呪術師を探し出せ
「いやあ、災難だったねえ。
まあ、まずは一杯」
アパートを追い出される皆川ユウキを、芦屋ミツルは自宅に泊らせていた。
「誰のせいだと思ってるんだよ……」
この芦屋が訪ねて来たせいで、呪術師が放った使い魔が追跡して来て、守護霊である長沼五郎三によって焼き討ち、その火事をユウキのせいにされたのだ。
今は消防署による検証とかが行われているし、警察も入って、決してユウキのせいでなかったと分かるだろう。
しかし、前回のポルターガイスト現象といい、今回のボヤ騒動といい、彼が睨まれたのは確かである。
今すぐにとは言わないが、一ヶ月以内の立ち退きを大家から通告されたばかりだ。
「いや、すまないと思ってるよ。
ホンマになあ。
せやから、俺の家に一緒に住もう言うてるやん」
そういう事で、まだ立ち退きは先だが、ユウキを自宅に招いたのだ。
「しかし、その年で一軒家住まいって、凄いな」
「俺が凄いんじゃなくて、親戚が凄いだけ。
俺はここを借りてるの。
分かったと思うけど、こういう能力が有ったら、アパートとかマンションでは他人にとばっちりが行くからね」
「そうだね、とばっちりを受けた身としては、よー--く分かるよ」
「だから、ユウキ君もここに住んだら、問題無いと思うけど、どう?
まあ別のアパート借りても同じ事になると思うけどね」
「…………」
腹立たしいが、言ってる事は間違っていない。
(お前が来なければどうって事も無かったのに)
そう思うのだが、もう起こってしまった以上はどうしようもない。
「まあ、俺の家にしばらく住むにせよ、出て行くにせよ、呪いの問題は解決したいよね。
頼めるかな?」
頼むのは、守護霊である鎌倉武士・長沼五郎三による、呪いの依頼主への物理的説得だ。
肉体言語とも言う。
夢枕に立つとか、そういう事も出来るのだが、それはしない。
この霊、波長が合う合わないに関係なく、夢に強制アクセスも可能という厄介な能力を持っていた。
まあ、夢というのは起きたら忘れる。
だから、ユウキの夢にも何回か出ている筈なのだが、起きた時には覚えていない事が多々ある。
そこで、夢に出た直後にぶん殴って目覚めさせ、強制的に覚えさせるという技も使うのだが、それをやると子孫であるユウキが寝不足になる為、滅多な事が無いとやらない。
それに、鎌倉時代と現代では日本語が異なる。
何となくは分かるが、たまにサッパリ分からない。
言文一体は近代以降の話で、古典が分かる人でも文献に残っていない当時の口語には、分からない言葉や発音があった。
長沼五郎三は今回、頑なに口を割ろうとしない相手を拳骨で説得するという提案を受けた為、妙に貼り切っていた。
どうせ夢枕に立っても、死に至る時の経緯から余計な事は喋らないよう気をつけているこの武士は、話すより先に実力行使に及ぶのだし。
零感のユウキにも、謎のラップ音が聞こえる。
霊だから骨とか無い筈なのに、拳をゴキゴキ鳴らす音であった。
翌日、ユウキは芦屋の通う大学に一緒に行く。
そして相手を見つける。
「なんだよ、またか、しつけえな」
相手は明らかに芦屋を嫌っているのが分かった。
「俺だけだったらいいけどさ、お前の呪いのせいで、ここにいる彼にまで迷惑が掛かったんだよ」
(半分はあんたのせいだが)
ツッコミを入れたかったが、ここはグッとこらえる。
「知らねえよ。
俺、そこまでやれなんて言ってねえし。
どうせお前のインチキ商売で、呪いとかが酷くなったんじゃねえのか?」
(半分当たってるよな)
インチキ商売のせいではないが、芦屋が腰に吊り下げられた妖怪の首のせいで、事態がどんどん悪化しているのは否めない。
となると、その原因を作ったのは背後の長沼五郎三のせいか。
「ちょっとユウキ君。
守護霊呼び戻してくれない?」
「は?
そんな事出来ないけど、どうして?」
「あのサムライさん、大学に入ったと同時に、そこらの霊を殺しまくってるんだよ。
本題そっちのけで。
馬に乗ってるし、矢を持ってるから、逃げる霊まで追いかけて行ってるし」
人の集まる場所には霊も集まりやすい。
ユウキの通う大学にも霊は多数いたが、ヤバいと直感で気づいたようで、最近は減っているし、ユウキには近寄ろうとしていないと幸徳井晴香が言っていた。
他方、ここが初めての場所である芦屋の通う大学では、数多の浮遊霊、地縛霊、動物霊が被害に遭っていた。
何も知らずに、漂う長沼五郎三の神聖さに惹かれて寄って来ては、問答無用で矢で撃ち抜かれたりしている。
「なにごちゃごちゃ言ってんだよ。
そいつもインチキ商売の片割れか?
