首だけの存在であり、力を相当に失っている。
万全なら互角かもしれないが、その音声攻撃は相手を吹き飛ばす程度に威力が落ちていた。
だが妖怪の一声は、単なる攻撃だけではなかった。
パニックに陥っていた芦屋を冷静にさせる。
「そうか、俺にはこいつが憑いていたんだった。
ハンパな呪いは近づく事すら出来ない。
まあ、七人ミサキはハンパな連中じゃないから、ヤバい事には変わりないけど」
そしてエンジンが急にかかる。
「よし、動く。
逃げるぞ!」
「何故逃げる?
あの程度の連中、我々の手にかかれば大した事ない」
「ユウキ君?
何言ってるの?」
「俺じゃない。
こいつ」
「俺を手にして、お前は何を望む?」
「うわっ!
そういや居たわ、喋る刀!」
「まあ、彼の事は放っておいて、ご先祖様と一緒にあいつらを倒せる?」
「ふん、くだらん。
あんな程度の弱い奴等は相手にならん。
なあ、そこの武士よ」
そう言うと、刀は自動車を透過し、外に飛び出る。
相変わらず「見えない」ユウキには何が起こっているのか分からない。
「見える」芦屋には、ユウキの守護霊たる武士が、逃げようとする七人ミサキを馬で追いかけ、後ろから矢を撃ちまくり、倒れた相手にあの喋る刀を突き付けているのが見えた。
七人ミサキは討ち取られていく。
七人ミサキは、人間一人を取り殺す事で、一人が成仏出来る。
七人ミサキの内の一人を殺せば、空いた一人を埋めるべく、殺した相手を呪い殺す。
では一人じゃなく、全員を一気に倒したらどうなる?
しかも相手は生身の人間ではない。
最古とされる七人ミサキよりも、更に古い霊、しかも山の神の力を取り込んだ存在。
最古の七人ミサキと同じくらい古い、魂喰いな馬の霊。
そして人間時間では数億年以上存在し、今は刀に封じられている大悪魔。
それらに殺された七人ミサキは、せめて成仏したいという念も空しく、至月に喰われていった。
「終わった…………」
芦屋は呆然としながら呟く。
世に聞こえた恐ろしい怪異が、あんなあっさりと倒されるなんて……。
刀が車内に戻って来る。
「この刀……凄いよなぁ」
手に取ろうとした芦屋に衝撃が走る。
「お前が俺様を使おうなどと、二万年早いわ!」
芦屋は隣に乗っている零能力者が、知らず知らずのうちにチート級のモノ3体を持っているという事実に改めて気づかされた。
おまけ:
どうにか怪異から脱出したが、もう夜も遅くなってしまった。
予定していた宿には着けない。
しばらく走らせた所で芦屋は車を停めて、こう告げた。
「ここをキャンプ地とする!」
「……正気か?
あんなヤバいのと遭遇した、その近くで車中泊?」
(ユウキ君が持ってるモノの方がもっとヤバいんだけどね)
なおこの日、近くの遍路小屋で宿泊していた巡礼者は、怪異に遭遇した。
「あの、すみません。
私のような既に死んだ者が言うのもおかしな話ですが、同宿させて貰えませんか?
近くに物凄い怖いのが居るんで、逃げて来たんですよ……。
あれは本当に危険です。
死んだのに変ですが、殺されます……」