VSお狐様
「ねえ、ユウキ君。
明日ちょっとデートしようよ」
大学から帰ろうとしていた時、皆川ユウキは同じゼミ生で、陰陽師の子孫の幸徳井晴香から声を掛けられる。
「え? え??」
ユウキは女性と話すのが苦手とか、そういう男性ではないが、それでも戸惑った。
(幸徳井さんは、こういう女性だったかな)
手を握って来るし、体も摺り寄せて来る。
自分が知っている幸徳井晴香という女性は、根暗とか陰キャとかではないが、身持ちが固い感じであった。
「うん、分かった。
明日は土曜日だから良いけど。
どこで待ち合わせにする?」
その質問に晴香は
「伏見稲荷でどう?」
と答える。
「えーっと、京阪で行った方がいい?
奈良線の稲荷駅にする?
神社前だと人多くて見つけられなくない?」
その答えに、晴香は一瞬迷う。
「どっちでも良いよ。
神社の方に来てよ。
絶対分かるから」
その答えに、いよいよ疑問を持ってしまう。
(幸徳井さんはかなり計画的な人。
特に待ち合わせとか、電車の指定とか、絶対に誤解しないようにする。
神社とか霊能者探しとかで、かなり助けられた。
こんなテキトーな言い方はしない。
それに、確かに目の前の「幸徳井晴香」が言ったように、伏見稲荷大社前だからって「あの鳥居の前」とか言えばはぐれる事も無い。
そんな事は分かっている筈なのだが。
曖昧に約束し、すぐに別れる。
目の前の「幸徳井晴香」が間抜けなのは、ユウキが本人と連絡する事を考慮していない事かもしれない。
何かあった時の連絡用の電話番号やメールアドレスは既に交換済みなのだ。
別れてすぐに本人に電話をすると、本人はまだゼミ室に居るという。
「さっき、俺と会った?」
「ゼミ室で会ってるのに、何言ってるの?」
「外には出ていないんですね?」
「うん、ずっと中。
何か会ったの?」
「幸徳井さんのドッペルゲンガーに会った」
「……嫌な事言わないでよ」
自分のドッペルゲンガーを見たら、その人は死ぬと言われている。
一回ゼミ室に戻って、さっき有った事を話そうとしたが、一目見た途端に
「何か、この世のものではない気配がするけど」
と言われてしまう。
この陰陽師の子孫が言うには、邪気ではないし、妖気とも言い切れない変な気の残り香のようなものがこびりついているそうだ。
そして、さっき見たのはそのモノの変化体。
近寄らない方が良いよ、となった。
「で、その何かに対し、背後の方はどんな様子ですか?」
見えない以上、見える人に聞くしかない。
「何か、ワクワクしてますよ。
……だからこそ、絶対に行かない方が良いと思う。
長沼さんが嬉しそうにしているって事は、絶対強い相手だから。
人外同士の接触は避けた方が良いよ。
長沼さんがその様子な以上、絶対戦いになるから!」
ユウキは「見えない人」ながら、最近妙にオカルト現象慣れしてしまった。
悪魔やら魔女やら異次元獣やら宇宙人やらと接触していて、変に麻痺している。
それは幸徳井晴香にも言える。
それ故に単純な事に気づくのが遅れた。
相手のヤバさに気づけない霊は、近づくだけでも殺される。
相手のヤバさに気づけるレベルが高い存在は、まず近づこうともしない。
相手のヤバさに気づいていて、尚且つこうして接触して来る存在、それは想像以上に恐ろしい相手なのだ。
強い相手は普通は精神レベルも高い。
いきなり襲い掛かって来るなんて、ユウキの背後の連中くらいなものだ。
紳士的に接して来るから、ユウキと晴香の方が相手の実力を見抜けていない。
ユウキは翌日の、「何か」との約束をすっぽかすつもりであった。
しかし、相手の方がそれを許さない。
コンビニに飲み物を買いに出たユウキは、玄関を出たと同時に伏見稲荷の千本鳥居の中に立っていた。
「あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
俺はコンビニに行く為に玄関を出たと思ったら、いつのまにか伏見稲荷に居た。
な……、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった……」
「そりゃそうよ。
催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ、断じてないですから。
もっと恐ろしいものなのですよ」
ユウキの現実逃避の一人ボケに対し、「幸徳井晴香」のようなモノが答える。
「お前、何者だ?
