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幻想異聞録ムーンデーヴァ  作者: 天槻悠奈
三章 幻想流転のフェスティバル
49/71

44話 モノクロリバーシブル

 終点・紫苑村に着いたのは、それから更に三十分ほど経った頃合いだった。

 気まずさが限界突破していた三人は、停車するなり外へ出る。

 バスに揺られて数十分。

 新鮮な空気に飢えていた月成は大きく息を吸い込むが、空気はどんよりと濁っていて、美味しくはなかった。

 よくよく観察してみれば、昼間にも関わらず辺りは薄暗くて不気味だし、背の高い木々がこちらに腕を伸ばして手招きするような形に枝葉を垂らしている。

 村と外とを区切る防壁の横に設置された看板は長年風雨に晒された為に色落ちしまっており、紫苑村という文字が薄っすら読み取れる程度。

 ポツポツ見える民家は今も人が住んでいるのか、廃墟なのか見分けがつかないくらいボロボロで、畦道の向こうに広がる田畑が辛うじて生活感を演出している。


『なんつーか、辛気臭ぇ場所だな。ココで合ってんのか?』

「地図によれば、この奥のはず」


 観光用パンフレットに記された地図にいわく、紫苑ノ塔に行くにはまず紫苑村を通り抜けなければならないらしい。

 紫苑村というのは、紫苑ノ塔のすぐ側に存在する小さな集落だ。

 これといった特産品はないものの、紫苑ノ塔への挑戦者や観光客が定期的に訪れるのでそれなりに賑わってはいるらしい。


『大将、あそこに茶屋があるぜ。休んでくか?』

「今はいいかな。帰りに時間があったら寄らせてもらおうか」

『そうだな。お、あっちには駄菓子屋もある! 知識として知ってはいるけど、行ったことねーんだよなー。ココも帰りに寄ろうぜ』

「そうだね……」


 村のメインストリートを進みながら、月成は黙々とついてくる白猫を横目で見やる。

 その表情は硬く、整った容姿も相まって人形感が増してしまっている。


(と、とんでもなく気まずい……! いや俺が悪いんだけど……!)


 白猫に問い詰められ、つい逆ギレみたいな言い方になってしまった月成にも責任はある。

 だが月成が多くを語らないのは、彼女達を信じていないからではない。

 むしろ信頼を置いているからこそ、不確かな情報を与えて惑わせたくないだけだ。

 龍神様の正体でもあり、十一年前の眠り姫事件の黒幕でもある邪神エストレラの存在を上手く説明できる自信もないし、四ヶ月以内に五奇譚ノ塔を制覇しなければならない理由も分からない以上、今は話す時ではないと月成は判断した。

