VS異次元の魔物
この回と次の回はネタ回だと思ってもらえればありがたいです。
「最近よく食べるねえ。
その割に太らない。
いや、むしろ痩せて来たように見えるけど。
羨ましいわぁ」
学食で油淋鶏定食ご飯大盛りの後、味噌ラーメンを食べて、更に総菜パンを食べていた皆川ユウキを見て、幸徳井晴香が呆れたように言う。
その日は2人ともゼミに顔を出し、夜になって一緒にキャンパスを出た。
道すがら、先日起きた悪魔憑き騒動について話す。
「だから、そういう縁は切っておけって言ってるのに……」
またも呆れたように言う晴香だが、ユウキはそんな彼女に是非とも聞いておきたい事があった。
「うちの御先祖、何かおかしい所ない?」
「おかしい所?
長沼さんの?」
「そう、長沼さんの。
悪魔を払った、それは良いとして、本当なら地獄の底まで追いかけて行って首を取ったじゃない。
それなのに、大人しく帰したのがどうも納得いかない。
一緒に住んでる芦屋の奴は、別に何ともないと言ってるけど、幸徳井さんにはどう見える?」
晴香はユウキの肩越しに、後ろに居る奴をジッと見る。
「そういえば、威圧感減ってるね。
どうしました?
あ、これはユウキ君に話したんじゃなく、長沼さんに聞いたの」
何やら会話をしている。
第三者からは、男をほったらかしで、あらぬ方を見ながら独り言を呟いているようにしか見えないだろう。
「分かった。
生身の人間の肉体から魂を引っ張り出して両断する技を使ったから、疲れたみたい」
晴香のその回答に、ユウキは思い当たる事があった。
同居人が「最強の霊能力者」なんて誤解されるに至った、対呪術師戦。
あのしつこかった呪術師は怪死したという。
この鎌倉武士の仕業だろう。
現実世界の人間は殺さないなんて、勘違いだった。
だが、現実世界の人間を殺せる霊が、霊体と似たような存在である悪魔をみすみす逃がすだろうか?
もしかして、あの悪魔は強かったのか?
それとも鎌倉武士の霊・長沼五郎三が弱くなったのか?
その答えは、人間を殺す時にエネルギーを相当に消費した、今はガス欠という事だった。
「そんなにエネルギーを使うの?」
「私は霊じゃないから分からないよ。
ところで……」
「ん?」
「ここ、どこ?」
彼等はいつもの道を歩いていた筈だった。
普通に自動車用や歩行者用の信号が見え、まだ閉店時間ではないからファーストフード店やラーメン屋の光が見えていた筈だ。
なのに、ここは京都市内である筈が全然違う、どこか別の地方都市の路地裏のような感じになっている。
見覚えがあるようで、やはり覚えが無い。
何か夢でも見ているような不思議な感覚。
ホホホホホ……
ハハハハハ……
変な笑い声が聞こえて来た。
影しか見えない蜘蛛のようなものがササ……と走る。
それが自動販売機、中のジュースは見た事が無いものに取り付くと、スゥっと消えていく。
その後、自動販売機に目と口、そして手足が生えて襲い掛かって来る。
他にも街灯、ベンチ、水道の蛇口なんかが蜘蛛のような影に取り付かれたると、怪物化した。
「なんだ、これは?」
「何よ、これ?」
ユウキも晴香も事態が全く飲み込めていない。
霊とも妖怪とも怪異とも悪魔とも違う、全くもって理解不能な状態。
だがそのおかしな怪物に、矢が突き刺さる、否、貫通する。
貫通した先には、取り付いた影のような蜘蛛がいて、しばらくジタバタもがいた後に消えた。
ユウキは目を丸くしている。
矢が放たれたであろう方を見ると、紺糸威、七曜蛮絵の絵韋の大鎧を纏った武士が、漆黒の馬に跨って怪物たちを次の矢で狙っていた。
(この人、もしかして俺の先祖?
長沼五郎三さんなのか?)
