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幻想異聞録ムーンデーヴァ  作者: 天槻悠奈
一章 蒼氷の姫は斯くも咲う
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20話 不確定アンノウン

『うぉっ、あっぶね……!』


 岩のような巨腕が振りかざされる度、背筋に氷塊を落とされたような悪寒がバーンを襲う。

 物質としての器を持たないバーンに心臓は存在しないものの、その概念に近い部位は存在する。

 生き物特有の、血と肉で出来たそれとは異なり、冷たく硬質な【核】は脈動するはずもないのに、体の奥で飛び上がる心地がした。

 攻撃を回避している内に判明した事実だが、アイスゴーレムはさほど知能が高くないらしく、突進や腕を振り回すなどの単調な攻撃しか繰りだしてこなかった。

 決まったパターンの繰り返しなので次の動きを予測しやすく、かつ大振りな分、生じる隙も大きい。

 慣れてしまえば回避は難しくない……が、自分の数十倍はあるだろう巨体に迫られる本能的な恐怖に、内心冷や汗が止まらない。


『クソ、大将はまだかよ……!』

「お待たせ、バーン君! 今どんな感じ?」

『かっっっる!? フツーそんな待ち合わせに遅れてきた女子高生みてーなテンションで来るかよ!? オレ様超頑張ってんのに?!!』


 助けを求めるように主の名前を呼べば、見計らったかのようなタイミングで背後から待ち望んでいた人物が顔を出す。

 が、交戦中とは思えないほど平常運転な様子に、バーンの額に青筋が浮かんだ。

 確かに呼びはしたが、緊張感のカケラもない月成に、碧い炎が激しく猛る。


『オマエらが呑気に作戦会議している間、オレ様はたった一人でゴーレムの注意を惹きつけつつ、室温の上昇と維持をしてたんだからな!? わかってんのかボケコラ!?』

「うん、見てたよ。全ての動きが最適化されてたね」

『呑気に! 言ってる! 場合かよ!』


 部屋全体を暖めるのではなく、アイスゴーレムの周りに薄く熱風の膜を張って囲んでいるのも、彼なりに試行錯誤して魔力消費を抑えようとした結果なのだろう。

 アイスゴーレムのヘイトを稼ぎつつ、一定距離を保って魔術を維持するバーンの動きに一切の無駄はなかった。


『んで? このあとはどうするんだよ?』

「バーン君は暖めることにだけ集中してて。俺と仔猫ちゃんで片付ける」

『相変わらず説明する気ゼロで草生えるわ~。オレ様の場合、草より先に炎が生えるけど。……え、まさかとは思うけど、無策に突っ込んでいったりはしねーよな?』

「大丈夫、策はあるから。――状態付与(つよく)筋力増強なぁれ

『待て、何する気だ? なんでアイスゴーレムの方に近付いてるんだ? オイ待て、オイ!』


 月成は自分に身体強化魔術をかけると、天井近くまで飛び上がり、黄金の剣を上段で構えた。

 いかに非力な子供の腕力といえど、この高さから全体重をかけて振り下ろせば、それなりの重さを持った一撃になる。

 頭部を狙って振りかぶった一撃は巨腕に塞がれてしまうが、暖めておいたのが功を奏してか、表面に剣が突き刺さった。


(うん、さっきよりは柔らかくなってるね)


 確かな手応えを感じた月成は間を空けずに剣を引き抜き、アイスゴーレムの腕を足場に駆け上がる。

 腕から腕へ、そして肩や頭に細かい傷がついていくが、どれもすぐに塞がってしまう。


「……自己修復系のギミックか。これまた面倒な」


 月成の表情が微かに険しくなる。

 エリアボスは普通の敵性生命体(エネミー)よりも強いと聞いていたが、下層に配置されていた妖精達とは明らかに毛色が違う。

 異常な硬さのみならず、攻撃力もそれなりに高く、おまけに自己修復機能まで付いている。

 戦いが長引けばこちらが不利になるのは明白だった。


「まぁ、元々長期戦を仕掛けるつもりはなかったけどっ!」


 語気を強めながら、瞬間的に腕力を強化してゴーレムの腕を押し返すと、月成は勢いに任せて旋回しながら跳んだ。

 アイスゴーレムは一番近くにいる者を優先的に攻撃する習性があるらしく、少し離れた位置に移動したバーンには目もくれず、すばしっこく駆け回る月成を追いかけている。

 斬りつけた後は一旦距離を取って、攻撃範囲外へ退避。

 回避後は再び斬りつけ……同じことの繰り返しだが、着実に相手を翻弄している。

 楽勝とまではいかないものの、初めて黒妖犬(ブラックドッグ)に襲われた時に比べれば余裕があると月成は気がつく。

 単純な個体性能差なら、アイスゴーレムの方が遥かに上回っているにも関わらずに、だ。

 その余裕が、戦うという行為に対しての慣れから生まれたものだと、月成は知っている。


「………………ふふっ」


 剣戟音と共に火花が散る中、月成の口元は知らずの内に綻んでいた。

 胸の奥底より湧き出でる衝動が、血流に乗って全身に巡り、喉を震わせたことで、月成はようやく己が笑っていると気がつく。


(……俺、笑っている? 何故?)