お前が幸徳井さんじゃない事くらい分かっている」
そのモノは溜息は吐く。
「最近は携帯電話とか、めえるとか言うものですぐに確認を取る。
風情が無いのお。
そうして私の騙しにも気づいてしまうなんて、君のような勘のいいガキは嫌いだよ」
幸徳井晴香の形をしたモノは揺らめいて消えて、声だけの存在となる。
「我はお前たちが稲荷、飯綱、荼枳尼等と様々に呼ぶ存在。
お前ではなく、背後の武士に用が有って、お前ごと呼び出した。
昨日、念の為に我の印をつけておいて良かったよ」
昨日の妙に色っぽく体を寄せて来た態度は、約束をすっぽかされないようなマーキングだった。
「ここがお前たちが言うところの異空間だ。
ここなら姿を現せるであろう」
稲荷神が言うと、長沼五郎三が至月に跨って姿を現す。
だが、妙な所で礼儀正しい鎌倉武士は、すぐに下馬の礼を取った。
「まず最初に言っておく。
戯れで我の下僕である狐に矢を射るでない!
あれが野山の狐ではなく、我の使いである霊獣である事くらい分かっておろう!
そこの馬も、我の神域である稲荷神社に小便を引っ掛けるな!
そしてそこの人間、こいつら言う事聞く筈無いと、他人事な顔するな!
気づいたら、稲荷の前は避けて通れ。
平安京にてそれは難しいやもしれぬが、お前の方で注意せよ。
基本的にお前に憑いているのだから、お前が行かない場所にはまず行かぬものだからな」
文句を言い終えると、稲荷神は話題を変える。
「人間よ、お前の実家では我を、稲荷を祀っておったな」
皆川家は江戸時代には、郷士というか、苗字帯刀が許されているだけの豪農になっていた為、五穀豊穣を願って代々稲荷を祭っている。
祖父の代までは信心深かったが、サラリーマンの父親は、親戚づきあいの関係で形式的に祭祀に関わっているだけだ。
奉納として金を出すだけで、出席しないなんてザラである。
「お前は我をしっかりと信心せよ」
本人に、半分脅迫まがいに言われたら、そうするしかないだろう。
「信心するな?
祭祀を欠かさぬな?」
「……努力はします」
「我は祭祀を欠かさぬ者へは恩恵をもたらす。
お前の今後の努力を信じるとして、お前たちに渡すものがある」
ユウキの目の前に転がって来たそれは宝珠であった。
「それを肌身離さず持ち歩くが良い。
役に立つだろう」
そして、中国風もしくはインド風の甲冑を着て、狐ともジャッカルとも言えない獣に跨ったモノが現れ、長沼五郎三に切り付けて来る。
咄嗟の事で、太刀は抜けず、脇差でその一撃を受け止める長沼五郎三。
それは彼が生入定する際に、本家から貰った脇差であった。
脇差というのは後の分類、鎌倉時代は刺刀と言った。
刃を下向きにして腰に佩く太刀と違って、腰に差している刺刀は咄嗟の際の応戦や、狭い場所での戦いに向いている。
長沼五郎三は、この刺刀で数百年も山の神と戦闘をしていた。
その短刀に一撃を食い止められるのを見た稲荷神は、ニッコリと笑う。
「思うた通りの刀よ。
確かめられて良かった」
そう言われると、長沼五郎三も方もニヤリと笑った。
この程度の戦闘は挨拶なので、気にしてない様子。
「用は済んだ」
稲荷神がそう言うと、ユウキは居候している芦屋ミツルの家の玄関先に戻されていた。
手には宝珠があった為、さっきのは催眠術でも幻覚でも無かった事が分かる。
「一体何だったんだろう?」
ユウキは疑問に思うが、もう聞く術は無い。
当初の予定通りコンビニに向かうユウキを、どこかの世界から眺めながら稲荷神は呟く。
「面倒事に巻き込まれるが、その宝珠と、あの武士の刀が有れば何とかなるだろう……」
おまけ:
伏見稲荷から解放され、コンビニに来たユウキは、急にスポーツくじを買いたくなる。
今まで全く興味が無かったのに、急にそんな気分になった。
衝動がどうしても抑えきれず、試しに買ってみる。
数日後、3等が当選。
数万円の利益が得られた。
(競馬場に連れて行かれて、俺もちょっと毒されたかな?)
そう思いつつも、引っ越しやら、仏像のフィギュア購入やらで飛んでいった金が戻って来たようで、ちょっと嬉しかった。
異なる世界にて:
稲荷神「とりあえず、大勝して堕落させない程度には儲けさせてやったぞ」
???「よろしい、計画通りだ」
なにやら知らない場所で、計画とやらが動いていた。