馬腹を蹴って駆け出し、怪物たちを騎射で仕留めていく。
そんな武士がかぶっている兜の後ろで小さな旗が靡いていた。
(左三つ巴紋の笠標が後ろのみ。
間違いない、小山党の武士だ!)
そう言えば聞いた事がある。
小山党、藤原秀郷の子孫たちは、その鎧を着ているのが誰かを示す笠標は後ろから見るものしか取り付けないと。
「秀郷公以来の伝統だ!
我々の基本は一番乗り。
その時、前に居る奴等は敵だから全員死ぬ。
笠標を見るのは後ろに居る味方だけだから、後ろ用のがあればそれで十分!」
そういう武士団だった。
この武士は、左三つ巴紋と「長五三」の文字が書かれた笠標を、後ろに居るユウキたちに見せている。
その横には、「南無阿弥陀仏」「京都卍連合」と刺繍された紫色の特攻服を着た、剃り込みの入った五厘刈りの兄ちゃんが、薙刀とかを持って一緒に走っている。
(あれが皆が言ってた馬飼いかな)
そう思い、
(ああ、そうか。
紫衣に刺繍されている南無阿弥陀仏という文字と、あの頭髪を見て、僧侶っぽく見えたから殺されなかったのかな。
有無を言わさず霊を殺しまくる御先祖が、そのまま連れて来るのも珍しいからなあ)
と何となく納得がいった。
武士も族も馬も、何やら叫んでいるようだが、声が聞こえない。
霊たちと自分たちは、やはり違う世界に居るようだ。
霊が零感のユウキにも見える、変な蜘蛛のような影が物を怪物化させる、見覚えがあるようで無いような景色……。
「もしかして、ここは異世界?」
ユウキは、理解不能な事態に声が出ない晴香に聞いてみた。
晴香は、なまじ霊感があって超常的な光景に慣れていただけに、自分の理解が及ばない事については頭が回らないようだった。
「は?
異世界?」
普段ならこういう反応はユウキのもので、晴香の方が解説役を務める。
今はそれが逆になっていた。
「うん。
俺にも長沼さんがハッキリと見えている。
これって、よく分からないけど、霊とかが違う次元に居るなら、それに近い次元に俺たちが入り込んでしまった、そんな感じじゃないの?」
「そう言われても、私も分かんないよ。
一体何なんだか……」
「半分正解です。
たったこれだけで、よく分かりましたね」
第三の声が割り込んで来た。
感心している感じではない。
理解出来ましたね、という上からな感じがする。
そして、声が続く。
「詳しい事は後で話しますね。
まずはその世界からお戻ししましょう。
そこは裏次元。
貴方たちの世界とは極めて近い世界で、貴方たちが神仏とかと呼んで敬う存在が住まう高次元ではないです。
そこを支配していた裏次元伯爵とか女帝とか帝王が不在なので、私が管理下に置きました。
まあ、帝王は貴方たちの世界で精神病棟に収容されていますがね。
それでも次元虫が取り付き、次元獣となったものをこうも容易く倒すとは、実に驚きです」
「誰だ?
どこに居る?
姿を現せ!」
声だけのその者を詰るユウキ。
「まあ、おいおいと……」
謎の声、胡散臭い感じが芦屋ミツルの10倍くらいはするものが、そう返事をした。
直後、パチっという指を弾いたような音の後、ユウキと晴香は元の京都に戻っていた。
自動車の走る音、街の雑踏がいつも通りのものとなり、ホッと一安心する二人。
「初めまして」
声を掛けられて、思わずビクっとするユウキと晴香。
「驚かせてしまったようで申し訳ありません」
胡散臭さ満載の、黒服の男が頭を下げる。
「是非、貴方と話がしたかったのです。
皆川ユウキさん。
申し遅れました。
私、こういう者です」
黒服の男は、そう言って名刺を差し出す。
「特命全権大使?
は?
