WITH 怨霊
芦屋ミツルは居候が使っている仏像のフィギュア置き場に、見慣れないものをみつけた。
「この刀、何だ?」
それは皆川ユウキが異空間に引き摺り込まれ、紆余曲折あって実体化した魔剣である。
芦屋がちょっと触れた瞬間、電流のようなものが走る。
「お前が俺を使おうなどと、1億年早いわ!」
「うわ! 刀が喋った!」
また変なアイテムが増えてしまったようだ。
「ちょっと白峯神社に行かない?」
そう幸徳井晴香が皆川ユウキに話しかけて来た。
最近ユウキの前には、彼女の姿に化けた稲荷神とかが来ていた為、疑ってしまう。
「その答えの前に……。
君は本当に幸徳井さん?」
「本物だけど!
なんか、私の贋物が現れたって聞いて、結構気分悪いんだけどね。
でも、相手が神様なら私なんかは手出し出来ないし、仕様がないと言えばそうなんだけどさ」
とりあえず雰囲気は本物っぽい。
しかし発言の内容が、なんだか疑わしい。
「白峰神社?」
「そう」
「崇徳上皇の?」
「そう」
「前に行くなって言ってたじゃない?」
「私自身はそう思ってる。
でも、お告げがあって」
「お告げ?」
これはまた胡散臭いワードである。
何にどう言われたのやら。
「私も……信じられないんだけど。
連れて来いって言われたのよ」
「誰に?」
「多分、崇徳上皇本人」
「…………」
最近、色々有り過ぎて、何が実で何が虚か分からなくなって来た。
有り得ないなんて有り得ない、どっかの誰かの台詞が妙にすんなりと心に落ちる。
彼女の言を信じる事にした理由は、
「一度、皆川ユウキなる者を護る武者に会ってみたい。
その武者は最近、大魔縁と合戦をし、大いに力を失っている。
それを癒してやろう、そう言われた」
というものだった。
ユウキは晴香に、数億年以上存在した大悪魔との戦いの事は話していない。
話したら
「だから、そういう縁は切っておけって、散々言ったでしょ!」
と怒られるだけだし、それ以上に見物客として呼ばれたが、全く戦いの様子が見えなかった為、何をどう説明したら良いか、ユウキ自身にも分からなかったからだ。
しかし、夢枕に立った崇徳上皇とやらは、その事実をピタリと言い当てた。
断っても良い。
その場合、零感のユウキの夢枕には立てない代わりに、こうして晴香、あるいは同居人の芦屋ミツルの所に姿を現すだろう。
それは迷惑な話である。
あるいは、先日の高次元宇宙人とか、稲荷神とか、大悪魔のようにどこか変な空間に連れ込む可能性がある。
それはもっと迷惑な事だ。
色々考えた結果、素直に行った方が何も起こらずに済むのではないだろうか。
そのように結論を出した。
そして数日後、ユウキと晴香は白峯神社に赴く。
神門をくぐってすぐに、右近の橘、左近の桜と呼ばれる樹々が、バサッバサッと音を出して揺れ動く。
まるで何かを警戒するかのように。
すぐに神官の一人が駆け寄って来る。
(なんかこれ、怪異と思われて追い出されそう)
ユウキはそう思ったが、聞こえて来たのは意外な言葉だった。
「どうぞこちらへ。
禰宜からお通しするよう言われておりますので」
そして本殿に通されると、位の高そうな神主たちがやって来て、事のあらましを話した。
「よう、おいで下さいました。
実は私どもに、お告げがありましてな。
かなりハッキリしたもので、もう疑いなしやて思いまして。
その者が来たなら、樹々を揺らして合図するから、本殿に通すよう言われてましてな」
「はあ……」
「その後、私たちは何もせんでええ、人払いして居させてやれと言わはりました。
なので、私たちはこれにて失礼します。
終わりましたら、一応お清めさせていただきますので、お声をお掛け下さい」
そう言って神主たちは退室。
部屋が閉ざされた途端に、空気が変わった。
妙に幽玄な感じとなる。
どこからともなく、衣擦れの音がして、次第に近づいて来る。
隣を見ると、付き添いの晴香が何者かに平伏していた。
(ユウキ君も、頭を下げなさいよ)
ひそひそ声で言って来るから、ユウキもそれに習う。
(何か居るの?)
