人知れぬ戦い
魔剣「出かけるなら、俺も連れて行け!
休んでいるのは性に合わん。
断っても、勝手に荷物の中に紛れ込むからな」
ユウキ「そんな事が出来るのなら、危機になったら飛んで来れば良いのでは?」
魔剣「それじゃ風情が無えだろ。
旅ってのはな、移動中も楽しいもんなんだよ」
ユウキ(あれ? 時間とか距離とか、高次元の存在には意味が無いものなのでは?)
魔剣さん、三次元生活を満喫しているようで、瞬間移動すりゃ済むところを、わざわざ過程を楽しんでいる模様。
「四国に行くなら、八十八ヶ所巡って来たら?」
皆川ユウキの同居人・芦屋ミツルがそのような事を言い出した。
「嫌だよ。
面倒臭い」
「金と車なら、俺が出すよ」
「え?
あんた、免許持ってたの?」
「デートとかするのに必要やんか。
普通学生の内に取るっしょ?」
「いや、電車もバスもあって普通に困らなかったから、俺、免許持ってないけど」
「え?」
「え?」
同じ大学生でも、こんな感じで価値観は違った。
これが地方の大学なら、移動手段として自動車免許を取る人も多いが、都市圏で足に困らないとなると取らない学生も出る。
それはともかく、レンタカーの手配、宿の確保、その他旅費一切をこの男が持つと言っていた。
当然裏があるに決まっている。
「俺、変に有名人になってさぁ、依頼が結構来てるんだよ」
「……そういう事だろうと思った」
「全部説明しなくても分かってくれて嬉しいよ」
こうしてちょっと大学をサボり、四国巡りをする羽目になってしまった。
レンタカーを借り、大阪南港に向かう。
ここから東予港に向かって船出をした。
「行きたいのは香川県なんだけど……。
普通に瀬戸大橋渡った方が早くない?」
「まあまあ。
大丈夫だから」
(何が大丈夫なんだよ)
ユウキは不満を持ちつつも、金と足の面倒を見てくれる以上、任せる事にした。
フェリーは無事に東予に到着。
その後、ドライブをしながら、道後温泉に到着した。
この日の宿は温泉宿だ。
「いや~、疲れた、疲れた!」
「そりゃ朝6時に到着してから、ここにチェックインするまでに10ヶ所も寺を回ったらそうなるだろ」
「寺って言わないで、札所って言おうよ」
「それで、この行為に何の意味があるんだ?」
「ユウキ君、旅に目的を求めちゃいけないよ。
ぶらっと楽しもうよ」
「俺は目的がある旅なんだってば!」
「北海道のローカル番組みたいに、サイコロで行き先決めないだけマシやんか。
そういや、あの番組の八十八ヶ所巡ってたな」
「それはどうでも良いよ!
香川に向かえば良かったのに、何で愛媛を西に行って、高知通って、徳島を経て最後に香川なんだよ!
完全に遠回りじゃないか!」
「いやいや、これは逆打ちって順路なんだよ。
何が起こるかなあ……。
って、悪かった、謝る。
ふざけないから。
だから、刀仕舞って!」
ユウキは悪魔が宿った刀を手にしていた。
こいつはこいつで
「俺を使って、何を斬る?」
と五月蠅い奴なのだが。
とりあえず、ユウキの機嫌を直す為に、旅館では豪華な食事を振る舞う。
そして、自分への依頼主が高知に居るという事で、四国を左回りにするという事情を説明した。
ナメた事言わず、ちゃんと説明すれば納得してしまうのは、ユウキの良い部分だろうか、悪い部分だろうか……。
その日は何事もなく、温泉に入ってリフレッシュして眠る。
相変わらず守護霊みたいな事をやっている先祖の鎌倉武士・長沼五郎三は、どこからか霊の首を刈って来ては、ユウキの腰を首置き場にしている。
背後霊として長沼五郎三、愛馬の至月、馬飼いの元暴走族、そして本来の守護霊現パシリと4体も憑いている為、肩凝りも中々酷い。
温泉に入って、血行を良くして、疲れを取って眠った。
深く眠ってしまい、翌日の出発は予定よりも遅れる。
2日目は予定よりも進まず、四十一番札所の龍光寺に参拝した後は、宇和島市内のホテルに宿泊となった。
「おい、どこに行く?」
ユウキの荷物の中の魔剣が、出かけようとしていた長沼五郎三に声を掛ける。
人間2人はもう熟睡していたから、この会話は霊たちだけのものだ。
「何?
