VS悪魔
「ユウキ君、紹介するね。
こちらエミリア・ミハエラちゃん。
外語大の留学生だよ」
「ハジメマシテ」
「…………どうも」
皆川ユウキは、また芦屋ミツルが問題を持ち込んだと直感した。
外国人の彼女を紹介して欲しいと頼んだ覚えもないのに、こうして連れて来るって事は何か思惑があっての事に決まっている。
(今度は何の霊が憑いてるんだ?
どうせ御先祖様に祓わせるんだろ?)
小声で聞いてみると、芦屋はもっと深刻な返事をする。
(霊どころじゃないよ。
悪魔だって)
「はあ??」
その直後、零感のユウキながら、背後の方で闘気のようなものが発せられたのを感じる。
(マズい……俺が嫌でも、後ろの方々が俄然やる気になってしまった)
ヨーロッパ某国にて。
少女たちは好奇心のまま、交霊術を行っていた。
同級生の名前を出し、誰某の好きな女の子は誰かとか、恋愛は成就するのかとか、そういう事を聞いて遊んでいた。
その多くは下級動物霊すら来ておらず、誰かの手が心理を汲んだように動かされていたに過ぎない。
だが遊びはエスカレートする。
そしてついに、悪魔召喚という危険な領域にまで踏み込んでしまった。
失神、狂騒、錯乱、何者かの憑依、様々な症状に陥る少女たち。
表向きは集団ヒステリーとして片付けられた。
だが実際には、数人本当に危険だった少女も居たという。
「教会の中に入れられ、手足を縛られ、ひたすら祈祷されたりしました」
エミリアという女性は語る。
「悪魔払いとかやったの?」
ユウキのその質問にエミリアは
「うちはカトリックじゃないから、エクソシストとは言いません」
と返す。
つまり、映画でしかそういう儀式を知らないユウキや芦屋では分からない、別な悪魔払いが行われたという。
その後、どうにか悪魔憑きが収まった少女たちだが、それぞれ離れた町の寄宿舎付き学校に進学させられた。
エミリアはそこで日本のアニメにドハマりし
「キリスト教的価値観を破壊する悪魔の娯楽に耽溺している」
なんて言われながら、ついに念願の日本留学を果たした。
昔の悪魔憑きの記憶なんかすっかり脳の片隅に追いやっていたのだが、一週間程前に思い出してしまう出来事が起こる。
外国人寮の鏡に、血文字の知らない言葉が浮かび上がった。
それからしばらくして、母国の両親から電話が入る。
悪魔払いをしてくれた司祭が亡くなった。
大分高齢だった事もあり、かなり徳のある人物だったようで、悪魔に負けたわけではないようだ。
だが、その司祭が鎮めていた悪魔が、再び動き出したとも考えられる。
日本の同じ宗派の教会に助けを求めるも
「悪魔なんて実在しませんよ、貴女の心がそれを見せているだけです」
「私、悪魔払いなんか知りませんよ。
だって、悪魔なんて本当は居ませんから」
「祈祷して欲しいならしますけどね。
それで気が済むなら、どうぞ(どうせ悪魔なんて居ないって分かってるけど)」
という回答で難儀した。
そこで、同級生に馬鹿にされる事を覚悟の上で相談してみたところ、ある大学に密かに悪霊祓いをしている人がいると聞かされる。
藁にも縋る思いで調べてみたら、どうも「業界では最強の霊能力者、どんな呪いも効かない化け物」という評判が耳に入る。
彼女にしたら、藁どころではない、巡洋艦を掴んだような心地であった。
しかも代価は、現金なら10万円までいかず、大概はレポートの代筆とか、代返とか、学食で一ヶ月ご馳走とか、そんなものであった。
エミリアは日本人女性の陽キャサークルの伝手で、どうにかこのチャラ男に辿り着いたのだ。
「……事情は理解した。
俺の所に連れて来た理由もね」
「理解が速くて助かるよ」
「自分でどうにかしたらどうだ?
