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守護霊(?)は鎌倉武士  作者: ほうこうおんち
弐の章:呪術師との対決
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(番外編)長沼五郎三と至月の出会い

 馬にも何かしらの感情はある。

 人間は気性と言ったりするが、それだけでも無いようだ。

 その馬は、自分の置かれた立場が不満で不満で仕方が無かった。


 その馬は、今から四百年程前に生まれた。

 父の名は「百段」と言い、祖父の名も「百段」と言った。

 祖父も父も、高名な武将を背に乗せて戦場を駆けた。

 彼も当然、そのように戦場を駆け、足軽をその蹄に掛け、馬体で武者を轢き、命乞いをする敵将に小便の一つでも引掛ける生涯を送るものと、誰に教えられたものでもなく魂に刻んでいた。

 しかし時代とは残酷なものである。

 父の百段の代で戦乱の世は終わってしまった。

 あとちょっと待てば、また九州の方で大規模な乱が発生するのだが、そんな事は誰にも分からない。


 平和な世にあって、その馬は不遇となる。

 軍馬として有用な、短くて太く、壊れない脚。

 人でも敵の馬にでも噛みつき、喰ってしまう凶暴さ。

 俺の背後に立つんじゃねえ、とばかりに咄嗟に蹴り出す習性。

 これらは貴人となった大名が乗る馬としては適していない。

 乗馬と軍馬は違う。

 高級セダンとピックアップトラックくらいに違う。

 甲冑を着て武器を持ち、旗や母衣という空気抵抗の塊を括り付けた重量物を背負いながら、泥田や荒れ地を疾走する馬と、上は将軍から下は庶民にまで見せる為の馬では、姿が変わってくる。

 スラリとした気品のある脚、首から胴にかけてのライン、乗り手が誰であれ振り落とさない気性の良さ、毛並みの良さ、そういうものが求められる時代になった。


 更に、この馬は大名の所有物ではない。

 発情期で馬が興奮している時期にも関わらず野駆けをした時、乗り手たる大名が休んでいる隙に父の百段が馬飼いを蹴り倒して脱走、近くに居た野良の牝馬に産ませた子なのだ。

 なお大名の方は大笑いをし、

「百段もたまには羽根を伸ばしたかったのだろう。

 戻って来たし、問題は無い。

 ただし、馬飼いは役目を果たせなかったから打ち首な」

 と、大目に見ていたようだ。


 こうして誰の目にも止まらぬ所で、「美濃金山城の百段もの階段一気に駆け抜ける」とか「鉄砲で撃ち殺された主人の首を狙う敵兵の前に立ちはだかり、噛む、蹴る、当たると大暴れして主の遺骸を守り抜き、自身も二ヶ所の槍傷を負った」というような気質を受け継いだ馬が育っていく。

 戦時であれば、馬を調達する者の目に留まり、戦いの後に然るべき武将の愛馬となっただろう。

 だが平時にあっては、ただの凶暴な野良馬に過ぎない。

 馬からしたら、もしも人間の言葉で現すとすれば

「そこにある草を食って何が悪い?

 野菜? 畑? それは俺に関係があるのか?」

 てな心境だったのだろう。

 暴れ馬を討伐する嘆願が出され、大名家では馬狩りが行われた。


 ここで多くの者を蹄に掛けて暴れ回る雄姿が、初めて武士たちの目に留まる。

 だが、この暴れ馬を御する自信がある武士は、もう居なかった。

 武士も大分温和になっていたのだ。

 何本もの縄で抑えつけ、捕縛に成功し、その姿を見て立派だと評価するも

「このような馬は、とても扱えない。

 殿の厩にも入れられない。

……殿の愛馬・百段様だけでも手に負えないのだから……。

 小柄で傷だらけだから御乗馬としては向いておらん。

 気性が荒過ぎて、農耕にも使えんだろうな。

 そうだ、然るべき神社に神馬として奉納しようではないか!」

 と神社に何もかも押し付け、馬にしたら不満が残る処置となってしまった。


(いっそ、殺せ!)

 そう思ったのかもしれない。

 この馬は、上賀茂神社に奉納される筈が、何かの手違いで下鴨神社の方に納められた。

 そして神馬としての退屈な日々が……送れるわけもない。

 暴れる、噛みつく、蹴る、喧嘩する、厩舎を破壊するととんでもない事ばかりする。

 だが、神社の記録にはそのような暴れ馬が居た記録は無い。

 無かった事にされた。

 どのような形かは伝わらないが、その馬は密かに亡きものとされたようだ。


 戦場を駆けたい、もっと強い男を背に乗せたい、泣き喚く敵兵に小便を引っ掛け、勇者の生き胆なら喰らってやりたい。

 何故俺はこんな時代に生まれたのか?

 何故俺がその背を託すに相応しい武士が居ないのか?

