16話 妖精姫の歓迎
一行がダンジョンの門を潜ると、乾燥した冷気が露出した肌の部分を撫でる。
それはまるで、このダンジョンに住まう雪の女王が侵入者への挨拶代わりに顔を撫でていったようだ。
大人が二、三人横に並べばいっぱいになってしまうほど細い通路をまっすぐ進んでいると、四方十メートル前後の開けた小部屋に出る。
部屋というよりは箱と形容した方が正しい小部屋の出入り口は、たった今月成達が潜ってきた通路と、月成達と向かい合って反対側にある巨大な扉の二つだけだ。
通常の十数倍はあろうかという高さや厚さに加え、見るからに頑丈そうな金属製のそれは、これまた巨大な鎖と南京錠で戒められており、並大抵の力では開きそうもなかった。
そして扉の前に置かれた、月成の腰ほどの高さの石碑には、英語と日本語でそれぞれ『力なき者に通る資格なし』と彫られていた。
月成達は肩を寄せて碑文を覗き込むと、互いに顔を見合わせる。
「……碑文の文言を素直に受け取るなら、あの錠を壊せばいいのかな?」
『まぁ、そうなるんじゃね? それにしても、説明が英語と日本語の二種類用意されてるあたり、観光客向けのガイドっぽいな』
『にゃう……』
それきり月成達は黙り込み、目の前の巨大な扉をどう突破するかそれぞれに思考を巡らせていた。
沈黙からいち早く復帰したのは、月成だった。
「一応訊くけど、ここって多少暴れても大丈夫な場所だよね?」
『幻界は滅多なことじゃ壊れないし、幻想核さえ残ってれば勝手に修復されるから、大丈夫だとは思うぜ』
「そっか。じゃあ心置きなく、ぶっ壊させてもらおう」
慣れた様子で黄金の剣を喚び出す月成に、バーンは呆れた顔をする。
「大将、いくらアーキソードでも幻界内のオブジェクトを一刀両断するのは無理だぞ」
「そうなの?」
『前々から言おうと思ってたが、アーキソードは剣の形をしてるだけで、斬る為の道具じゃないからな? 多分、大将がアーキソードを何でも破壊できる剣として認識してるから剣がその通りの効果を発揮してるんだろうが、そもそも幻界内の物は幻想粒子っていう特殊な物質でできてて、対象が含む幻想粒子の量が自身のアーキソードを上回る場合は対象への干渉が――……』
「つまり?」
頭が痛くなる類の話だと瞬時に理解した月成がやや食い気味に遮ると、バーンは大きな溜息をついてから『今の大将じゃ、大したダメージは与えられないってこった』と、かなり要約した説明をしてくれた。
今はそれでいい。
バーンなりに何も知らない月成を慮って創造主として必要な知識を教えようとしたのだろうが、月成は此処に授業をしにきたのではない。
今の月成に必要なのは、迅速かつ的確な現状把握、そして打開策の模索だった。
己の剣では歯が立たないという事実だけ教えてくれれば、十分なのだ。
(でも、アーキソードじゃ通じないならどうすればいいんだろう?)
月成の手札は少ない。
魔術はごく簡単な物質強化と、金属の塊を変形させる錬成、小さな魔力球を作るくらいのもので、とてもではないが月成の頭よりも一回りも二回りも大きな氷の錠を破壊するには至らない。
(……手立てがないことはないけど)
月成が腰のベルトに括り付けた小さな布袋をそっと撫でると、その不自然な動作を見咎めたバーンが眉をひそめる。
『……なぁ大将、さっきから気になってたんだけどよ、その袋はなんなんだ? 微弱ながら魔力が感じられるんだが……』
「ああ、これ? 俺の魔力を固めて結晶化させた石ころだよ」
袋の口を結んでいた紐を緩めると、月成の瞳と同じ、黄金に近い琥珀色に輝く欠片がぎっしりと詰め込まれているのが見える。
月成に魔術の基礎を教えてくれた神様が、魔力の修練に役立つからと教えてくれた知恵袋のひとつ。
それが魔力の結晶化だった。
基本的には不可視の物質である魔力を己の感覚のみに頼って集め、更にソレを凝縮させ、石に変える。
一見単純に見えて、高度な魔力操作が必要とされる小技だ。
初めは己の魔力を知覚することすら難しかったが、十年間毎日欠かさず修練してきた今の月成にとっては、他の作業をしながらでも片手間に作成できる。
そのことを説明すると、バーンはここ数日でよく見せるようになった、何処か遠くを見る目になりながら呟いた。
『えっと……それってつまり、魔煌石だよな?』
「そうとも言う」
『そうとしか言わねーんだよ』
魔煌石は、魔術師の間では一般的な燃料資源だ。
月成がやっていたように魔術師が己の魔力を結晶化させた人工結晶と、魔力の元となる霊素が大量に眠る特殊な霊地で採取された天然結晶の二種類がある。
