VS死神
「ちょっと良いですか?」
顔色がこの世の人間のものではない程どす黒く、尋常でない程瘦せこけた男が、突然皆川ユウキに声を掛けて来た。
肝を抜かす程驚いたのは、その男は空中に浮き、頭や肩や背中には思いっ切り矢が刺さっていた事である。
(また霊現象か?)
自分には霊感は無い筈なのに、最近強制的に見させる奴が多くてウンザリする。
「もしかして、貴方は俺以外には見えていない、ってパターンですか?」
その質問に、男は黙って頷く。
「もしかして、うちの守護霊に迷惑を掛けられた死霊ですか?」
それに対しては、男は首を横に振る。
「死霊ではなく、死神なんです」
「は???」
久々に間抜けな声が出てしまった。
死神って、存在していたのか?
まあ、悪魔も異次元人も高次元宇宙人も存在したのだから、死神なんて今更かもしれない。
「もしかして、名前を書いたら死ぬノートと、抜いた瞬間から相手を完全催眠にかける刀とか持ってます?」
「あ、その辺は明かしてはならないので」
「マスクの中に、魔力で作られた爆弾が仕込まれてるとか」
「ないない」
「正体はイカの改造人間とか?」
「イカでビール……って、違いますから!」
「……よくそのネタ知ってましたね。
もしかして、人間界のサブカルに詳しい?」
「いや、これは失礼した」
「それで本題ですが、もしかして俺の事を殺そうとしました?
殺す対象として目についたから来たんですか?」
「目についたのは確かです。
ですが、殺す気は無かったのですよ」
ユウキは、人通りが多い中で、他人の目には見えない何かと会話をしている自身の姿に、
(まずい、俺、変な人だと思われてる)
と気づく。
どうも歩行者が、彼を避けて大回りで迂回しながら通り過ぎて行ってるのだ。
慌てて場所を変える。
「俺を殺す気が無いのに、なんで声掛けて来たんですか?」
「そちらの方に理由を聞きたくてですね」
「そちらの方?
もしかして守護霊ですか?」
「そうです。
まず、なんでいきなり矢を射かけたんですか?」
答えは死神すら呆れるものであった。
飛んでたから。
そこに標的が飛んでたから、戯れに矢を放っただけで、他意はないとの事。
ああ、生きてたんだね、それは重畳、という反応なようだ。
「こっちから質問して良いですか?」
「はい、まだ話の途中ですが」
「なんで俺の前に姿を現したの?
別に俺を無視して、そっちの世界の住人同士で話せば良かったじゃないか?」
死神はバツが悪そうな表情になる。
「ご本体に害が無いと示さないと、ずっと矢を放って来ますので。
私、撃たれたのは一本だけじゃないですよ。
人間なら死んでますし、その矢、破魔の力があるから、死神でも痛いんですよ」
道理で、何本も矢が刺さっているわけだ。
「そちらの方に、どうしても聞きたい事が有りましてね。
貴方、生きた人間を殺したでしょ。
それは死神だけが出来る事で、普通の霊は精々取り憑いて死の寸前まで追い込むくらいしか出来ませんよ。
ルール違反なんですが、それは言わない事にします。
今までルールを犯した霊なんか居ませんでしたから。
それに貴方、普通ならとっくに消えている筈です。
なのにまだ残っているどころか、本来別の生命に結びついている筈の魂が残っている。
貴方、一体何なんですか?」
この質問に、守護霊たる長沼五郎三は答えられないようだ。
自分は普通にそこに居るだけで、自分が何者かなんて考えた事もない。
ルールとか知った事でもない。
彼は勝手気ままに霊魂生活を満喫してるだけなのだ。
「ルール違反なんですか?」
ユウキが死神に聞いてみる。
死神は最初無視していたが、守護霊との会話がどうも上手くいかないようで、本体であるユウキに話す事にした。
「何なんでしょう、後ろの方。
話が通じません。
いや、言葉は通じるんですが、殺して何が悪い? 力が有るのは豊城入彦命のご加護だ、お前五月蠅い、と会話として成り立たないんです。
だから貴方に話しますね。
霊魂って、普通は肉体から引き剝がせないのですよ。
死に近づいて、体が霊魂を維持出来なくなって、外に漏れ出て来る。
それを魂と魄に分けて、命の根源たる魂は再利用するのが、死神の仕事です。
まず肉体と繋がっている命の紐を切り、完全に生命とただの肉の塊に分離した後に、輪廻転生という形で再利用する魂と、その生物の記憶や性格という外的情報である魄とを分けます。
魄の部分が霊という形でこの世に残る事がありますが、なにせ魂という核も、絶えずエネルギーを供給している細胞というものからも切り離された存在、普通は一瞬で消えて散ってしまいます。
念というものである程度形を維持している場合でも、百年は持たないのがほとんど。
ほんの一握りのしぶといのが、頑張っても四百年くらい残ってますが、それはただ残っているだけ。
形骸に過ぎん!