 そんな無念を残したまま、馬は三百年以上も神社の辺りで漂っていた。

 次第に自分の存在が希薄になっていくのを感じる。

 どんどん、別にどうでも良いと、無念さすらも消えていく。


 そこに奴が現れた!

 馬は消滅する寸前で有ったのだが、ついに殺意の塊で、しかも強そうな男と出会ったのだ。

 興奮の余り、薄れていた念が増幅されて燃え上がる。

 さあ、この武士は自分の背に乗せるに十分な男か?

 自分を戦場に誘ってくれるのか?

 馬は武士に襲い掛かった。

 武士は弓矢を離し、太刀も鞘ごと外して、肉弾戦を挑んでくる。

 数刻の間、肉体言語で思う存分話し合う。

 楽しかった。

 久方ぶりに、同じ価値感のモノと交流が出来た。


 その日は両者、ボロボロになるまで殴り愛、蹴り愛を重ねて別れる。

 翌日も武士はやって来て、戦闘という会話を行う。

 もう十分だ、こいつなら俺の背中を託せる。

 三日目、馬は武士の頬を舐め、騎乗するように促した。

 最高の気分だった。

 ついに魂と魂で繋がった乗り手が現れたのだ!

 お互い分家の庶子と、名馬が野良に産ませた子と、境遇が似ている事も共鳴に磨きをかけた。


 そのまま武士と馬は、今出川通りから烏丸通りに曲がり、丸太町通り、寺町通りと御所を一周する道を爆走する。

 その途中、烏丸通りで不思議なモノを見つけた。

 鉄の二輪に跨る若者と、前面に大きな顔のついた牛車。

 どちらもこの世のモノではない。

 事故死した暴走少年と、朧車(おぼろぐるま)と呼ばれる妖怪が競い合っていたのだ。

 それを見た武士は嬉しそうに乱入。

 別に危害を加えたとかしていない妖怪に矢を射かける。

「ひいぃ、無体な……。

 麿は何もしておまへんで」

 と泣きつく妖怪を、有無を言わさず矢で穴だらけにする武士。

 嗚呼、なんて気持ちが良いのだろう!


 妖怪は悲鳴を挙げながら逃げていった。

 そして死んだ暴走族の霊にも殴りかかり、完全に屈服させた後で武士が告げた。

「その方、馬の口取りをせよ」

 何か言おうとしたら殴る。

 不満そうな表情をしたら、太刀の鞘でボコボコにする。

 こうして馬の世話役も手に入れた武士は、喜びの余り、その日だけで十人分の地縛霊の首を取って帰宅した。


 馬は今は幸せである。

 人間の言葉は分からないが、嬉しい名前も貰ったようだ。

「死んだモノでも食らう、死食(しづき)、漢字を変えて至月(しづき)

 馬は自分の存在意義を思い出した。

 自分は戦士と共に戦場を駆ける存在。

 その為に在り、それが果たせなくなったら消滅して悔い無し!

 もう成仏とかどうでも良いや、と。

おまけ:

「オラオラオラ、どけどけぇ」

京都の町を暴走族が走っていた。

京都の通りは真っ直ぐなので、非常に走りやすい。

だから、峠とかを攻める走り屋からしたら詰まらないのだが、2人乗りして蛇行して爆音を鳴らして走る連中には、事故らない安全な道なのだ。

「ひぃ!」

その少年は、闇の中に謎の牛車を見る。

「来るな、来るんじゃねえ!」

スロットルを思いっきり回して、何かから逃げ出す。

「なにあいつ、だせえ」

「あいつ、バイクもろくに操れねえのに集会に来たのかよ」

だが、巨大な顔のついた牛車を見てしまった少年は、生きた心地がせず、パニックになっていた。

そして事故。

遠くから聞こえる救急車の音。

仲間たちはさっさと逃げてしまった。

(くそ……なんで俺はビビッて事故なんか起こしたんだ?

 絶対負けねえ。

 あいつに、走りで勝ってやる。

 絶対に負けねえ……)

そう最後の念を抱いたまま死んだ少年は、その後妖怪朧車と毎晩競走をする幽霊となり、この世に留まる。

謎の霊、馬に乗って甲冑を着こんだ武士に強引に引き取られるその日まで……。

鉄の馬を扱えるなら、この馬の世話も出来るだろうという強引な理屈で馬飼いにされる日まで……。

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― 新着の感想 ―
[一言] キチガイとキチガイがパイルダーオンしちゃったんやなぁ……
[一言] これも治安維持だろうか??
[良い点] 一応これ、分類上は神馬になるわけですよね。奉納されてなければ悪霊間違いなしなのが、よかったのか悪かったのか。 [気になる点] 悪霊やら妖怪やら食ってて、進化しそうで怖いです。
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