 笑うような状況でないのは百も承知だ。

 そもそも、まともに声を上げて笑ったのは何年ぶりだろう。

 全身が熱に浮かされたように熱い。

 頭の芯が痺れて、思考がぼんやり薄れるが、決して悪い気分ではなかった。

 嬉しさとも、可笑しさとも異なるこの感情を形容できる語彙を、月成は持ち合わせていなかった。

 このまま本能に任せて剣を振るい続けていたかったが、背後からちくりと刺すような視線を感じて、渋々剣を退く。

 踵で大地を強く蹴り抜いた反動で後ろに飛び、アイスゴーレムと十分な距離を取ったと判断した月成は、背後に目線を送った。


「仔猫ちゃん、そろそろいけそう〜?」


 未だ興奮冷めやらず、上ずった声で呼ぶと、ぺたぺたと素足で床を踏む音が近付いてくる。


「――度胸だけは一人前ですこと」


挿絵(By みてみん)


 女にしては低く、艶のある声が反響する。

 大声を出しているわけでもないのに、あらゆる雑音を退けて鼓膜に響く声の持ち主は、堂々たる足取りで月成の右隣に並び立った。

 透け感のある薄手の布地をふんだんに重ね、砕いた真珠や小さな宝石を贅沢に散りばめたドレスの裾から滑らかな素足を惜しげもなく晒し、緩く束ねた二本の三つ編みをかき上げる若い女は、夢の中で何度も焦がれた彼女と同じ姿をしていた。

 生きた彫像が如く完璧な造形の彼女は、鮮やかな紫水晶(アメジスト)の瞳に月成を収めると、幼げな外見に似合わない冷めた表情で月成を見据えた。


「私をここまでコキ使えるのは、おまえくらいのものですよ。大した才能です。褒めて差し上げましょう」

「いやぁ、それほどでも」

「戦闘でも早く、その度胸に見合うだけの実力を発揮してもらいたいものですね。なんですか、今の無様極まりないチャンバラごっこは? あれでは棍棒を力任せに振り回すトロールと変わりませんよ。まぁ、おまえにはゴリ押しできるだけの力すらも無いようですが」

「む、むぅ……いいじゃん、時間は稼げたんだから……」


 珍しく持ち上げられたと思えば、照れる間もなく急転直下の如き勢いで地面に叩き落とされ、月成は頭を掻こうとしていた手を所在なく彷徨わせる。

 感情の読み取れない仏頂面といい、叶未を上回る毒舌っぷりといい、怒っているとしか思えない態度だが、彼女の周りに漂う魔力は穏やかに凪いでいる。

 白猫の姿でいた時も終始ツンツンしていたが、月成が座れば必ず膝の上に飛び乗り、抱っこやナデナデを要求していたので、嫌われているわけではないはずだと月成は己に言い聞かせることでプライドを保った。


