怖いのは人間の方
この回からちょっとした長編(10話程度)になります。
1章使います。
「では、金は払ったぞ。
確実に奴を呪ってくれ」
「分かってるさ。
俺は人を呪うのが仕事だ。
報酬を貰った以上、やる事はやるよ。
まあ、既に呪いは放たれているんだけどな、ククク……」
関西のどこかで、そのような話がされていた。
今でも存在するのだ、呪いを稼業とする者たちが。
無論、表立って営業はしていない。
知る人ぞ知る稼業なのだ。
だが、依頼を受けてとある政治家をも呪ったりしたこの男は、思わぬ反撃を食らう。
呪いが跳ね返されたのだ。
「ふん、やるじゃないか。
流石は霊能者って事だな。
万が一の事を考えて、呪い返しへの対応をしていなければ、俺の方が危なかった。
本気で……呪ってやるよ……。
ちょっと痛い目に遭わせれば……とか、甘い事言ってられねえな。
呪い返しなんて小癪な真似をした、お前が悪いんだぞ……」
その男は暗い情念を燃やす。
「ユウキ君……」
皆川ユウキは、青白い顔の男に夕闇の中、声を掛けられて驚く。
「うわ、びっくりした!
芦屋君?
どうしたの?
ゲッソリしてるけど……」
見ると、いつもチャラチャラして明るい芦屋ミツルが、暗い雰囲気を漂わせている。
「忘れたのかい?
君の守護霊のサムライに、討ち取った妖怪の首をくっつけられたんだよ。
そいつ、死んではいないからさ。
夜な夜な、ポポポポポポと嫌な声で泣くんだよ。
夜、ろくに眠れないんだよ。
ゲッソリもするさ……」
そういえばそうだった。
強引に背後の武士の霊を巻き込んで、妖怪退治に協力させられた。
守護霊・長沼五郎三はその妖怪を討ち取った後、子孫であり依り代でもあるユウキが妖怪の首を自分の腰に結わえつけるのを拒否した為、巻き込んだ張本人の腰に無理矢理結びつけたのだ。
ざまあみろと思わなくもないが、ここまでゲッソリするとなれば可哀想である。
可哀想ではあるが
「悪いけど、俺に出来る事はないよ。
ご先祖様、俺の言う事なんか聞いてくれないから」
「何の話?」
「その腰の妖怪の首をどこかにやってくれ、って話でしょ?」
「違う、違う。
確かに取り外して欲しいとは思うけど、今はいいよ」
「悪趣味ですね……」
「でも、今日会いに来たのは、この首とも関係ある話なんだ。
ちょっと河岸変えようか」
落ち着いた場所で話を聞くと、中々に物騒な話であった。
「俺さあ、誰かから呪われたんだ」
「へー--」
「呪いなんて有るんだ? って表情だね。
有るんだよ。
呪いは媒介するモノがあるんだけど、それが俺の前に現れた」
「ふー-ん」
「ちょっとは興味持ってよ。
でさ、その呪いを運ぶモノが、この妖怪の首には近づけずに弾き返されたんだよ。
そりゃそうだよね。
ここにもっと強力な呪物があるんだから、生半可な呪いは、より強い呪いの前に効力を発揮出来ないわけだ」
幸徳井晴香が教えてくれたように、妖怪と霊ならば妖怪の方が強い。
妖怪と呪いならどちらが強いか分からないが、人間の呪いよりは妖怪の方が強いんじゃないかな?
まあ、あの鎌倉武士が手こずったくらいだし、相当に凶悪な妖怪なのは間違いない。
妖怪が人間を祟った話は聞くが、妖怪が人間に呪われたって話はまず聞いた事がない。
そんな妖怪を首だけにして、深く恨みを持った呪物にしてしまった。
妖怪の首なんていう特級呪物を腰からぶら下げていたなら、それ以下の呪いなんか跳ね返してしまうだろう。
毒を以て毒を制す、というか。
「妖怪の首を取って欲しいんじゃなければ、何で俺に会いに来たんすか?」
ユウキは疑問を口にする。
ゲッソリする程の呪物を自慢しに来たってのは、何か違う感じだ。
用が有ったんだろう?
