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第三章 少年王と戦友 (2)

(2)


 少年王の「お忍びの旅」は、近衛騎士たちの間では一番の厄介事である。

 月に一度の不定期な王の休暇には、9名いる近衛騎士の中でも、一番のベテラン騎士と、一番の剣技を誇る騎士と、一番の若い騎士がつくのが決まり事となりつつあった。なぜならば、少年王は危険な場所へ堂々と向かい、時にはトラブルを起こし、少しでも気を抜くと姿をくらますため、走り回って探すこともしばしばであるからだ。

 少年王は行き先さえも彼らに伝えぬまま、気ままに遠出することもあった。彼らはあたふたと王を追いかけ回し、深く呆れながら護衛に勤めるのだった。元奪還軍でない彼らの目には、この奔放な王がただの手を焼く少年として映っていた。半年前まで近衛騎士を束ねていた老騎士の遺言がなければ、とっくに一般騎士への異動を願い出ていたことだろう。

 そういった理由で、彼らは今月もまた、王の休日を憂鬱な思いで迎えた。

 命を狙われたばかりの少年は、まさかの外出を希望した。例によって、行き先は秘密とされた。ベテラン近衛騎士が一応の反対を試みたが、もちろん無駄なあがきであった。唯一、少年が殊勝であった点は、自ら馬を走らせると言わなかったことだけであった。それもただ単純に、まだ完全に癒えぬ左腕の傷が痛むからであろう。

 目立たぬようにか、わざわざ質素な馬車を選び、少年王は「とりあえず北へ行け」と指示した。そして、一時間ほど馬車を走らせてから、「尾行はないか」と問うた。後ろを別の馬でついてきていたベテラン騎士が脅威なきを知らせると、王はようやく目的地である村の名を告げた。これらの手順は今回に限ったことではなく、毎度の少年の遊びであった。近衛騎士たちは、この状況だけに多少緊張感をもって王の言葉に従っていたが、やはり少年の奔放さを恨めしく思う気持ちが強いのは否めなかった。

 そうして、目的地である村には、昼過ぎに到着した。人口およそ300の平穏な村には、昼食の香りがあちこちに漂っていた。


 奪還軍のコソ泥、という不名誉な通り名がついたサラという娘が、ジャスティスの会いたがる旧友であった。砂漠で盗賊団に所属していた彼女を、縁あって軍が拾ったのだ。彼女は同じ奪還軍にいた若い戦士と恋に落ち、軍の解散後すぐに結婚した。その後、スリノアを気に入ったのか、この村に住み着いているのである。

 ジャスティスは賑やかな王都の空気も好きだったが、のどかなこの村を選んだ彼ら夫婦のことも、よく理解できるのだった。馬車から降り、彼は近衛騎士の横で深呼吸をした。腹の虫がぐぅと鳴った。突然訪問しても、サラがジャスティスを歓迎し、昼食を急ごしらえしてくれるという自信はあった。

 王都から三時間も離れると、馬車の到来自体が物珍しい。そのうえ、鎧と剣の騎士が三人もついていては、どこへ行っても注目の的であった。ジャスティスは村の入り口からほど近くの、通りに面した小さな店へ入った。サラの家の場所を聞くためと、あわよくばどう騎士たちを巻こうかと算段するためであった。

 店はたまたま、雑貨屋であった。価値の高い珍しい品で目が肥えているジャスティスだが、珍妙な安物が所狭しと並ぶ様は、むしろ彼の好奇心をくすぐった。カノンを連れて来たらなんと言うだろうか。そんなことを考え、一人で小さく笑んだ。

 近衛騎士たちが店へ入ってこないのをいいことに、ジャスティスはこっそりと店主からサラの家の場所を聞き出した。そして、騎士たちの目を盗むため、そっと店の扉を開け、外の彼らの様子を窺った。

 鎧を着込んだ三人の男の姿は、穏やかな村の通りに、全く見当たらなかった。

 ゾッと寒気が背筋へ上った。最小限の動作で店内を振り返ったが、店主はのんびりと茶をすすっていた。ひとまず安堵し、ジャスティスは再度、外を確認した。二人の若い村人が、談笑しながら通りを歩いていった。

 悪夢でも見ているのだろうか、と少年は慄いた。屈強な近衛騎士が三人も揃って、戦いの跡すら残さずに消えた。俄かには信じがたかった。しかし、彼はすぐにひとつの可能性を探り当てた。彼らが自発的に、または誰かの命により、任務を放棄したという恐るべき可能性である。

 旧友が幸せに暮らすこの静かな村で、最期を迎えることになるのか。

 ジャスティスは折れそうな心を落ち着かせるため、呼吸を整えた。とるべき行動は何かを考え、その答えはすぐに導き出された。旧友たちを危険にさらすことが、一番最悪のシナリオであった。彼は一際大きく息を吸い込み、それを止めた瞬間に外へ踊り出た。すばやく周囲を確認し、異常がないとみると、彼は通りの端をなぞるように、早足で村の入り口へ向かった。馬が無事であるようにと願った。走り出したくなる足を抑え、目立たぬようにと己に言い聞かせた。

 それは突然だった。建物の隙間から伸びた手が、少年の口を覆ってその体を暗がりへ引き入れた。そのまま首をかき切られてもおかしくなかった。ジャスティスは命の危機を何度も体験してきたが、その瞬間に一人の女を強く想ったのは初めてであった。

 「グラちゃん。しー」

 少年の耳に、懐かしい声がささやいた。彼の口を塞ぐ手は、しなやかな女の手であった。

 サラ!

 一気に弛緩したジャスティスの体を離さぬまま、奪還軍の優秀なコソ泥の声が続いた。

 「変な奴が二人、この村でうろついてる。たぶん暗殺者。こわいから、見つからないように行こうね。ついてきて」

 こうして戦友の機転により危機を逃れたジャスティス=グラム=スリノアであったが、彼はできれば気づかぬままでいたかったひとつの真実に思い当たってしまった。

 サラの勘が鈍っていなければ、手際よく刺客が回されてあったことになる。少年王がこの村を訪れることを事前に知っていたのは、一体誰であったか。ジャスティスは気の遠くなる己を叱咤し、すくみそうになる足を、前へ、前へと懸命に運んだ。

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