『いかなる呪いも通じない、最強の霊能力者』さん!」
「無理なの知ってるやん。
それに、腰の妖怪は呪いには強かったけど、悪魔相手にはどうなるか分からないしなあ」
迂闊に共鳴関係にあって、力を取り戻してしまったら危険だ。
今は大人しく首だけになって、その身の上を嘆き悲しんでいるが、元々は魅入った男子を必ず殺す恐ろしい怪異だったのだ。
(うちの先祖で勝てるか、も分からないけどねえ。
まあなんとなく、凄く殺る気に満ちているのは伝わって来るよ)
芦屋ミツルが霊視するまでもなく、どこかから調達した包丁の砥石を使って、シャーシャーと何かを研いでいる音が聞こえて来る。
しばらくエミリアは、芦屋ミツルの家に泊る事になった。
異常に造りが頑丈で、外に音が漏れず、火災にも強いこの家なら、おかしな事が起こっても近所迷惑にならない。
床もコンクリート打ちっ放しで、清掃も簡単だ。
その上、風水的にもきちんと霊除けの措置が施されていた。
異変は宿泊初日に早くも起こる。
エミリアは突然、
「誰だ、そこに居る奴等は!」
と男の声で叫ぶ(注:エミリアの母国語)。
グレーの瞳だった筈が、真っ黒な瞳に変わっていて、しかも黒目の部分が異常な程大きい。
喋っているのだが、口は動いていない。
(これが悪魔憑きか?)
初めて見る事に固まるユウキ。
だが、事態は意外な方に転ぶ。
「お前たちは何なんだ?
上位悪魔か?
それとも神の眷属なのか?
生首の方は俺より強い悪魔だって分かる。
そっちの鎧着てる方は、正体が分からねえ!」
その後、エミリアの母国語でも無い、全く知らない言葉で何かを喋り出す。
しばらく何かを語った後、急に日本語で
「お前ら、この女は返す。
だから勘弁してくれ。
お前みたいな会話も出来ない野蛮な奴と戦っていたら、こっちが消滅してしまう。
頼む、逃がしてくれ!」
そう言うと、室内なのに変な獣の臭いがする風が吹き、おかしな気配は消えた。
エミリアはのけぞるような恰好で立っていたのだが、急に力が抜けたように倒れた。
そして目を開いた時、その目からは異常さが完全に消えていた。
「何が起こったのか、チョト覚えてます。
私、何か変な言葉を喋ってました。
矢みたいなを打ち込まれてました。
そうしたら、私を支配していた存在が消えていきました」
悪魔払いに成功したっぽい。
ユウキも芦屋もただ見守っていただけだが。
エミリアは何故か、いや当然か、芦屋ミツルに感謝を述べ、一泊だけして帰っていった。
「なんか落ち込んでる」
「またうちの先祖が?」
「いや、腰の生首。
なんでも、悪魔呼ばわりされて傷ついたみたい。
しょんぼりしている」
(じゃあ一体何なんだろう?
男児を取り殺す怪異なのに、悪魔ではない?
妖怪ってのは、土地神の一種って幸徳井さんが言ってたけど。
悪魔とはどう違うんだろう?)
その疑問に加えて、別な疑問も湧く。
(霊は、目が合っただけで首を取っていたご先祖が、悪魔を逃がすってどういう事だ?
あの鎌倉武士が優しくなったとは考えにくい。
そんなに大暴れ出来ない事情でもあるのか?
それは、あの呪い事件が解決してからの一ヶ月程、やたらと腹が減って仕方なく、それでいてどんなに食べても逆に体重が減るのと、何か関係が有るのか?)
なんだかんだで、霊が生きた人間を直接殺すのは、物凄くエネルギーを消費したのである。
呪術師を倒した後、長沼五郎三はガス欠状態であった。
本調子ではない。
そんな時に限って、面倒事は連発するのであった。
おまけ:
芦屋ミツルは競馬中継を視聴していた。
普段はテレビで観ず、祇園の場外馬券売り場に通っているのだが、この日はたまたま自宅でテレビを見ていたのだ。
前売りの馬券を片手に……。
外出先から戻って来た皆川ユウキは、突然守護霊に殴られる。
「痛いなあ、何?」
もう慣れて来たのが悲しい。
無理矢理顔を掴まれ、テレビの方に向けられる。
「ああ、競馬中継ね。
あれに興味あるの?
俺、競馬は知らないから、あの人に聞いて」
すると、実際に聞きに行ったようで、芦屋と霊は何やら会話をしていた。
「来週予定空けといて」
「どうして?」
「君の守護霊、競馬場に行きたいって」
「は?
鎌倉時代の霊なのに、博打に興味があるって言うの?」
「いや違うよ。
是非お手合わせ願いたいって言ってる」
……一緒に走る気かよ。