武士の名は長沼五郎三郎(ごろうざ)
「幸徳井さん。
昨日は疑って済まなかった。
君の言う事を信じる」
足腰が重い感じのまま、ゼミに顔を出した皆川ユウキは、今日は逆に幸徳井晴香という「見える」女性に話しかけた。
「何か有ったの?」
「乗り移られた」
「え?
でも、まだ後ろにいるよ」
「昨日、サークルで弓をやってたら、乗り移られた」
「それで?」
「乗り移られた俺が放った矢は、的を破壊した……」
「…………何言ってるのか分からない」
「だよね。
昨日は俺がそんな感じだった。
この武士、俺に乗り移って弓を使ったんだ。
いや、弓を放ったのは俺の意思なんだけど、何て言ったらいいのかな……」
「まあ……なんでもいいか……。
その物騒な霊の正体を探りましょうか」
晴香が出した案は、ごく常識的なものであった。
「霊能者ねえ……。
どうも信用出来ないんだけど」
「私も」
「え?
じゃあ、溺れる者は藁をもつかむっていうけど、藁くらいの期待値で相談するって事?」
「その霊の事を詳しく話さず、何が憑いているのか当てられた人に相談してみましょう。
私には甲冑を着て、刀と弓矢を持った武士が見えるけど、それ以外の事を言う人は多分贋物だから」
「そういう事ね。
俺の弓道が取り憑かれた時だけ急激に上達したから、弓を持った武士ってのは納得いくわ」
そうして霊能者とかいう人に当たってみたけど、まあハズレばかりであった。
「動物霊です。
御札をお買い求め下さい」
「貴方の御先祖様が酷い事をした報いです。
苦しめられた農民の方ですね。
供養の御祈祷をしますので、3万円のご奉仕と、霊験あらたかなこの壺を購入下さい」
「あなた、前世では大変女性関係が酷かったようです。
女の人が見えて、首を絞めています。
この数珠を常にお持ち下さい。
相談料は1万円になります。
数珠代はまた別途で」
こんな感じであった。
中でももっとも酷かったのがこれ。
「ああ!
何という強力な悪霊!
いや、悪魔です。
角が生えて、口からは牙が見えます。
あなた、外国に何かの縁が有りますね。
そこの悪魔なので、祓うのは大変ですよ。
すぐにでもお祓いをしましょう。
そんな醜く、邪悪な霊に……ぐはっ……」
「あの、どうかしましたか?」
「いや、ちょっと貴方の霊に当てられましてね。
そんなのは一刻も早く除霊しないと大変な事になりますよ!
さあ、直ちにこちらの寺院の方にいらして下さい。
入信手続きを!」
「いや、結構です」
「貴方、このままじゃ死にますよ!
そんなのに取り憑かれたままじゃ、貴方、これからも不幸が続いて最後には命を落としますよ!」
逃げるようにしてそこから出て来て、近くの喫茶店で一息する。
晴香が頭を抱えながら
「もう、適当に霊能者とか見繕って行くのはやめようか……」
と言い出した。
「どうして?」
「マジで命が危ない」
「え?
あのインチキ宗教の言ってる事、当たってるの?」
「いや、そのインチキ宗教の人の命が危ない。
ユウキ君は見えてないから分からないよね。
あの人がその武士を『醜い』と言った瞬間、怒った武士があの人の守護霊を殺したのよ」
「はぁぁぁぁ????」
「まあ、霊だから本当に死んだかどうかはともかく、首を取られたのは確かね。
そして守護霊が居なくなった時に、武士が怖くて遠目で見ていたどこかの悪霊に弓を向けながら来るように言い、無理矢理あの人に取り憑かせていたの。
霊の言葉までは聞き取れないから、行動だけ見てそう思ったんだけどね」
「じゃあ、あのインチキ霊能者は?」
「うん、その武士も離れた事もあり、守護霊不在になったし、今頃は近くに居た悪霊たちが日和見的に大量に取り憑いていると思うよ。
死に目に遭うのは、あの人の方」
つまり、適当な霊能者を探せば、背後の武士の霊を怒らせて、守護霊惨殺と悪霊強制憑依という危害を加えられる可能性が出て来たのだ。
いくら法的にも科学的にも責任が無い事、実証出来ない事とはいえ、後味の悪いものを残す。
「私も、まさかあんな事出来るとは思わなかった。
ちょっと慎重にならないと、霊的に怪我する人が多発すると思う」
そういう訳で、ネットとか口コミでの霊能者当たりはやめて、もっと慎重に調べる事にした。
「じゃあ、どうやってこの霊の正体を調べようか」
「ユウキ君、矢とか持っていたよね」
「うん、拾ったやつ」
「それに手がかりとか無いかな?」
「錆が凄いし、分からないと思う」
「ちょっと待ってて」
晴香はどこかに電話をかけた。
そして
「お父さんの伝手を使わせて貰った」
と言って来た。
ずっと京都で陰陽師の端くれであった彼女の家には、骨董品を持って
「これに何か良くない気でも宿ってまへんやろか?
お清めとか出来まへんかね?」
と言う人が少なからず来るという。
そういう人の為に、修復士を紹介してやって
「綺麗にしていれば、きっと良い気が宿りますよ」
と言うそうだ。
「まあ、うちは先祖代々こうだから。
うちはお寺さんでも、神職でも無いから、お清めとか出来ないってのに」
「じゃあ、無料相談所みたいな感じなんだ」
「無料?
ウフフ……そんなわけ無いじゃない。
陰陽師を有難がる人が居る以上、その言葉で古美術の修復士に物を持って行かせれば、その人の収入になるのよ。
私たちはその人から紹介料を頂いてるの。
悪気を気にしている人には安心させられるし、古美術の修復士さんには仕事が入るし、私たちは御礼が貰える、誰も損なんかしてないよね」
そう言って微笑む陰陽師の子孫を見て
(京都の人間、怖っ……)
と感じてしまった。
霊能力ならぬ零能力者のユウキには、武士の霊よりも生きた京都人のしたたかさの方が怖く感じられる。
その修復士に頼んだところ、表面の錆はそんなに古いものではなく、地金は錆びていないという事であった。
その地金には小さい文字で
「下州住人長沼五郎三」
と刻まれていた。
ユウキと晴香は、その名を鍵に更に調べる事とした。
21時に第3話をアップします。