呪術師は執念深い
この章、ちょっと殺伐としているので、あとがきの方でもう一個ストーリーを書きます。
「幸徳井さん、ちょっといい?」
ゼミ生間の連絡用LINEを使って、幸徳井晴香を呼び出した皆川ユウキは、自身に呪いの影が無いかを視て貰った。
「……だから、そういう人と縁を持つのをやめなさいって言ったのに」
事情を説明するユウキに、晴香は呆れたように溜息を吐いた。
本当に、霊や妖怪なんかより人間の方が始末に負えない。
霊や妖怪は、波長が合わなければ何もして来ない。
見えない人は、それらから害される事はないのだ。
だが人間は、全方位に迷惑を掛けて来る。
迷惑を掛けにやって来る。
「なんか、迷惑掛けたようでごめんなさい」
「そうよ!
ユウキ君、気をつけた方が良いからね。
幸か不幸か、霊的なものは『見えない』人だし、強過ぎる守護霊がいるから、向こうの方から避けて通ってるけど、本体の方が他人に利用されやすいオーラを纏ってるからね。
人間の方が、災いから避けるよう注意しないと」
「……でも、今回余計な事をしたのは、背後の長沼さんなんだけど」
「しょうがないじゃない。
鎌倉武士なんだもん。
動物霊を見たら、矢を射かけるに決まってるじゃない。
鎌倉武士に自重しろとか、馬に二本足で走れって言うより無理な話なんだからね」
「……よく理解出来た」
確かギンシャ〇ボーイとかいう馬は二足で走っていたように思う。
「でも、とりあえずユウキ君に呪いの影は見えない。
聖なる気を放つ悪魔超人、神聖蛮族霊というべきおかしな霊だから、呪いとか弾くと思うよ。
でもまあ、確かにその人が言ったみたいに、周囲の人間に災厄が飛び散らないよう、注意しないといけないわね」
「分からないんだけど、呪われてる人にはそれ以上の呪いは来ないのに、強力な守護霊を持つ方には呪いが来るって、どういう事?」
その質問に晴香は
「暴力団に例えると、より強力な暴力団に集られてる人に、それより弱い暴力団が近づかないようなものなの。
例えそこにいるのが下っ端の構成員でも、バックが怖い、上位の組織なら手を出せない。
下手したら抗争になるからね。
貴方のとこには、暴力団は居ないからやって来るんだけど、貴方を守ってるのはアメリカ海兵隊みたいなものだから。
しかも地位協定がないから、基地に近づいた瞬間に全力で発砲をする。
怖いのはこっちなんだけど、分からないのよねえ。
そして、無差別に発砲するから、流れ弾が来そうでこっちも怖いのよ」
そう言うと、晴香はどこかに電話をし始めた。
そして
「手配出来た。
ちょっとしたアイテムを作って貰うから、それを渡すまでゼミは休んだ方が良いよ」
と言って来た。
「言っちゃなんだけど、今の俺って呪い無効、精神攻撃無効、憑依なんかの状態異常無効状態なんでしょ?
呪いは効かないのでは?」
「ユウキ君はそうでも、他にとばっちりが行くのが問題!
ユウキ君に先んじて、後ろの長沼さんが勝手に呪いを打ち破って、まき散らかすから。
さっきも言ったでしょ、貴方を守っているのは、地位協定の無いアメリカ海兵隊みたいなものだって。
呪いが飛び散るのもあるし、長沼さんのパワーが周りに被害を出すのよ。
そしてユウキ君は『見えない』し、どの道制御出来ないでしょ。
今回の護符は、呪いの気配を察知して反応するから、その時は人から離れて欲しいの」
「そういう事か……理解しました」
ユウキは、しばらく自宅待機をする事にする。
(まあ、取り越し苦労であれば良いけど、全く呪い霊も感知出来ない上に、長沼さんがそれを勝手に弾いているから、知らず知らずのうちに他人に迷惑を掛けているかもしれないな)
ユウキの淡い期待は外れる。
晴香が自宅待機をさせたのは正解であった。
それは零感のユウキにも分かる形で襲い掛かって来た。
「集めたぞ……。
虫を百匹も集めたぞ……。
これを殺し合わせる……。
共食いをさせる。
それで最後に生き残った1匹を……」
これは呪法の中でも有名なものであろう。
呪術師はこの邪法を使い、強力な呪いを放った。
目標は、依頼主が憎む芦田ミツル。
しかし、この呪術師はまだ気づいていない。
芦田ミツルは既に、もっと呪われている為、今更この程度の呪いでは効果が無かった。
妖怪の首という特級呪物に弾かれた呪いは、彼の周囲の人間を襲おうとする。
それは、前回呪いの媒介を潰して喰った、長沼五郎三の愛馬・至月の方へと向かって行った。
