妖怪と霊と
「……という事があってね」
皆川ユウキは大学のカフェテリアで陰陽師の子孫・幸徳井晴香に先日起こった事を話す。
流石に学問の場であるゼミ室で、オカルトな話を真面目にしていると、軽蔑視されるから場所を変えたのだ。
実際、ユウキも何も無かったら、そういう話を真面目にしていたら、
(なにこの胡散臭い奴)
という目で見ていただろう。
「……そういう人と付き合わない方がいいよ。
絶対、面倒事を背負わされるから」
晴香はそう注意した。
彼女はその能力もあって、色んな「見える人」を観察して来た。
一番厄介なのは、中途半端に祓う能力まである人だ。
自分の実力もわきまえず、強力な存在にも喧嘩を売りかねない。
そして、もっと強力な力を持つ人間を見つけると、利用しにかかる。
ちょろっと邪を祓って金儲けをするような人間は、自分じゃ勝てない相手を見つけたら、更に強い人間を上手く利用し、成果だけを自分のものにしたりする。
ユウキにもそれは分かっているが、どうも相手のペースに巻き込まれて、嫌なのに巻き込まれてしまう。
遠い先祖の猛獣っぷりと裏腹に、江戸時代からこっちのユウキの家系は、人の良い半農半士の豪農であり、どうも他人の為に何か助けてしまう傾向にある。
そう言えば、本来の守護霊であるユウキの近い先祖は、遠い先祖である長沼五郎三のパシリをしているようで、強く出られない気質が色濃く出ているように思える。
「まあ、その芦屋って奴は置いといて、この豪傑である長沼五郎三さんが一時間も戦っていたって、多分初めてなんじゃないかな?
物凄く強力な何かだったんだろうけど、何か分かる?」
晴香はう~んと唸って、考え込む。
「それ、妖怪だよね、絶対に」
「妖怪じゃないかな。
前に聞いた人の念とかでは無さそう」
「人の念から生まれた妖怪もいるけどね……」
幸徳井晴香は、陰陽師の家系らしい解釈で、霊と妖怪についての解説を始めた。
「霊ってのは、生物の念が残ったもの。
これは生きてる、死んでる関係ない。
念っていうのは精神に作用するものだから、見える人ってのは波長が合う人っていうのかな。
だからこそ、引き込まれるんだよね。
念ってのは脳に働きかけるものだし。
共鳴する人間の脳の作用で見えるものだから、本当は心霊写真なんて……いや、これ以上はちょっとやめておく。
どこにどんな人間の敵がいるか分からないから。
で、妖怪っていうのは……正直よく分からない存在。
半分神様って感じかな。
神様は神様でも、一神教でいう創造主ってものではなく、万物に宿る神性というか……。
流れない水の上に宿る空気の淀みとか、神木から出る清浄さとか、鬱蒼とした森への恐怖とか、人々が仰ぎ見る山への畏怖とか、そういうのが何かに投影されたもの。
それはやはり波長が合う人にしか見えないけど、霊と違って物理的に害を為したりする。
科学的に説明すれば、淀んだ空気に潜む何かのガスが影響したとか、祟りとか関係なく山では疲労するから幻覚を見やすくなるとか、色々言えるけどね。
陰陽師って、そういうのが分からなかった時代に、空気の流れを良くして淀んだ場所を無くするとか、変な気が集中しやすい物を別な場所に移すとか、そういう事をやってたわけね。
そういう神か妖怪か、分からないけど人に影響を与えるモノを『鬼』って言ったりしたけど。
で、霊と違ってそういう『鬼』は、人の念が無くても、その場所が醸し出す雰囲気というか、そういうのがあると不滅なの。
ちょっと言い方間違ってるかもしれないけど。
だから、正直言って霊よりも鬼の方が強いと思うし、場所とか状態が続く限り寿命なんて存在しないと思うの。
それを倒すユウキ君の守護霊の方がよく分かんない。
本当によく分かんない」
「要するに、妖怪は場所とか自然とか、そういうのが生むモノ。
霊は生物の思念が生むモノで、自然が生むモノの方が本来なら強いって事?」
「まあ、そういう解釈で良いと思う」
「……で、質問、
この話を聞いてるうちの御先祖、長沼さんの方だけど、どんな表情してる?」
「うー----ん……
『そんな強い奴がいるなんて、オラなんだかワクワクすっぞ!』
って表情になってる」
「やっぱりそうか……。
先日も、相手が強いと聞いたら、俄然やる気を出して来たみたいだし……」
「ねえ、ユウキ君」
「はい」
「絶対腕試しとかしに行ったらダメだからね」
「行く気は無いけど……」
「あ、ユウキ君に言っても意味ないか。
肩の向こうの長沼さん、いいですか?
災いを成す荒魂でも、祭る事で和魂となり、それで人々に恩恵を与えているんですからね!
一見して邪悪な存在でも、そこに収まる事で安定してる場合もあるんです。
いくら強そうだからって、そういうのに喧嘩売っちゃダメですよ!
分かってるって、ってな感じで手をひらひらさせてますけど、信用出来ませんから!
京都には貴方よりも古い、怨霊と呼ばれて恐れられると共に畏怖され、その信仰によってほとんど不死身となり、天変地異を起こすようなモノが多数いるんですよ。
坂東で言うなら、将門公のようなものが。
ほら、是非手合わせしないと、てな感じで笑顔にならないで下さい!」
ユウキは歴史に詳しい。
京都の神社には他戸親王(怨霊歴約1200年)、早良親王(怨霊歴約1200年)、菅原道真(怨霊歴約1100年)、崇徳上皇(怨霊歴約850年)等の御仁が祀られている。
間違ってもその方々を叩き起こすような事をしてはならない。
ガチでシャレにならない。
今は祀られて、神とされて大人しくしているだけなんだから。
(例え殴られても、そんな場所には行くまい)
そう心に決めた。
……もっとも、これらの怨霊の内の一柱と関わる事になるのだが、それは後の話としよう。
おまけ:
遥か以前に考えたネタ(自分のサイトにアップしたけど、もう消えたので)。
地球より遥かに文明の進んだ星よりの侵略者が世界各地に現れた。
三足歩行戦車により都市を蹂躙し、怪光線が人々を殺戮していく。
自衛隊も米軍も、この異星人の機械に歯が立たず、犠牲を増やすばかりであった。
彼等は長い間地球を研究していた為、彼等の世界では絶滅した病原体や汚れた空気に対しても、フィルターを使って防護していた。
しかし彼等の中で、京都に現れた機体は、急に機能を停止して倒れる。
見ると、中の異星人が悉く死んでいた。
「ああ、あれのせいだな」
宇宙人の三足歩行戦車は、白峯神宮、北野天満宮、御霊神社等を踏み荒らしていたのだ。
「至急、東京も確認せよ。
あの場所を踏み荒らしていたなら、我々にも勝機はある!」
思った通りであった。
大手門の将門塚の直上にいた異星人の機体は、謎の転倒と中の異星人の死亡が確認されたのであった。
「全世界に連絡せよ。
敵を怨霊地雷に追い込め!
それで勝てる、と」
(おわり)
次話は明日17時にアップします。