当然ながら、数千、数万年に渡って土地の魔力を吸い続けてきた天然結晶の方が質は良いとされる。
そもそも売り物になるほど高純度の人工結晶を作れる魔術師は少ないし、作れたとしても小さなものが殆どだ。
そして魔煌石の内、魔力を多く含んだ質の良いものは魔術の触媒として必要とされる他、魔力を持たない人間が魔導具を起動させる為に使用するが、月成が大量生産した魔煌石もどきは素人が作成した物なので、当然品質は粗悪。
出来ることと言えば、魔力を込めて弾丸として撃ち出すくらいだ。
だが、月成はそれで十分だとほくそ笑む。
(力を示せとは書いてあるけど、錠を壊し切れとは書いていない。要はあの錠を扉から外しさえすればいい)
どこか一箇所を集中して狙い、破損させれば、自然と錠は落ちるだろう。
そういった地味な作業は月成の得意分野だった。
……この作戦に問題があるとすれば、絵面が非常に地味なものになることくらいだ。
錠が破損するまで、ひたすら小石を飛ばし続けるだけの作業なのだから。
「本当は白焔を使えば話が早いんだけど……」
『ダンジョンの入口で最大の切り札解禁するアホがいるかぁ! また魔力暴走起こして寝込む気かよ!?』
「……まぁ、そうなるよね」
白焔は体への負荷が大きいと分かった以上、いざという時の切り札として取っておくべきだ。
使用した反動で倒れたりしては試験どころの話ではない。
だからこそ、魔煌石の弾丸を使用するのだ。
地味だし、時間はかかるものの、弾数は十分。
鬼灯もこの試験の期限を指定してこなかったので、時間もたっぷりある。
つまり、天運は月成に味方している。
掌に魔煌石の欠片をいくつか乗せて発射準備を行なっていると、何者かに髪の毛を引っ張られる。
「…………ん? どうしたの?」
『にゃ! にゃにゃにゃにゃっ!』
リュックサックから月成の頭上へと移動していた白いもふもふが、髪の毛を引っ張りながらにゃあにゃあと訴えかけてくる。
月成には猫の言葉は分からない。
だが、妙に自信満々な表情をしているように見えなくもない。
「……もしかして、自分に任せろって言ってる?」
『にゃ!』
『いやいやいや、無理だって!』
白猫が返事とばかりに元気良く鳴くが、バーンが激しく炎の体を荒ぶらせながら反対した。
『嬢ちゃんがなんの種族かは知らねーけど、まだ子供だろ!? そもそもあんな高い位置にある錠までどうやって行くんだよ! その貧相な羽根で飛べるわけでもあるまいし、ッ!?』
つらつらと反対意見を並べていたバーンの頬を一陣の風が掠める。
同時に、月成の頭の上にのしかかっていた重みが消えた。
バーンが恐る恐る振り向くと、彼の背後で軽やかに毛繕いをする白猫の姿があった。
彼女は優雅に振る舞っているつもりだろうが、足元の氷は放射状にヒビが入っており、重量のある物体が勢いよくぶつかったのだろうことが一目で理解できた。
「…………飛べはしないけど、跳ぶのは得意だって言いたいみたいだよ?」
『そっ……そうだな。ひとまず嬢ちゃんに任せてみるか……』
さっきまで烈火の如く反対していたのは何処へやら、すっかり大人しくなったバーンはもう白猫を止めはしなかった。
しかし彼女一匹にだけ任せるのは不安なので、月成とバーンでそれぞれ白猫に強化魔術をかけた上で送り出すことに決定した。
「状態付与:筋力増強……!」
『そら、碧炎の加護だ! 嬢ちゃん、持ってきな!』
白金と碧。
異なる魔力が均等に混ざり合って白猫に注がれる。
仲間からの援護を受けた白猫は、後脚で強く大地を蹴った。
衝撃で足元の氷がヒビ割れる。
天井まで飛び上がった白猫は、くるりと身を翻して天井を蹴り上げ、大扉に向かって目にも留まらぬ速さで突っ込んでいく。
その姿はさながら、白銀の閃光弾。
碧い炎を纏った後ろ足が、氷の錠前に突き刺さった瞬間、じゅわじゅわと音を当てて錠前ごと扉の一部が溶け、残った鎖の残骸が床に落ちた。
白猫が音を立てず優雅に氷上に降り立った時、すでに扉は開いていたのだった。
『う、うそーん……』
小さな体躯からは想像もつかない敏捷さと膂力を発揮した白猫は、唖然とする男二人に構わず、一仕事終えたとばかりに月成の体をよじ登って頭上の定位置に戻る。
「……きみ、強かったんだね」
バーンは衝撃から中々抜け出せなかったが、月成は平然と白猫に語りかける。
その表情は相変わらず無表情だったが、慣れた者が見れば拗ねていると分かる反応だった。
(弾丸……使いたかったのにな……)
月成の心の声に気がつく者は、この場には居なかった。