「……それでさっきも伝えた通り、この姿は消耗が激しいので、長くは保ちませんからね……ってちょっと、こら、聞いてますか?」

「あ……ごめん、聞いてなかった」

「…………はぁ」


 考え事をしている間に、いつの間にか話題が変わっていたらしい。

 月成が素直に謝ると、彼女は長い睫毛を伏せ、唇を薄く開いて微かに息を吐く。

 呆れられている。

 今すぐに殻を被って縮こまりたくなる衝動に駆られるが、それ以上に、月成はおよそ二ヶ月ぶりに解禁された人型の彼女に見惚れていた。

 無言で注視してくる琥珀色に気付いた彼女は、不思議そうに、あるいは不機嫌そうに、首を傾げた。


「なんです? 私の顔に何かついてますか?」

「ううん。綺麗な女性(ひと)は溜息を吐く姿でさえも星の女神が嫉妬するほど美しいんだなって思っただけ」

「……………………」


 月成が顔色ひとつ変えずにさらりと言い切ると、不意を突かれた彼女が月成を凝視したまま、停止する。

 突然動きを止めた彼女に対し、自分の言動がどれほど衝撃的だったのかまるで気付いていない月成は怪訝そうに眉を寄せた。


「仔猫ちゃん? どうかした?」

「少し黙っていてください。おまえの声を聴いていると集中力が致命的なまでに削がれます」

「むっ……きみまでそんなこと言うの? 酷いなぁ。俺の声ってそんなに変?」

「変ではありませんが、静かでゆったりした喋り方なので、聴いているだけで眠くなります。それ以上に内容が頓珍漢すぎて理解できませんが」

「ほんと? 睡眠導入ASMR配信とか始めちゃおっかな」

「それでは行きましょうか」


 月成の小ボケを強制的にぶった切ると、少女は瞳と同じ鮮やかな紫の光を全身に纏わせ、次の瞬間にはアイスゴーレムの背後に回り込んでいた。

 数秒遅れて外敵の接近を感知したゴーレムが振り返るより早く、しなやかな脚から強烈な蹴りを放たれる。


爆炎連撃バーニングラッシュ!」


 炎を纏った蹴りが、アイスゴーレムの拳を容易く弾き返すと、バーンが目を瞠る。


『す……すげーな、白猫の姐さん。普段から小さい体に見合わないパワーの持ち主だったけど、人型だと更に桁違いだな』

「三倍だよ」

『え?』


 意味が分からない、という顔で碧い瞳を瞬かせたバーンの頭をそっと撫で、月成は優しく語り始めた。


「どうして俺がさっき、攻撃が殆ど通らないと理解した上でアイスゴーレムと戦っていたかわかる?」

『えっと……ヘイト稼ぎか?』

「その通り。さて、仔猫ちゃんが変化が苦手なのはバーン君も承知の上だよね」

『あ、ああ。できたとしても数分くらいしか保たないって前に愚痴ってたよな』


 変化の術というものは、使い手の素質によって習得にかかるまでの時間や、変化の維持時間、消費魔力量が異なる。

 彼女は変化こそできるものの、一度変化する度に大量の触媒を使い捨てにしなければならない。

 その上、化けられたとしても数分しか保たない。

 コストも時間も大幅にかかる割に燃費が悪いから、彼女は猫の姿(省エネモード)を選ばざるを得なかったのだった。

 これは以前、何故頑なに猫の姿でいるのかと念話で尋ねた時、教えてもらった話だ。

 魔術師見習いのくせにこんな初歩も知らないのかと、たっぷり嫌味も含ませた上で、だが。

 不勉強を指摘された月成は、この日から更に研究所の本を全て読み尽くす勢いで読書に励んだのだった。


「だけど、この場合なら数分もあれば十分だ」


 変化には二種類ある。

 見た目だけを変えるものと、体そのものを全く別のものに書き換えるもの。

 前者は他者からの認識を操作して別のものに見せる術。

 変わっているのは見かけだけで、仮に強い魔獣(アニマ)に化けたとしても、能力までは再現できない。

 月成が持ち歩いている変化の魔導具にも、この手の術がかけられている。

 どこに行っても目立つ朱銀髪をありふれた黒髪に見せる、ただそれだけの魔導具だが、月成は常時これを持ち歩いていないと落ち着かなかった。

 そして後者の変化は、見た目だけではなく機能も再現するもの。

 彼女が使う変化は、こちらだった。


「人型時の最大出力は、通常時のおよそ二倍。ただし、ここが火属性有利の氷属性ダンジョンであることに加えて、俺の強化魔術で限界までブーストをかけることで、瞬間的に三倍にまで出力を引き上げることができる」


 再び彼女に視線を戻すと、彼女は細身に似合わぬ怪力でアイスゴーレムと対等に……いや、やや彼女が押している。

 圧倒的なスピード差を活かして頻繁に立ち位置を変え、炎を纏った蹴りを叩き込むと、そこから湯気を立てて鎧が溶け落ちてゆく。

 回復する暇さえ与えないほど、苛烈に。

 激しく動き回りながらも、優雅に。

 月成達が時間も忘れて見惚れていると、いつの間にか決着がつく手前にまで盤面は進んでいた。

 涼しい顔で仁王立ちする彼女の正面。

 そこには鎧がくぼみ、腕が落ちた、見るも無惨な姿のアイスゴーレムが残されていた。

 しかし、彼女も済ましてはいるが、魔力の残量がいよいよ尽きかけているのは明白だ。

 吸収(ドレイン)技で魔力回復させつつ、誤魔化し誤魔化し戦い続けていたが、変化ももうすぐ切れる頃合いだ。


「――恐らく、次の一撃が最後になるだろうね」


 月成がぽつりと漏らす。

 その言葉通り、彼女は一際高く跳び上がると、残った魔力を全て右脚に集中させる。

 まさに、一撃必殺を狙わんとばかりに。


「これで終わりです。一撃必殺プリンセス竜姫玉蹴ジャッジメント!」

『「なんて?」』


 最早ルビと漢字を合わせる努力すら放棄した技名に、バーンと月成が同時に訊き返す。


「そぉぉぉぉぉおおおおおれっ!!!」


 彼女は空中で無駄に三回転した後、右脚に真っ赤な炎を纏わせ、アイスゴーレムの股間に向かって強烈な飛び蹴りをお見舞いした。

 俗に言う、ライダーキックというやつだ。

 蹴りを受け止めたアイスゴーレムに線状のヒビが走り、全身に広がったと思うと、何故かカラフルなエフェクトを立てて爆発四散する。

 特撮さながらの爆煙を背に、彼女はドレスを翻して華麗に着地を決めた。


『「……うわぁ……」』


 男性側からすれば非常に恐ろしい光景を前に、月成とバーンは下半身を縮こまらせた。


『なんというか……相手はゴーレムだし、その部位になんの意味もないことはわかってるけどよ……』

「……とりあえず、今後はあの子を怒らせないように気を付けようか」

『せやな……』


 男性限定でクリティカルダメージを与えられる箇所を躊躇なく最大火力で撃ち抜く味方の姿を見せつけられた男子二人は、揃って遠い目をしたのだった。

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