呪いの接近を前もって知ろう
「言ってたものが用意出来たよ」
幸徳井晴香からのメッセージを受け、皆川ユウキは久々に大学に行く。
彼女は、ユウキに向かう呪いを検知するアイテムを作って貰っていたのだ。
ユウキ自身は、守護霊やってる鎌倉武士と狂暴な馬の霊の加護で呪いなんか弾き返してしまうのだが、問題は弾き飛ばされた呪いが周囲に迷惑を掛ける事である。
呪いはいつ発動されるか分からない。
呪いを恐れて家に閉じこもっていると学生生活に支障が出る。
一方で呪いを無視して外を出歩くと、突然襲って来た呪いが他人に迷惑を掛ける。
だから、呪いが来たのかどうかを知れれば、それに合わせた対処をすれば良い。
その為のアイテムであった。
ユウキの卒業単位は足りているので、サボっていても特に何も言われない。
ユウキも、自分にとばっちりで降りかかっていた呪いが、当分は来ないであろうと確信していた。
あの晩、守護霊たる鎌倉武士・長沼五郎三がスッキリした顔で戻って来たと聞いた。
最近思ったのだが、長沼さんはあれで結構空気読んでいるのではないか?
生きている人間をボコボコにはしても、決して殺したりはしない。
同じ霊に対しては容赦しないが、今生きている人間にはかなり手加減しているように見える。
一応「山の神の禍に苦しむ村人の為」に人柱となった武士だ。
生きている人間には、鎌倉基準では相当に優しい人なのかもしれない。
容赦なく口封じをした呪術師なんかに比べ、遥かにマシではないだろうか。
……大いなる勘違い、鎌倉武士を現代基準で測る間違いを犯しているのだが。
久々に会った晴香に、これまで起こった一連の出来事を説明する。
霊に火事を起こされ、引っ越しまでする羽目になった事も。
「霊的な被害は無くても、正直呪われてるわね……」
そんな風に同情してくれる。
そしてアイテムを渡しながら説明するのだが、
「悪いけど、このアイテムはそういうとばっちりまでは防げないから」
と、なんとも心細い事を言って来た。
呪いに限らず、霊的な脅威を察知するアイテム、それは東西南北を守護する四天王・持国天、増長天、広目天、多聞天の小さな木彫りの仏像であった。
これは正しく配置する事で結界を張る事が出来る。
まあユウキは、移動式過剰防衛結界を常に背負っているのだから、必要無いと言えば必要無い。
必要なのは、その結界の中に置いておく護符である。
護符にも四天王の絵と、それぞれを意味する梵字が描いてある。
護符だけなら単なる紙切れだが、、結界の中に置く事で法力を充填するようだ。
「簡単に言うと、これは悪意の念に触れると黒くなる、らしいわ。
どの四天王が黒くなったかで、呪いの迫っている方位も分かる、らしいよ。
黒さの度合いで強さ、黒くなった部分の縦の位置で距離が分かる、らしい。
そして、1日使ったら、仏像の間に置いて充電しておいてね。
完全にダメになるのも有るけど、多少黒くなったくらいなら、仏像が元の色に清めてくれる、って言ってた」
「らしい?
充電?」
曖昧な説明に、思わず聞き返す。
「これは本来陰陽師の仕事じゃないからね、私はよく分からないの。
私の家系は、所詮はカレンダー屋さんな陰陽師だから。
これはその縁で知り合った、そっち系の能力がある人が作ってくれたものなの」
それを聞いてユウキはちょっと不満を感じた。
以前、この霊が何者なのかを調べる時、巷の霊能者ばかりを探したではないか。
しかも当たりは無し。
そういう人が居るのなら、さっさとその人を紹介してくれれば良かったのに。
だが、その不満への答えは意外なものであった。
「その人自身は、見えない人、聞こえない人なのよ」
「え?
でも能力が有るって言ったよね?」
「腕の良い仏師で、片手間にフィギュアの造形師とか絵師もやってるの。
その人の造る人形や仏像、絵には特殊な力が宿っているようで、悪霊を退けたっていうのもあるそうよ。
えーと、これ」
スマホのフォルダの中から、1枚のフィギュアの写真を見せてくれたのだが、
「これ、どう見ても『終わりが無いのが終わり』とか言ってた、生命エネルギーの具現化じゃないか」
「そうなの?