海の方に巨大な何かが居た?
それと戦って来るだと?
面白い、俺も連れて行け!」
「ポッ」
「そこの妖怪、お前も行ってみたいのか?
良し、こいつも連れて行こう」
こうして長沼五郎三は、大鎧の弦走韋に妖怪の生首を付け、大悪魔の宿った魔剣を携え、愛馬・至月に跨って宇和島の沖合に移動する。
そこには牛鬼という妖怪が居た。
この牛鬼、古くは源頼光と戦ったという記述がある。
更に、源頼光の父・源満仲にも殺されかけている。
時代は下り江戸時代初め、讃岐国青峰で山田蔵人高清なる弓の名手が牛鬼を退治。
明和三年(1776年)には土佐国で、近森左近という武士がやはり弓矢の一撃で牛鬼を退治している。
つまり、武士は天敵であった。
鎌倉時代の事を記した文献「吾妻鏡」にも牛鬼は出て来る。
建長三年(1251年)、浅草寺に牛のような妖怪が現れ、僧侶たち24人が悪気により病に侵され、7人が死亡したというものだ。
この建長三年は、長沼五郎三が人身御供となったわずか三年後である。
生きていたなら戦っていたかもしれない。
だが、霊体となって立ち合えるとは、何と言う幸せか!
牛鬼は、ここ二百五十年ほど、人間に害を為していなかった。
それなのにいきなり襲われてしまう。
見ると、あの忌まわしき源満仲や頼光と同じような感じの武士が、どう見ても禍々しい刀と、生首を付けた鎧を纏い、魂喰らいの馬に乗って突進して来るではないか!
大妖の類である牛鬼は、この凶悪な襲撃者を迎え討とうとする。
だが馬に乗って疾走して来た武士が、黒い魔力を放出する刀を振るい、牛鬼を真っ二つに斬り裂いた。
これが人間なら祟ってやれた。
しかし、相手が自分よりももっと悪っぽいモノばかりだ。
祟るに祟れず、牛鬼は消滅する。
先に述べたように、牛鬼は太古より存在する大妖である。
死んではいない。
力を失っただけで、いずれまた発生するだろう。
それでも悪魔と妖怪と暴れ馬と鎌倉武士は、中々に強い大妖と戦えて満足している。
「中々楽しかったぞ」
魔剣がそう述べた。
彼等は夜が明ける前に宿(皆川ユウキと芦屋ミツルの肉体)に戻った。
「いやあ、よく眠れた」
「昨日温泉入ったのも良かったと思うよ。
ね! ユウキ君、来て良かったでしょ」
間抜けな会話を交わす人間2人。
彼等に取り憑いているモノたちが、羽根を伸ばしに行った為熟睡出来たという事に、まだ気づいていなかった。
おまけ:
「とりあえず、魔除けの数珠を買っておいたよ」
運転手の芦屋ミツルがそう言って来た。
だが、第四十六番札所の浄瑠璃寺を訪れた時である。
「あれ? 数珠、どこに行った?」
芦屋が首を傾げた。
更に
「あ、パンクした。
左の後輪だ」
とアクシデント発生。
「おかしいなあ。
魔除けをちゃんとしてるのに……」
同乗者の皆川ユウキが呟く。
「腰に怪異の首、そして俺の鞄の中には魔剣。
魔除けなんか持ってるから、そいつらが悪戯したんじゃないのか?」
結局、この後は魔除け無しで行く事になった。
魔剣「何も寄って来ないと、旅がつまらんからな」
生首「ぽ!」
馬飼「っスよね~」
武士は黙って頷いていた。
※浄瑠璃寺、どうでしょう、怪奇現象で調べれば何故ここかが分かるでしょう。