第9話
前回までのあらすじ……魔人の登場により、黒の瘴気を纏ったエアリス。絶体絶命かに思われたが、そこへ今世の母親であるキサラ・レッドハートが登場する。
「私は―――あなたを殺す」
キサラはそう言い放ち、氷の切っ先を魔人へと向ける。
「くははは!!いいですネェ、あなたも面白そうだ!!
その挑発、受けて立ちましょうか!!」
「おかぁ…さん」
母親に会えた嬉しさとはまた別に、苦しみと悲しみが入り交じり、俺はもうよくわからなくなっていた。意識も徐々に薄れていく。
「リオナ……ごめんなさい」
母さんは、俺の頭を優しくなでる。あたたかい……。
そうして、もう一方の手を空に向けると、ぶつぶつと詠唱を行う。
氷の粒が一瞬にして掌に集まると、徐々に犬のような、狼のような……俺の身長よりも大きい……。そんなシルエットができた。
「……召喚魔法、“フローズンハウンド”
……さぁ、リオナをここよりももっと遠くへ」
フローズンハウンドは俺の服を咥え、ひょいっと背中に乗せる。見た目は氷像なのだが、なぜだろう、温かい。
「生きて、リオナ。必ず、生きて―――」
いやだ、お母さん。おいてかないで。…そんな言葉すらも出ないほど、苦しかった。聖母のような笑顔、天使のように美しい母さんの笑顔を向けられ―――。
それを最後に、俺はついに意識を失った。
―――
――――――
暗い―。どこだろう。宙を漂うみたいにふわふわしてて……。
だけど……あたたかい…。
「うっ……まぶ……」
暗闇から差し込む光が眩しい。目がなかなか慣れてくれない。
「どこ……だ?ここ」
眩しくて見づらいが、屋内……ベッドの上っぽいけど…。
そのままきょろきょろと辺りを見渡してみる。完全に知らない場所だ。ベッドだって……知らない人の匂いがする。それと……なんだろうこの“赤い宝石のペンダント”。いつの間にしてたんだろう。
俺は、とりあえずベッドから降り、ぺたぺたと裸足で家の中を歩き回る。
「おや、起きたのかい?」
俺の足音に気づいたのか、その男は声をかけてきた。
「目が覚めてくれてよかったよ。まるっと三日は寝込んでたからね」
「三日も……?寝込んでたってことは、おじさんが介抱してくれたの?」
「厳密にいえばもう一人、僕の奥さんがいるんだけどね。メインはそっちかも」
三日も……。
「ありがとう、おじさん」
俺がそうお礼をいうと、にこっと笑顔を向ける。
「どういたしまして。
気を失った状態で犬の氷像に運ばれてきたから、何事かと思ったけど……何があったんだい?」
「えっと、それは……」
それは……それは…?あれ……?どうしてなんだ?なんで俺は今まで寝込んでたんだ?
「あれ……?あれ…?なんで……?わかんない……」
その男はとても不思議そうな顔している。
「記憶喪失…かい?」
そうかもしれない。というかそうだろう。うん、と返事をしうなずく。
だけどなんだろう、このもやもやとする感情。何か、大切なことを忘れている気がする。
「帰ったのだわ、アキト」
「おかえり、ヴェル」
考え込んでいるうちに、奥さんが帰ってきたみたいだ。
「あら、起きたのね。痛いところはないのかしら?」
さすさすと体をさすり、俺の状態を確かめる。
「はい。ありがとうございました」
「あら、お礼が言えるのね。偉いのだわ」
にっこり笑顔で、ヴェルは俺の頭を優しくなでる。
「この子、倒れる前の記憶がないみたいだよ、ヴェル」
「ふーん……ま、思い出せないのなら無理に思い出す必要はないと思うのだわ」
ヴェルの頭なでなでが終わる気配がない。ずーっとこねくり回されている。
「想像はつくけどね。ねぇ、あなた名前は?私はヴェルメリオ・ルージュ」
「僕はアキト・T・ルージュさ」
「私は、リオナ……です」
「ふーん……家族名は?」
家族名……家族……?あれ?えっと……なんだっけか……?
「わか…りません……思い出せないんです」
ふーん、とヴェルはうなる。
「それは困ったわね。どこの子かわからない桃太郎ってことになるわね」
うーん、と、アキトとヴェルは困り果てる。
だけどヴェルは長く考えるのが苦手なのか、思いついたことを口にした。
「ま、考えるのもめんどくさいのだわ。
リオナ、あなたここで暮らしなさいな。今ここで外に放り出しても、モンスターに喰われてお終い……後味が悪いものになってしまうのだわ」
「それもそうだね。どうだい、リオナちゃん?」
「でも……迷惑じゃないですか…?」
ふふん、とヴェルは鼻で笑い、
「そんなの、子供が気にすることじゃないのだわ!私達を本物のお父さんお母さんと思って接してくれていいからね」
ヴェルの言葉に、思わずうれし泣きしそうになる。どうして、こんなに心が温かいのだろう。
「うん、わかった、“お母さ”―ぐっ」
ドクンッ……
突如、俺の脳内を、何かが過ぎる。過ぎった何かが、俺の脳へ苦痛を与えた。
「だ、大丈夫?!」
ヴェルが俺のもとへ心配そうに駆け寄る。うん、とうなずく。一瞬の痛みだったけど、一瞬だけだったみたいだ。
「大丈夫だよ、“ママ”、“パパ”」
いつの間にかお母さんをママと言い換えていた。お父さんをパパと言い換えていた。理由はわからなかった。でも、その時無意識に言っていたのは、事実だった。
赤い宝石のペンダントが、キラッと光った気がした。
おまたせしました第9話です!一応、幼少編はここで終わりの予定です。