「そうそう、用件なんだけどね。
俺に呪いを掛けた奴が、君も狙わないとも限らないと思って、警告をしに来たんだ」
「は?
なんで俺?
恨みを買う覚えはないんだけど?」
「俺も無えよ」
「いやいや、霊感商法で恨みを買ったんじゃないの?」
「俺、そっちのビジネスは凄く善良的にやってんのよ。
今はね」
「今は、って……」
「そうだろ?
今、詐欺やってるとか、恨みを買ったとかで大学に目をつけられて、退学とかなったら、就職出来ないじゃないか」
「霊感商法一本にすれば良いだろ」
「それで大儲けしたら、本当の詐欺だよ。
本当に俺の能力が凄いならそれもアリだけど、本当なら今回の呪いも自力じゃ返せない程度の力しか無いんよ」
「でも、その妖怪を撃退しようとしたり、無茶やってるじゃないか」
「こいつのは、こんな強い奴と分からんかってん。
俺は自分の力量はわきまえてるから、本当は強い相手には喧嘩売らないよ。
マジ、ヤバいからな。
でも俺、偶然この首のお陰で呪い返しに成功したから、強い奴と思われてんね。
より強い呪いを放たれてんで」
「それはご愁傷様。
で、なんで俺にとばっちりが来るわけ?」
「第二、第三の呪い返しも成功したら、多分術者が大変な事になるから問題ない。
でも、それすらも効かん相手やったら、周囲の人間を使った攻撃に切り替えると思う。
俺の霊的な防御力が強いと思ったら、霊的に弱い奴を使って俺を襲わせんねん。
例えば、呪いに操られた奴が、俺を交通量の多い車道に突き飛ばすとかな」
「俺に呪いが……掛かると思う?」
「多分大丈夫。
そのサムライが返り討ちに…………した」
「した?
過去形?」
「うん、見えないって良いね。
今、俺の周囲を飛び回っていたカラスがいたんだけどさ?」
「夜にカラス?」
「カラスは呪いの媒体としては、かなり強力なモノが具現化してるよ。
神の護符にも使われてるくらいでね。
呪われた相手にしか見えないんだけどさ。
そのカラスがね、サムライさんに矢で撃ち落とされた」
「はぁぁ??
もしかして、俺に対する攻撃だと錯覚したのかな?」
「……見た感じ、狩猟感覚。
面白半分で狩ったようだよ」
「ご先祖様ぁぁぁ、何やってんすか!?」
「えー、呪いのとばっちりが行って、君自身は大丈夫だと思うけど、君に弾かれた呪いが更に周囲の人間に行くかもしれないって言いたかったけど、もう遅かったね」
「早く言ってよ!
なんで今頃言うんだよ」
「うん、呪いの媒体を攻撃された事で、術者が倒れていればいいね。
もし無事なら、俺を俺ではないもっと強力な霊能者が守っていると考えて、攻撃して来るかもしれないね。
今更だけど、君も当事者になったっぽいから、気をつけてね」
「……ここに来る時、既にカラスは見えていたんでしょ?」
「ナンノコトカナー?」
「最初から、うちの先祖使って、呪い返しをするのが目的だったんじゃないか?」
「ソンナコトナイヨー」
零感のユウキには、やはり霊よりも人間の方が恐ろしいと思わせる事であった。
なお、長沼五郎三が射落としたカラスは、またも愛馬・至月によって喰われていた。
「ぬおおお……。
全身が何かに噛まれて、咀嚼されているような感覚だ……。
何者だ?
この俺の呪術にここまで対抗するとは……。
ここでナメられたら、呪い屋廃業せんとならん。
意地でも勝ってやる」
関西のどこかの路地裏で、呪術師が全身を襲う激痛に耐えながら、どす黒い殺気を放っていた。
次話は明日18時にアップします。
(今後ですが、もう一個の連載と重なる日は18時、そうでない日は17時のアップでいきます)