詐欺師が手を組んだって、何も怖くねえよ」
この男、失言した。
「怖くない」、この言葉に鎌倉武士が反応する。
鎌倉武士はナメられたらおしまいだ。
戻って来て下馬すると、霊なのに足音荒く詰め寄って、顎をかち上げる。
「痛え、てめえ殴りやがったな」
いきなり吹き飛ばされて喚く依頼主。
「いや、俺は何もしてないよ」
「そんな事、うわ、ぐ、ゲ、なんだよこれ、ガ……」
倒れた依頼主に馬乗りになり、殴る殴る殴るの暴行を働く鎌倉武士。
『刀抜いてないだけ、手加減してるんじゃない』
ひそひそ声で状態を押してる芦屋。
見えないユウキは、何が起きてるのかサッパリ分からない。
このユウキと同じように、周囲の学生も見ているだろう。
「あいつ、一人で何やってんだ?」
と。
「俺のやってる事はインチキじゃないし、俺はあんたの彼女をどうこうしてないし、呪いってのはここまで暴走する事もあるし。
理解してくれた?」
「ぐ、が、あ、げ……」
「殴られてて、それどころじゃないか……」
とりあえず一通り殴り終えて、スッキリした長沼五郎三がマウントポジションを解除すると、やっと会話可能となった。
「な、霊とか呪いってヤバいって理解した?
軽々しく呪いとかに手を出しちゃダメなんだよ。
だから呪いを解除したいから、誰に頼んだか教えてくんねえ?」
「分かった……分かった……。
もう勘弁してや。
俺が頼んだのは……」
だが依頼主はそれ以上喋る事は出来なかった。
頭、腹、足から血が噴き出る。
もっとも、その血も「見える」者にしか見えないもののようだ。
そこから虫が飛び出て来て、どこかに飛び去った。
急に人が倒れたのだ。
慌てて駆け寄る者も出る。
急ぎ救急車が呼ばれた。
だが、駄目だろう。
芦屋ミツルには、心当たりがあった。
「三尸か……。
これはまた厄介な連中に頼んだようだな……」
「サンシ?」
「うん、人間の体内にいるとされる虫で、脳・腹・足に巣食っているんだ。
欲望を刺激し、欲望に支配されるとその者の寿命を縮めるとされる。
元々は中国の道教であったものだけど、日本でも庚申の夜にはこの三尸が、眠った体から抜け出して天帝に罪状を告げに行くという伝承から、眠らずに過ごす風習があったりするんだ。
三尸はその者が死ぬと体を抜け出し、自由を得るという。
三尸が飛び出した以上、あいつはもう……。
三尸を暴走させて宿主を殺すような術、これは到底日本の呪術ではない。
大陸の方の術だ。
まったく厄介な事になったよ……」
恐らく、身元がバレないよう、依頼時には既に術を掛けられていたのだろう。
術者の情報を漏らそうとしたら口封じを行う。
だから、術者を知る手がかりも無くなってしまった。
筈だったが……
「なんでサムライさん、三尸の内の一匹を捕まえてるの?
有り得ないよ!」
三匹のうち、一匹は逃げ延びたが、二匹は一の矢、二の矢で射落とされた。
一匹は狩股の矢の刃になっている部分で切断されて死んだが、もう一匹は狩股の鏃のちょうど中間部に挟まれ、身動き取れないようになっているという。
「この虫を使って、相手について探ってみるか……。
えーと、なんか知らないけど、ドンマイ」
「????」
「ユウキ君じゃなくてね、おサムライさんに言ったの。
なんか落ち込んでいるから」
長沼五郎三は、一匹逃してしまった事を非常に悔しがっていた。
……普通に考えるなら、一回で持てる矢は二本、それを続けざまに放ち、飛んで逃げる小さな虫を射落とすなんて神業も良いところだが、鎌倉武士は悔やんでいた。
(これでは音に聞く、鎮西八郎為朝公や御祖藤原秀郷公に遠く及ばぬわ)
と。
おまけ:
皆川ユウキを自宅に招いたのは、芦屋ミツルにとって良い事だったか、悪い事だったか。
その日、またサッカーを学びに行こうとしたユウキの守護霊たちは、ふと思いついた事があり、芦屋の枕元に立つ。
そして魂を掴んで、強制幽体離脱。
「何するんですか?」
「ポポポポポポ?」
「え? サッカーを学びに行くから、一緒に来いって?
眠いし勘弁して……いえ、喜んでお供します、だから刀抜かないで!」
「ポポ…………」
「どうせなら、ユウキ君も連れて……、
え? 寝ているのを起こすのは忍びないって?
俺ならいいんですか?」
「ポポ!!」
「はあ、文句は聞く気自体そもそも無いんですね……」
「ポポ……」
こうして3人と1個の生首は、ナイジェリア人選手の夢の中にサッカーを学びに行った。
「グホッ、サムライさん、当たりが強い……」
「おいおい、兄ちゃん、弱っちいな。
俺らナイジェリアの選手に習ってんスよ。
これくらいフィジカル強くプレーしないと、ワールドカップには出られないっス」
馬飼いの少年にツッコまれる。
(お前は既に死んでいるのに、どこを目指す気だ?)
アフリカの当たりの強いサッカーは、この2人の性に合っているようだ。
タックルなんだか、肘打ちなんだか、とにかく強烈な当たりをし合っている。
「ポポ……ポポポ……」
「なんで連れて来られたのか分からないって?
俺もだよ……。
そして何より分からないのが、あいつら幽霊の癖になんだってあんなに足技が上手いんだって事だ。
普通幽霊って、足無いだろ!」
「ポ!」
とばっちりを食っている芦屋と生首であった。