(見えない、感じないって羨ましいわ。
かなり格の高い神が降臨されてる。
一瞬見たけど、顔とかは見えなかった。
後光のようなもので、影になっていて見えないの。
私の経験から、強い存在程、はっきりと形は見えるけど、その顔は見えなくなるのよ。
あとは漂う感じね。
こればかりはどうにも説明出来ない)
その表現は理解出来る。
つい先日、高位の悪魔によって異空間に引き摺り込まれた時、現れたその存在は暗闇の中、形こそ分かるものの、どんな姿なのかはまるで見えなかったのだから。
あの時入手した魔剣は、物騒だから家に置いて来たが、もし今持って来ていたなら……。
なにか恐ろしい事が起こったかもしれない。
あの悪魔は偶然ベリアルという名前が分かった。
では、今すぐ傍に居るのは誰?
(もしかして、崇徳上皇?)
(だと思う。
私の家系はお上には礼を取らなければならないからね。
この場で、頭が高かったのはユウキ君と、あの馬飼いの族っぽい霊だけだった。
長沼さんですら、平伏しているわよ)
まあ零感のユウキと、秩序とかどうでも良い暴走族には感じ取れない凄さってやつだろう。
とある漫画の悪役が言っていた。
「敵の本当の怖さが分かるのも強さの内だ」
ユウキとか馬飼いの霊は、そういう意味ではレベルが低いから、何も分からないのだろう。
しばらくして、ユウキを悩ませていた肩こり、腰痛がすうっと引いていく。
また、ここ数日感じられなかった、背後の威圧感みたいなのが復活する。
(何があったか、分かる?)
事情が全く感じ取れないユウキが、分かる晴香に質問。
(和歌を詠んでいた。
言い回しが独特だから、はっきりとは分からなかった。
でも、その和歌を三首詠み終えたと同時に、ユウキ君の腰とか肩にくっつけられていた霊たちが消えていった。
そして、なんか弱っていた長沼さんが復活したよ)
(……なるほど、確かに格が上の存在のようだね)
怨霊って何なんだろう?
ユウキはそう思う。
先日の高位の悪魔もそうだったが、かつて低級の悪魔が去っていく時に残した獣の臭いとか、魔女が現れた時に感じたおぞましさのようなものを、微塵も感じない。
かつて地獄の神に魅入られた女性が言っていたが、そのモノに呼ばれた夢の中は、実に心地よくて「このままここに居ても良いかも」と思わせるものだった。
この空間は、確かに神社の本殿の中の一室なのだが、どこか現代の京都とは違うようにも思える。
あれからかなりの時間が経ったようにも感じられるし、一方でまだそんな時間が経っていないようにも思える。
不思議な感覚だ。
そう言えば自称高次元宇宙人が言っていたが、時間というものの捉え方が違う、それはこういう事なのだろうか?
だが、そんな空気に急に緊張感のようなものが割り込む。
何者かが侵入したのか?
(幸徳井さん、何か来たの?)
それに対し晴香はチラ見すると
(武士が居る)
と答えた。
(それ、うちの先祖じゃなくて?)
(違う、もう一人、やたら体が大きい人が来た)
その武士は、高位の存在の前で礼を取ると、霊なのに足音荒くユウキと晴香の元にやって来た。
ユウキには足音だけが聞こえたが、晴香には確かに言葉が伝えられた。
「その者に伝えよ。
讃岐の院の元に参上せよ。
現身の此処ではなく、もっと側に寄られい。
かく申すは、讃岐の院にお仕えする鎮西八郎なり」
そして空気が変わり、2人とも何となく元の京都に戻ったような感覚を覚えた。
外に出て時計を見る。
1分も経っていなかった。
晴香は、白峯神社の敷地内にある伴緒社に祀られている武士からの言葉をユウキに伝えた。
「今度は四国行きなのかよ……」
再びの思わぬ出費に、ユウキは頭を抱えてしまった。
おまけ:
稲荷神「だから最近、ギャンブルで勝たせてやってただろ。
借金は返し終わっただろうし、旅費に使えば丁度良く消えよう」
精大明神「余は蹴鞠の神、スポーツくじとやらで勝たせるのも範疇ぞ」
崇徳院「旅路は安寧、疾く朕が下に参じよ」
鎮西八郎「否と申しても、わしが引っ立てて来ようぞ」