長沼五郎三郎の正体
武士には幾つかの源流がある。
有名なものは、清和天皇を祖とする清和源氏、桓武天皇を祖とする桓武平氏、そして藤原秀郷を祖とする秀郷流藤原氏であろう。
この秀郷流の名門に、下野小山氏がある。
小山氏の血縁で構成された武士団を小山党と呼ぶ。
長沼氏というのは、この小山党の一員で小山政光の次男で鎌倉幕府御家人の長沼宗政を祖とする。
「という事は、この長沼五郎三っていう武士は、長沼氏の一員って事か。
俺の御先祖様か」
皆川ユウキも、先祖は武士だと聞かされている。
皆川氏は長沼氏の分家であった。
ユウキの家は分家の分家の更に分家で、江戸時代以降は下級武士になっていたが、先祖は立派だったと祖父・祖母から語られている。
「その矢を拾ったのは栃木県だよね。
思いっ切り関係あると思うよ」
元々京都の大学生であるユウキが栃木県に行ったのは、自分のルーツを調べて、それを卒業論文にする為であった。
もしかしたら、御先祖様その人と会って、連れて来たのかもしれない。
「であるなら、現地に戻るのが一番だね。
自分の卒研にも関わるし、行ってみよう」
こうしてユウキは、鏃を拾った山に再度向かう。
幸徳井晴香も
「乗り掛かった舟だから」
と言って着いて来た。
古文書を「くずし字辞典」を引きながらでないと読めないユウキよりも、軽く読みこなせる晴香の方が調べる際には有能な事もあり、着いて来て貰った。
最近は便利なもので、スマホで写真撮影すれば、GPSが届きさえすれば地図上にプロットが出来る。
山奥の鏃を拾った場所も、厳密ではないにせよ、大体の場所までは案内出来た。
「ああ、あれだ。
あの岩の隙間に挟まっていたんだよ」
鏃を拾った岩を見つける。
その岩を中心に調べてみると、上の方に土砂崩れの痕跡がある。
上の方から鏃は落ちて来たのだろう。
その上の方に行ってみると、苔むした石仏があった。
気を付けて見なければ見つからなかっただろう。
結局その場所では、それ以上の事は分からず、翌日にアポイントメントを取っていた地元の寺に行く事とした。
そして、その寺で鏃の話や、その上に在った石仏の話をするも、当代の住職は知らないという回答。
ただ、この寺は長沼氏と関わりが深いという事と、皆川ユウキがその長沼氏の子孫に当たる事、そして京都の大学の知名度から、古文書を見せて貰える事となった。
「古い方から見ていこうな」
この判断は結果的にだが、大成功であった。
「『宝治三年卯月、長沼五郎三郎殿入山、成仏』
これだ!
ユウキ君、見つけたよ!」
「宝治っていうと、鎌倉時代だね」
「そうだね。
ちょっと待って、これ記録帳だから簡単な記述しか無いけど、前後を読んでみるね」
この二年前、伝聞であるが鎌倉に羽蟻が大量発生したとか、由比ヶ浜の潮が赤く血のように染まったとか、津軽の海辺に「人間の死体のような大魚が」漂着したとか、そういう話が入って来て、この寺でも
「長沼館の命で祈祷を行う」
という記述がされていた。
そして宝治元年四月に
「長沼五郎殿、太郎殿、五郎三郎殿に戦勝の祈祷」
という記述がある。
これは、この年の六月に勃発した宝治合戦に参陣しようとしたものではないだろうか。
その後、
「御山に怪異」
「鳴動アリ、大衆当寺に祈祷を求む」
と言った事が書かれていて、その後に件の「長沼五郎三郎殿入山」が有った。
「つまり、宝治年間にこの一帯でおかしな事が続き、それを鎮める為に長沼五郎三郎という、ここの霊の人が山に入って、人身御供となったんじゃないかな?
だとしたら、この人、かなり立派な人だよ」
「そうかな?
そうだとしたら嬉しいな。
直接じゃないかもしれないけど、俺の御先祖様の一人なわけだし」
嬉しい気分で宿に戻ったユウキは、その晩夢を見る。
それは恐らく、長沼五郎三郎の記憶を再現したもの。
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彼等は酒を飲んでいた。
「悔しいのお。
三浦の者め、手柄を立てさせまいと自害に及ぶとは……」
「おお、それよ!
手柄首が無いから恩賞に預かれぬ。
これでは鎌倉まで行った我等は大損ではないか!」
「わしなんか、この損を埋め合わせる為に近くの村を奪ったら、鎌倉より罰を受けてのお」
「五郎三殿の悔しさは分かる。
奪って何が悪いのか!」
「そうじゃ、そうじゃ。
わしのように、一矢で数人を仕留められる剛の者は、それ相応の土地を得て当然じゃ。
無いなら奪って何故罰せられねばならぬ」
「ほお、その程度か。
わしは一太刀で、山に現れた化物を斬ったぞ。
恩賞を得て当然じゃのお」
「ふふ……二人ともその程度か。
この五郎三郎、山の神とも互角に戦えると言われておる。
人とか天狗とか、その程度ではないぞ」
「ほお、真実か?」
「それは凄いな」
「で、あろう!」
「うむ、そうか。
実はな、近くの山にて怪異が起こって困っておるそうじゃ。
丁度良い人身御供を求めておったが、適任じゃな」
「そうじゃな。
五郎三殿、山の神と互角の御身なら、きっと役目を果たせようぞ」
「い、いや、いや、ちょっと待たれ……」
「臆したか?」
「待てっ!
誰が臆したか!
良かろう。
この五郎三郎、見事山の神を退治してやろうぞ!
その暁には、この一帯をわしの土地として、わしを神として崇めよ」
「おお、流石は五郎三殿!」
「その心がけ、実に天晴れ。
お父上殿も、兄上殿も喜ばれよう。
これで相続する土地も無く、庶子で大っぴらに苗字を持てぬ御身も、晴れて長沼を名乗れようぞ」
(しまった、勢いでとんでも無い事になってしまった……。
じゃが、このように思っておる事を知られてはならぬ。
我が身の恥となろう。
もしこの事を余人に吹聴する者有らば、祟り殺してくれようぞ)
こうして表向きは胸を張りながら、内心は後悔全開で、彼は人身御供として山に埋められる事となった。
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夢から覚めたユウキは
(こんな話、誰にも出来ねえ……。
大体、第三者に話しでもしたら、絶対祟られる……)
と頭を抱えるのであった。
次は明日の18時に投稿します。