VS大悪魔
エミリア・ミハエラという女性に付き纏っていた下級の悪魔、そして魔女を退けた事で「最強の霊能力者」芦屋ミツルの名は更に高まってしまった。
もっとも、依頼主のエミリアは芦屋の守護天使(と勘違いしている)であるサムライの、余りの凶暴さにドン引きしてしまい、もうこれ以上何かを頼む気は無いようだが。
そりゃそうだろう、魔道に堕ちたとはいえ、幼少期の友達の首を嬉々として刈る蛮族の姿を見せられたのだから。
強い、頼りになる、それは認めるけど、もう決して見たくは無い。
一方、魔の方では勘違いは無かった。
芦屋ミツルなんていう取るに足らない人間ではなく、謎の日本の戦士こそが悪魔の威厳を損なうような敵。
叩きのめせねばなるまい。
こうして名を持つ大悪魔が、長沼五郎三と戦うべき三次元世界に向かう。
宇宙は十一次元と言われている。
とりあえずそこまでは認識した者が存在する。
そうした十一次元宇宙を創造したものが、真の「神」なのだろう。
だがその創造主と直接コンタクトを取った者は、三次元世界には存在しない。
高次元とか、そういう概念すら超越した存在なのだ。
まあ、人格として神が存在するか、それは怪しい。
概念とか法則だけの存在が「創造主」かもしれないのだ。
一般に神と認識するのは、創造主が造った世界の中では、比較的高次元に住んでいる。
それよりも低い次元には、天使とか精霊と人間が呼んでいる存在が居る。
それらが三次元に住む人間に干渉して来るのだ。
そして多元宇宙においては、人間の認識する神、創造主ではない神と悪魔は同列に存在する。
それは宇宙がプラスとマイナスを対として出来る以上、やむを得ない事であろう。
高次元の悪魔は、正負が逆なだけである意味では神に等しい。
それよりも低級なモノが、混沌を好み、下位の次元に混乱をもたらそうとする。
天使に熾天使や智天使、大天使といった階級があり、それぞれ住む世界が違うように、悪魔と呼ばれる存在にも階級があった。
今回、三次元世界に降臨しようとしているのは、比較的階級の高い悪魔であった。
それは突然現れた。
いや、逆に守護霊の長沼五郎三、及び愛馬・至月ごと、皆川ユウキが異空間に取り込まれ、姿が見えるようになったという方が正しいだろう。
その存在は、見えはするのだが、顔形がハッキリとは分からない。
後光が差すと顔とかが見られなくなるが、その逆で、どう見ても光がそこに吸い込まれていて反射せず、形は見えても姿は見えぬ。
「人間よ」
穏やかながら、どうにも心が凍てつく声がする。
「お前は観客だ。
そこの霊と我との戦いを見届けよ」
要は、悪魔の強さを見せつけて、その偉大さを広める役として異空間に招かれた。
誰も居ない場所での戦闘で強弱を証明しても、それは悪魔にとっては意味が無いのだ。
こうして鎌倉武士と悪魔との一騎打ちが始まる。
「へえ、あの武士、恐らく人間の時間では数億年を存在しているような大悪魔を相手に、よくあれだけ戦えるね」
見ると幸徳井晴香がユウキの隣に立っていた。
「え?
幸徳井さん?
ん?
なんか感じが違う?