 ただそれだけのこと。

 白猫には申し訳ないとは思いつつも、苦し紛れにパンフレットを読むフリをしてやり過ごすしかなかった。

 しかし、想像以上に落ち込んでしまったのが気がかりだ。

 バーンも気を遣ってか、あれこれ話題を振ってくれるものの、白猫の反応は乏しい。

 結局微妙な空気のまま、紫苑ノ塔に着いてしまった。

 紫苑ノ塔は煉瓦造りの古ぼけた洋館で、手入れのされていない庭は月成の腰くらいの高さの雑草が生い茂っている。


幻界(ラビリンス)というよりはお化け屋敷って感じだな…………あ? オイ、大将』

「なに?」

『いや、なんか向こうでトラブってねーか?』

「むー…………?」


 バーンの指差す方に視線を向ければ、確かに紫苑ノ塔の入口で月成よりも年下に見える少年が警備員と揉めている。


「……だからさ、見つけたらすぐに引き返すって! ちょっとくらい通してくれてもいいだろ!?」

「できません。紫苑ノ塔は危険度が極めて高い幻界(ラビリンス)ですので、原則ソロ攻略は禁止されています。どうしても通りたいのでしたらパーティー登録をしてください」

「だぁかぁらぁ! ボク様の仲間はこの中にいるんだってば! 何度言ったら分かるんだよ!」


 ……どうやら少年が一人で紫苑ノ塔に入ろうとして、止められているらしかった。


『…………大将より命知らずなヤツっているんだな』

「どういう意味?」


 バーンの小声を聴き漏らさなかった月成が真顔で振り返ると、バーンは明後日の方向に顔を逸らした。


『しかしどうする? チラッと聞いた限り、ワケ有りな感じだけど』


 漏れ聴こえた限りでは、彼はこの幻界(ラビリンス)に挑戦したいというよりは、中にある"何か"を探したいというような口振りだった。

 しかし月成の目的は寄り道せず可及的速やかに最深部まで登ること。

 少年の探し物まで手伝う余裕はない。

 ……でも。


「困っている人がいるなら、助けないと」


 例え自分に何のメリットがなくとも、困っている人がいれば手を貸す。

 それが鳴海月成のポリシーだ。

 月成の答えを聞いたバーンは、『大将ならそう来ると思った』と肩をすくめながら月成の後に続く。

 白猫は躊躇っている様子だったが、結局何も言わずに二人の背中を追う。

 三人が近づいてくる気配に気が付いたのか、少年がきょとんとした顔で振り向いた。


「…………ん? なんだ、お前ら?」


 至近距離で向き合って初めて、月成はその少年が風変わりな格好をしていることに気がつく。

 肩の高さまで伸ばした髪は頭の右半分と左半分でそれぞれ白と黒に染められていて、服の隙間から僅かに覗く肌は病的なまでに白い。

 くりくりとした丸い目は混じり気のない赤。

 真夏だというのに紺色のロングコートを纏い、大きな帽子を被ったその姿はどこか浮世離れしている。

 ……姿形は人に似ているのに、何かが決定的に異なると感じさせるその少年は、不意に口の形を三日月に歪めると、月成の手を取った。


「――そうだ! お前ら、ボク様とパーティー組め!」

「え?」


 青天の霹靂とはこのことを言うのだろう。

 月成の思考が一瞬停止した隙に、少年は月成の腕を引っ張って警備員の前に突き出す。

 

「おい警備員! パーティー登録すれば通してくれるんだろ!? コイツらと一緒なら何も問題はないよな!?」

「え? ああ、はい……?」

「問題ないならさっさと手続きしろ! はやく!」

「は、はい!」


 警備員達は顔を見合わせて困惑していたが、結局は少年の迫力に押される形で手続きをしに行く。

 数秒の間に目まぐるしく変わる展開についていけずに唖然としていると、少年がもう片方の手の人差し指を月成の眼前に突きつけてくる。


「というわけで、お前らにはボク様の人探しに付き合ってもらうからな!」

『いや、何も"というわけで"じゃねーんだわ。なんなんだオマエ』

「おお、よくぞ聞いた。ボク様は枡田(ますだ)ミツル! よろしくな人間ども!」

『名前を聞いたわけじゃねーんだよ』

「……なんというか、また濃い子が来たなぁ……」


 手続きが済むまでの間、ミツルと名乗った少年は手短に事情を話してくれた。

 どうやら、彼は観光目的で仲間数名と紫苑村に来たものの、紫苑ノ塔に行った仲間の連絡が途絶えたから探しに行こうとしていたらしい。

 しかし、一人では紫苑ノ塔に入れないと門前払いされていた所に月成達がやってきて、これ幸いとパーティーに組み込んだのだという。


「まぁ、俺も手を貸すつもりだったからそれは別にいいんだけど……」

『……ホント、大将といると厄介事には困んねーな』

「え? 俺のせいじゃないでしょう?」

『体は子供で頭脳は大人な某・名探偵並みに行く先々で事件引き起こしてるヤツが何を』

『そうですよツキナリ。おまえはトラブル体質です』

「白猫ちゃんまで……」


 心外である。

 別に行く先々で事件に巻き込まれてはいない。

 ちょっと学校で幻界化騒動に巻き込まれたり、鬱金香ノ塔で見知らぬ少年に喧嘩を売られたり、アニマコンテストに行く途中で謎の組織のテロに巻き込まれかけたりした程度なのに。


「ちなみにミツル、お友達の特徴とかは分かる?」

「んーと、一人は狐耳と尻尾が生えた子供で、もう一人は服のセンスが終わってるオッドアイのイケメンだな」

「個性が強い」


 少なくとも、これほど個性が強い相手なら一目見ただけで分かりそうだ。


「具体的にどの辺にいるかは分かる? あまり長期戦になると厳しいんだけど」

「それなら任せろ。ボク様は何度かここに来たことあるから、道順もトラップの位置も完璧に把握してるぞ」

「おお〜」


 ミツルはえっへんと胸を張る。

 子供の言うことなのでどこまで信頼していいかは分からないが、バーンも多少はマッピングができるので帰り道が分からなくなることはないだろう。

 とりあえずミツルが褒めて欲しそうにチラチラ見てきたので適当に拍手を送っていると、手続きに行っていた警備員が戻ってくる。


「手続きが完了しました。どうぞお入りください」

「来た来た! ボク様のスーパーラブリーミラクルナビゲートを見せてやる! レッツゴーシオンマンション!」

「ミツル、走ったら危ないよ」


 扉が開くなり全力ダッシュで飛び込んでいったミツルの後を月成達も追いかけると、背後で錆びた蝶番の軋む音を立てながら扉が閉じる。

 こうして、賑やかにお化け屋敷の探索は幕を開けたのだった。

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