重い霊障に悩んでいた人が、たまたま気に入ってこのフィギュアを購入したら、その晩から霊が出なくなったんだって」
(きっとその霊は、何度も何度も殺されては直前の状態に戻され、また殺されるっていう無間地獄に堕とされたんだろうな……)
と同情を禁じ得ない。
「こういう凄い像を造れるんだけど、本人は霊なんか見た事ないって。
入魂して作像し、それに何かの力が宿っているようだけど、本人には自覚が無いの。
それで、本人がよく分からないけど、そういう効力があると分かったから、独学で魔除けグッズを作ったみたい。
まあ、魔除けの人形でも、造形が可愛いから売れるみたいなんだけど」
そう言って見せたフィギュアは
(これ、確かに魔を退治してくれるけど、定期的に穢れを取ってやらないと魔そのものに変わっちゃう女の子じゃないか)
であった。
とにかく、魔除けを作れるけど、霊が見えない以上は前回の「この霊は何?」という疑問には答えられないし、自分の能力を自分で把握し切れてないから、説明も曖昧になるのだろう。
「理解した。
ありがとうね。
これを持っていれば、呪いが近づいて来るのを察知出来るし、その時は一人になるから」
「そうしてくれれば助かるわ。
……って、え?」
「どうしたの?」
「長沼さん、仏像を拝んでいる」
鎌倉武士は、一方で信心深い。
御仏に深く帰依する者も多かったのだ。
まあ、中には
「人を殺しても、南無阿弥陀仏で帳消しね、悪人であれば悪人である程救われるんだろ! ヒャッハー!」
というのも居たが……。
長沼五郎三も、自ら(ノリと勢いで)人身御供になる程の人物だ、仏教は深く信仰しているのかもしれない。
……確かに間違ってはいない。
だが、鎌倉武士とは、現代の物差しでは計れない存在である。
一連のやり取りを見ていた長沼五郎三は、自分の意思を伝えようと夢枕に立つ。
幸徳井晴香の……。
「大日如来を欲す。
不動明王を欲す。
毘沙門天を欲す。
摩利支天を欲す。
愛染明王を欲す。
千手観音を欲す。
十二神将を欲す。
我が願い聞き届け給え。
さもなくば、日参致す」
金縛りにかけながら、そんな念を送って来るのだからたまらない。
「もう、分かったから!
頼んであげるから!
女の子の部屋に毎晩来るのは勘弁して!
金縛りにするのもやめてよ!!」
「深草少将が如く、百夜通う所存」
「やーめーてー!
私は小野小町じゃないんだし、大体貴方だってそんな艶っぽい存在じゃないでしょぉぉぉ!
霊に毎日枕元に立たれるこちらの事も考えてよおぉぉぉ!」
悪夢は1日だけで勘弁願いたい。
そして長沼五郎三の願いは聞き届けられた。
だが、断じて無償などではない。
十二神将像なんて、フィギュアサイズとはいえ全部で十二体も造形しなければならない。
一流の造形師でもあり、頼むとなると無料とはいかない。
結局、四天王像とも合わせ22座もの仏像の代金はユウキに請求された。
霊が金なんて持っていない。
大体、鎌倉時代の貨幣価値と現代の価値は違い過ぎて、換算不能だ。
それでも無理に鎌倉武士に支払えなんて言ったら、馬(の霊)を物納しかねない。
そんなのは御免だ。
霊が憑依している方に払って貰う他ない。
「なんだよ、この金額。
フィギュアって、滅茶苦茶高いって事は知ってたけどさ……。
これもまた呪いか何かか?」
急な引っ越しといい、彼には財布の中身が飛んでいく呪いが掛けられているようだった。
尼で仏像のフィギュアを調べてみたら、それなりのは1万円超すんですね。
高いやつだと10万円超え。
それを22座も造らせるとは……。
なお、足利義兼が病気で亡くした子を弔う為、運慶に大日如来坐像を造って貰った時は、
先祖伝来の犀皮鎧を売って金を作ってます。
ユウキ君、出費が……。
(今日のおまけは休みます)