あえて言おう、カスであると!」
「……死神さん、貴方人間界のアニメ好きでしょ?」
「ゴホン……、調子に乗りました。
普通、細胞と呼ばれる一個一個が生命活動をしているから、魂というものはそれら全てと強力に結びついています。
激しく損傷したり、病気で細胞が死んでいたり、年老いて細胞が魂と結び付く力を弱めた時に、魂が肉体から飛び出るのですが、それを完全に分離するのは死神の能力なんですよ。
普通は!
それなのに、この人、まだ生気がある肉体から魂を『斬り』離した上に、そこの馬に喰わせたんですよね」
「なんか同居人がそんな事言ってた……。
そして腹を壊したとか」
「魂喰らいっていっても、魄くらいしか喰わないのですよ。
あれはエネルギーの塊なんで、邪霊や悪魔には丁度良い養分です。
本来は別の生命に宿る筈の魂を食べたりしたら、そりゃ消化不良にもなるでしょうな。
細胞レベルで密接に結び付く魂を引き離して壊す技といい、魂を食う馬といい、何かと問題があるので注意しに来たのです。
だから、貴方の背後にいるそちらの方をジッと見ていたら、いきなり矢を射かけられた次第でして。
まあ、やはり生きた人間から魂を引き摺り出して斬るとか、相当にエネルギーを消費したようなので、何度も何度もは出来ないでしょう。
霊としてのエネルギーを消費し切ってしまうと、流石に消滅してしまいますからね。
そこまで馬鹿な事はしないでしょう」
そう勝手に結論づけると、
「今日は警告に来ただけですので。
罰則とか特に無いですが、死神でもないのに、そんな事をやり過ぎると、貴方消滅してしまいますよ。
消滅したら、もう復活は出来ないんですからね」
そう告げて、死神は帰ると言った。
「お手数かけて済みませんね。
それでは……」
「ちょっと待って下さい。
死神さん、貴方は何年生きて……って変か、何年存在し続けているんですか?」
その質問に死神は
「死神は霊よりも強いですからね。
この地が細川・山名って言う武士によって戦場になった頃には活動を始めてました。
それが何か?」
「なるほど、ありがとうございます。
それだけ聞ければ十分です」
そうか、あの死神は六百年は存在していないのか。
道理で鎌倉武士の習性を知らない筈だ。
「やめろ」と言われれば、反発してやってしまうのが鎌倉武士だ。
相手が高圧的であればある程、反発してしまう。
多分今後も自重なんかしない、自分の消滅が掛かっていても、死を恐れないのが鎌倉武士だから、きっと躊躇なんかしないだろう。
その真実だけで、胃がもたれる感じがした……。
おまけ:
「どうして俺はこんな所に居るのだろう……」
皆川ユウキは、阪神競馬場に続き中京競馬場に遠征している自分が信じられなかった。
「ギャンブルなんて、どうせ負けるように出来ているし……」
そうぶつくさ言いながら、先日単勝1点買いで大勝している。
だから遠征費があるのだが。
「で、相変わらずパドックに行ってるの?」
「うん、相変わらず他の馬を威嚇しながら、パドックを回ってる」
基本的に鎌倉武士は自己顕示欲が強い。
馬飼いに手綱を持たせ、本来の守護霊であるユウキの先祖には
「南無慈悲万行菩薩」と書かれた旗を持たせている。
……霊感無いと見られないのに……。
そして、ここに居るのは霊を見る能力でなく、次のレースでどの馬が勝つかを見る能力が欲しい人ばかりだ。
そしてまたレースに参戦。
零感、仮に霊感があるとしても予想の方に全神経を集中している為、中に流鏑馬姿の武士が紛れ込んでいるなんて分からない。
そして出走。
今回の重賞はダートである。
高速になる芝生と違い、日本馬の軍馬でも中々走っているようだ。
だが、それは惨敗が大敗になる程度の向上でしかなかった。
結局、馬には見えていたようで、レースはまたも大荒れ。
大穴狙いのユウキは、またも大勝していた。
それでも堅実なユウキは
(これはビギナーズラック、調子に乗れば後で損をするだけだ)
と自分を戒めている。
これで競馬、というかギャンブルに嵌まってはならない。
そんな子孫の自戒を他所に、先祖の方は諦めが悪かった。
「なんか、障害物ってレースに興味持ったみたい」
「もうやめて!」
京都競馬場が改修工事中な為、今後も阪神や中京、下手したら東京や中山まで駆り出されそうな予感がしていた。