外交官か何か?」
「貴方たちの言葉で言えばそうなりますね。
我々は貴方たちに分かる言葉で説明するよう、努力をしております。
私は貴方たちの言葉で言えば宇宙人、外星人です。
本来の姿は違うのですが、貴方たちを警戒させない為、このような姿で現れました。
郷に入っては郷に従う、私の好きな言葉です」
そう言って、男は居酒屋に二人を誘うのであった。
おまけ:
『阪神競馬場、パドックの様子です。
おーっと、どうも入れ込んでいる馬が多いようです。
次のレースは荒れそうですね』
ラジオ解説がそのように言っている。
「馬って、感覚が鋭いんだよね?」
皆川ユウキの質問に、芦屋ミツルは
「俺は馬じゃないから分からないんだけど……見えているんだろうね。
パドックの中に、流鏑馬の衣装に身を包んだ武士と馬の霊が居るんだからさ……」
と答えた。
彼の目には、パドックと馬揃えの区別がついていない鎌倉武士が、誇らしげに馬たちの中に紛れ込んでいるのが見えていた。
「あ~あ、一緒に連絡通路に入って行ったよ。
あの人、本気で一緒にレースする気なのか?」
「ちょっといい?」
「何だい?」
「あの中に入るのに、お金って必要?」
競馬場は初めてな、真面目な大学生・ユウキは施設の事をよく分かっていない。
「マジ?
ユウキ君、分かんないんだ!」
芦屋は軽く笑いながら、入場券を2人分買って来た。
「馬券は買わないの?」
「いや、学生が博打とか、ちょっと……」
「今時そんな事気にしてる人いないって!」
「でも、俺よく分かんないし……」
だが、ふと思い当たった事がある。
「この中で、追われたら逃げる馬、どれ?」
「ん?
逃げ馬?
この13番人気のこいつだけど。
こいつ、出だしは良いけど、すぐにばてて、いっつも刺されて終わるよ」
「そうか。
でも、その馬を単勝で、千円買ってみるかな」
「百円単位で買えるけど、まあ最初だもんね。
いいよ、買い方教えるよ」
その後、出走時刻。
馬たちは相変わらず怯えまくってる。
「居る?」
「居る。
ゲートに入るってルールを知らないから、ゲートの回りを弓を持って走る回って、馬を委縮させてる」
それを聞いて、ユウキは納得したように頷いていた。
出走。
レースは大荒れとなった。
かなりのハイペース。
だが、本来差し馬の有力馬たちが前半から飛ばした事でペースを乱す。
そんな中、先頭を走っていた馬が、いつにない必死な形相で逃げに逃げ、1位でゴールした。
「……ユウキ君、これが分かっていたの?」
「分かってはいないけど、読んだ。
聞けばご先祖の馬は、サラブレッドでもない日本固有種。
しかも軍馬。
荒れた場所なら強いだろうけど、こんな綺麗な所を走って、サラブレッドに追いつける筈がない。
となると後ろから追いかける事になるけど、馬にしたら弓矢を持った武士が狂暴な馬に跨って追いかけて来るのが見えるから、逃げるだろうね」
「なるほど。
それでいつもと違って全力疾走でコーナーに入った馬が、斜行失格になったり、第3コーナーまでにおかしくなると見たんだ。
そして、追われれば逃げる馬が、恐怖の余り最後まで逃げ切る、と」
そして、万馬券まで行かないにしても、単勝だけでユウキは大儲けとなった。
「さ、もう気が済んだでしょ。
帰りましょうか」
引き揚げて来た長沼五郎三と至月に芦屋が話しかける。
そして、苦虫を嚙み潰したような表情になる。
「どうしたの?
帰らないって?」
「いや、そうじゃない。
流鏑馬は曲がるとしても弓手(左)の方。
この馬場は馬手(右)に曲がったから、力が出せなかったって。
だから、左回りの競馬場で走らないと気が済まないって」
京都から一番近い左回りの競馬場は、中京競馬場である。
そこまで遠征しないとならないのか。
ユウキはウンザリした。