もしかして、また稲荷神?」
隣の女性形は微笑む。
「やはり君は勘が良いね。
当たりだよ。
この姿で現れた方が君には良いかと思ってね。
早速その宝珠は役に立ったでしょ?」
「宝珠?」
「あの悪魔……と君たちが呼んでいる存在が作り出した空間に、こうして私が来られた。
それは、その宝珠を介してのものなんだよ」
とりあえず、次元とか亜空間とかベニーユニバースとかの定義は置いて、神に等しい存在が作り出した世界にログインするのは、稲荷神と言えども難しいようで、アイテムを渡していたから出来たという事らしい。
「話を戻すと、武士と言っても数百年の存在。
まああの武士、中に土地神のようなモノを取り込んでいるけど、それだって実は数百万年の存在。
とても数億年、もしかしたらもっと古いかもしれないモノ相手に、あれだけ戦えるのは凄いと思うよ」
人外同士の戦いを目で追いかけられないユウキに代わり、そう解説する。
「じゃあ、もしかして互角にやり合ってるんですか?」
「えーと、君たちの言葉で言うなら、サンドバッグ状態。
一方的に攻められ、全く手も足も出ない。
実力差から言って、そんなものだね」
「……それ、全然凄くないのでは?」
「いやいや、驚きに値するよ。
普通なら一瞬で負けて、存在が消えてしまっている。
そうだなぁ、君たちの漫画で言うなら、宇宙の帝王の第一形態と、敵の抱き着き自爆に巻き込まれ、横たわって死んでしまった地球人が戦っているようなもの。
知性の神が乗り移った超人と、頭が紅茶カップの超人くらいの差があるからねえ」
(でも、そいつらなら健闘出来るんじゃないだろうか?)
なんか腑に落ちない説明ながら、先祖がピンチにある事は理解した。
だが、彼にはどうする事も出来ない。
大体、攻防自体が見えていないのだから。
見えている幸徳井晴香の姿をした稲荷神が呟く。
「そろそろ終わりかな。
本当、あの武士凄かったよ。
名前持ちの大悪魔相手に、霊如きがあれだけ粘れるなんてねえ」
「名前持ち?
もしかして、サタンとかベルゼブブとかベリアルとか?」
このユウキの何気ない発言が転機となる。
名前によって縛られる性質があるのが精神生命体。
だから神も悪魔も、名前を外に表す事はしない。
神の名は、みだりに唱えてはならないものなのだ。
それなのに、ユウキは当てずっぽうに言って、3発目でこの悪魔の名前を言い当ててしまった。
というか、そんなレベルの悪魔が来ているとは予想の外であった。
まさかの名前呼びに、理屈はよく分からないが、悪魔は急速に力を失ってしまう。
そこに長沼五郎三の起死回生の一撃。
一族の長から生入定前に貰った名刀、かつて山の神と七百年も遊び(戦い)続けた刺刀、それが悪魔の心臓部に突き刺さった。
その刀に姿を吸われていく悪魔。
「まさか、あの武士が勝ってしまった……。
君、本当に勘が良いね。
勘が良過ぎる。
勘の良いガキは、本当に嫌いと言わざるを得ないよ」
稲荷神は呆れていた。
だが、大悪魔の力が宿った刺刀は、その形になっても長沼五郎三の手に負える代物ではなかった。
刀の姿となりながらも暴れる。
そして長沼五郎三の手から弾かれたそれは、ユウキの足元に突き刺さった。
驚きの余り、まだ体が動かないユウキに、刀が話しかけた。
「我が名を呼ばれてしまった以上、我はお前に縛られてしまった。
この身はお前のものとなった。
さあ、我を抜け!」
言われるがまま、恐る恐る漆黒に染まった刀を抜くと、そいつはまた口を開いた。
「俺様を手にして、お前は何をする?」
「ちょっと待て!
あんたらの世界では、地球の特撮とかアニメが流行ってるのか!?
稲荷神といい、例えとか台詞が妙なんだが」
その質問に、稲荷神も魔剣も答えようとしなかった。
とりあえず、その魔剣の力でユウキたちは元の世界に戻ったのであった。
おまけ:
どこかの世界にて。
とある存在が語った。
「あの者たちをこちらに呼んで正解でしたね」
「左様左様。
『漫画の神様』『特撮の神様』等と神と称えられた者たちだ。
我等の世界に招くのが至極当然であろう」
「招き損ねて、他の世界に行った者も居るようじゃが」
「まあ、そこは情報交換という事で何とかなろう」
「げに、才能というものは面白きものよのお」
あっちの世界で、妙に人間界の娯楽が流行っている理由であった。