呪物を使われた
「クッ……、酷い目に遭った。
認めてやるよ。
遠隔での呪いでは、貴様に傷一つつけられないという事をな。
だがこちとら金を貰って呪いを請け負ったんだ。
呪いの技量で我々より下の日本人にナメられたら、商売上がったりってものだ。
遠隔で無理なら、近接戦だ。
とある漫画の生命エネルギーの映像と同じだ。
遠隔型よりも近接型の方がパワーがあるのだよ」
この呪術師は諦めていない。
本来、人知れず相手を呪いに掛けるのが呪術師の面目躍如たるところだ。
足が着くような、近距離での呪いや、物を送りつける呪いは避けたい。
だが、そうも言っていられなくなった。
「もう殺してしまえばそれで良い。
呪い殺されたなんて、警察では捜査も出来んだろう。
それに、もしも日本の警察が動きでもしたら、こちらの組織に外国人差別だ、人権侵害だと訴えれば守ってくれるしな」
だが、ここで問題が生じる。
顔と名前と大体の居場所で呪いを掛けていた。
だから、呪物を送ろうとしても、正式な住所を知らなかった。
「顔は見られたくない。
仕方がない、童子を使うか……」
童子はいわゆる使い魔である。
殺傷力は無いが、人知れず物を届けたりする際に使用する。
人の目には見えない為、こういう仕事にはうってつけなのだ。
呪術師は、彼等の一団が持っている呪物リストを眺める。
「さて、どの呪物を送りつけてやろうかな。
この小箱は……女と子供しか殺せないから意味がないか。
このネイティブ・アメリカンの人形は……、俺自身が痛い目に遭わないと動き出さないから、それも嫌だな……。
視たものを殺す呪いのビデオ……今更VHSをどうしろと?
読んだら命が百日縮まる未来の事が書いてある新聞……競馬予想の為に俺が使う。
巫蠱の人形……、これ使ったけどダメだった。
どんだけ強力な奴なんだ、あいつは。
こいつは……強過ぎるから師匠が厳重に管理してるから持ち出せないか。
まあ人間を使った呪物だから、俺の童子では運べないしな。
よし、この一見仏像に見えるやつを使おう。
こいつは過去に、一村を壊滅寸前に追い込んだ呪物だ。
同胞の美術品窃盗団がとある寺から見つけ出したものだが、国に運び込む前に呪物と気づいて良かったよ。
これを奴に送ってやろう。
周囲の住民も一緒に被害に遭うが、もうそんな事言ってられん。
むしろ、それくらいの呪いを使えたという方が、俺の評価も上がるな」
それはとある村が洪水の後に発見された、人が住んでいるとは思えない上流から流されて来た仏像らしきものである。
その像を仏像と勘違いして祭った後、村ではまず家畜が、ついで幼い子が、更には大人まで怪死するようになる。
人が死ぬ度に、足元から赤い血管のような筋が延びていき、無表情だった顔もニヤニヤしているものに変わっていった。
これはたまらないと、僧侶を呼んで祈祷して貰ったが、その僧侶は目鼻口耳から血を流して死亡。
像の首の辺りまで赤い筋が延びているのを見て、これはどうにもならないと判断し、寺の「宝物庫」に長く封印していた。
それが近年、寺の蔵荒しに遭って持ち出されたのだという。
百年以上もの浄化の為、赤い筋は膝下まで引いていたが、なあに復活させれば猛威を振るうだろう。
呪術師は仲間が厳重に保管している呪物を、どうしても使わねばならないと言って持ち出した。
管理人も「まあ、同胞でなく日本人が死ぬならどうでも良いか」という態度であった。
「で、なんで俺の家が分かったの?
住所教えた覚えはないんだけど?」
皆川ユウキは、呪いが解除されるまで自宅待機をするつもりだったのに、呪いを掛けられた当人の芦屋ミツルの方がやって来たのだ。
「こいつが教えてくれてね」
腰の辺りの空間をさする。
ユウキには見えないが、その辺りには妖怪の首があった筈だ。
「この女の首ね、普段は真っすぐ見ているのに、そのサムライさんの居る方角を向くと、目を逸らすんだよ。
ああ、これは使えるなって思ってね。
近づけば近づく程、苦悶の表情になっていくし、君を探すレーダーとしては最適だよ」
「……絶対恨まれてる。
その妖怪、解放されたら魅入ったあんたの依頼者じゃなく、あんたの方を取り殺すぞ」
「まあ、その頃には俺が寿命か病気か事故で死んでんじゃね?