ユウキには呪いの余波は及んでいないが、呪いそのものを喰ってしまったモノは、いわば呪術師からマーキングされたようなものである。
呪いが厄介なのは、まだ強い相手を恐れる霊や妖怪と違い、強い相手にも向かっていく事である。
感情が無いのだ。
呪いに対し、より強い呪いが掛けられると、その力によって消滅するか、呪う対象を見失って周囲に迷惑を掛ける。
今回は術者の呪いの力をトレースして、そのままユウキの家に向かう。
この時、霊ならば長沼五郎三の神聖さに惹かれるとか、逆に余りに強さを恐れて逃げ出すだろう。
だがユウキは呪われているわけではない。
だから反発が起こるわけではない。
呪いの媒介は、ユウキの背後に居る長沼五郎三が乗っている馬目掛けて突き進む。
長沼五郎三にしたら、面白い遊び相手が来たようなものだった。
ユウキが外出しないから、彼は退屈でならなかった。
外出する事は出来るが、それは彼がマーキングした場所限定であり、彼の館であるユウキ自身が出歩かないと新しい場所には行けない。
例え行けても、認識出来ないのだ。
それは「霊にとって場所とは意味を持っていない」という幸徳井晴香の説明の通りである。
大体、彼が生きていた時代と現代では全く異なる。
ビルを見たって、それが何か分からない以上、長沼五郎三には意味を成さない。
彼の時代から存在した京都御所とか下鴨神社とかだから、彼は喜んだのだ。
そんな訳で、退屈を持て余していた長沼五郎三は、愛馬を襲おうとした呪いを相手に大立ち回りを演じる。
一瞬で潰せば良いのに、あえてぶっ叩いては逃がし、また襲って来る呪いを太刀で削いでは、また敢えて逃がす。
要は遊んでいた。
だが物理的に人間を殴れる霊の遊びである。
それはポルターガイスト現象という形で現れた。
姿は見えないのに、ブーンという虫の羽音が、あちこち逃げ回ってるのが分かる。
倒れる本棚、割れる食器。
壁にガンガンぶつかる音がして、隣人からはうるさいと怒鳴られ、ついには大家から
「皆川さん、迷惑行為は困ります」
と注意を受ける事になる。
(なにこれ、俺が悪いの?
俺の肉体にも精神にも被害は及んでないけど、騒々しい人間だって悪評が立つじゃないか。
これって、呪いか?
それとも嫌がらせなのか?)
害を被ったのはユウキだけではない。
やはり呪いは術者にも跳ね返っていた。
「痛い、何か切られた感覚がした。
グハッ、どこかに叩きつけられたように思う。
ウウウウ……何か突き刺さった……。
あ、また何かに食われている感覚が……。
なんだよ、呪い返しにしては度が過ぎているじゃないか……。
おのれ、芦屋ミツル……。
この恨み、晴らさでおくべきか……。
お前がどんな強力な霊能者であろうと、絶対に倒してやる……」
呪術師はしつこかった。
そして勘違いにはまだ気づいていなかった。
おまけ:
皆川ユウキという真面目っぽい人間にも趣味はある。
その日、彼はサッカー日本対ブラジル戦をテレビ観戦していた。
「おおー」とか
「あー、惜しい」とか声が漏れる。
「痛っ!」
急に殴られた。
現世に強制介入可能な守護霊が、恐らく事情を聞きたいのだろう。
「これは日本と、海の向こうにある国との蹴鞠の試合のようなものです。
蹴鞠と違って、相手の陣地に鞠を蹴り込んだ回数が多い方が勝つものです。
相手の国は、物凄く強いので、こうやって応援しているんです」
守護霊たる鎌倉武士・長沼五郎三はよく分かっていない。
国という概念が薄いのだ。
なにせ、彼は元寇すら起きていない時期に人身御供となった為、挙国一致のような事が分からないのだ。
ただ、ブラジルの足技には魅了されたようだ。
その晩、また本来の守護霊に留守を任せて外出。
現世の蹴鞠の名人の枕元に立ち、夢に強制アクセス!
「ひっ、また貴方ですか?
蹴鞠の技は教えましたやろ。
まだ何か?
え?
後ろに鞠を蹴って、他の者に渡す技?
相手に当たって鞠を奪う技?
おサムライはん、サッカー見ましたな?
それはバックパスとかボール奪取とかで、蹴鞠の技やおへん。
教えろ?
そない無体な事言わはってもなぁ……。
無理やったら分かる奴を教えろ?
ほな、それはまた今度で頼みます。
今はそん人も寝とりますやろ?」
とりあえず、その日は引き下がったようだ。
目が覚めた後、競技者は頭を抱える。
「僕、サッカー選手に知り合いいいひんのに、どないせって言うんや……」