体まで喰われたし、こいつが力を取り戻すのは数十年は掛かると思うし」
芦屋が訪ねて来た理由は、呪いの依頼主が分かったという報告だった。
「やっぱり霊感商法で恨まれてたんだろ」
そう言うユウキに、芦屋は
「中らずと雖も遠からず」
と答える。
以前、結構な霊障に悩む女の子がいた。
芦屋はそれに気づき、簡単な除霊をしてやった。
インチキな呪文を唱え、それをカモフラージュに家の模様替えを指示、霊道を変えて彼女の居る辺りを迂回するようにした。
気の流れを変える事を得意とする陰陽師ならではの方法である。
これで霊障がピタリと止む。
女の子は大いに感謝した。
彼女からの報酬は、学食で1ヶ月おごって貰う、それだけであり、ここに恨みは全く生じていない。
だがこれがとある男を怒らせた。
その男、霊障に悩む女の子の彼氏だったのだが、霊障の時に
「そんなのねえだろ。
テキトーな事言ってんじゃねーよ、メンヘラ女」
と罵倒し、喧嘩となってしまった。
そこに見た目チャラ男の芦屋が、問題を解決した上に、仲良く学食で一緒に食べている。
さらに、喧嘩が拗れて別れを切り出された事で恨みが頂点に達した。
そこで、どうした訳か呪術師を見つけ出し、芦屋を痛い目に遭わせて欲しいと依頼したという事だ。
「よく分かったね」
「まあ、蛇の道は蛇っていうし、こっちの世界にはこっちの世界なりの調べ方が有るんよ」
詳しくは教えてくれない。
言ってもユウキには無意味な事だ。
「で? 俺に何の用?」
「そいつ、呪いを依頼した事は白状したけど、誰に頼んだのかは口を噤んでしまってね。
そこで、ちょっと痛い目に遭わせてやれば良いかな、って」
「俺、暴力行為には反対だな」
「誰も君には頼んでないよ。
後ろのサムライさんに頼みたいんだ。
サムライさんにオラオラ百連発でもして貰えば、流石に吐くかな、って」
「情報じゃなく、胃袋の中の物を吐くんじゃないの?」
そんな話をしていたら、急に芦屋の表情が険しくなる。
「ん?
ちょっと待って。
変な気配がする……。
非常に禍々しい。
こいつはヤバい。
あと、君の背後のサムライさんどこ行った?
馬飼いと従者の爺さんの霊はそこで震えてるけど……」
ジリリリリリ…………
急に火災報知器が鳴る。
慌てて部屋の外に出たユウキと芦屋は、そこで燃えている何かを見た。
「見える人」である芦屋には、更に他のモノも見える。
「燃えてるの、呪物だよ。
しかもとびきり凶悪なやつ。
そしてその奥で、何かが死んでる。
ユウキ君には見えないかもしれないけど。
あれは多分、俺たちの業界では式鬼ってやつだな。
ちょっとシャレにならないやんか。
おサムライさん、一体どうしたん?
うん、うん。
目つきが気に入らないから殺したって……。
あの呪物は?
贋仏像で、御仏を冒涜しているから燃やした??」
使い魔である童子は、芦屋の気配を追ってユウキのアパートまで寄って来たのだ。
使い魔であるそれには、長沼五郎三のヤバさは分からない。
自分の縄張りに近づいて来た事と、使い魔ならではの無表情を不快に思った長沼五郎三は有無を言わさずそれを殺したのだ。
そして、それが持って来た物を見て仏像らしいものが、霊ならでは視野で、仏像を模った贋物と見るや焼き討ちしたのだった。
なお、その像は金で出来てるっぽいから、一見値打ちものに見える。
それを燃え上がらせている鎌倉武士の火矢……、金じゃないにしても金属をこうも破壊するとは、一体何℃の火力だったのか?
なんかポポポポポ……という音と
(ゼッ◯ン、ゼットー◯……)
というしゃがれ声が聞こえた気がしたが、絶対気のせいだろう、うん、気のせいだ。
金という元素を産んだのは中性子星同士の衝突による高エネルギーで、それは1兆℃に達するというが、まさかね……。
この件、ユウキは何もしていないのだが、自分の部屋の前でボヤとはいえ火事が起こった事でさらに大家に嫌われ、立ち退きを要求されてしまう。
とんだとばっちりであった。
そして呪術師は、自室で気を失っているところを仲間たちに発見される。
介抱して目を覚まし、その直後に曰く
「呪いをかけたら、反撃されて斬られた……。
それに物凄い熱で焼かれた……」
童子や呪物のダメージが、見事に跳ね返ったようである。
おまけ:
次の晩も長沼五郎三は、皆川ユウキの守りを本来の守護霊に任せ、外出しようとする。
馬飼いが声をかけた。
彼は現代人の霊である。
「ご主人、サッカー学びに行くんスよね?
サッカーじゃ分からないっスか?
洋式蹴鞠っス。
あ、洋式も分からない。
昨日見ていたあの競技っス。
なら、俺も連れてって下さいよ。
1人でやってもつまらないっスよ」
一方、夢枕に立たれて迷惑している蹴鞠の名人は、ある策を巡らせ、伝手に伝手を重ねてどうにかサッカー選手に依頼をする事が出来た。
「ちょっと文化交流をお願い出来まへんか?
日本の伝統文化蹴鞠を体験しましょうや」
とJリーグのナイジェリア人選手を自宅に連れて来たのだった。
(流石のサムライでも、これにはビビッて話しかけられへんやろなぁ。
そんで何も話せへんかったら、これでおしまい言えばええねんな)
甘かった。
和三盆糖以上に甘かった。
鎌倉武士にとって、言葉が通じないとかは些細な問題である。
まして、今日は通訳がついて来ていた。
「うお~、黒人選手や、かっけ~!
ご主人、トップリーガーっスよ、凄いっス。
これは教えて貰い甲斐がありますね!」
ナイジェリア人選手はいきなり幽霊に出会って驚くものの、ナイジェリアとて魔術とか精霊とかそんなのが普通にある国。
適応した。
その日から主従は、サッカーの技を学ぶ事になる。
鎌倉大転換とか、烏帽子越とか、人間弓箭とかを……。