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第一章 少年王と宰相 (1)

この物語は、「森と湖の国の物語1」の続編という位置づけです。

1を読んでいなくても、最低限理解し楽しめるものにしていく所存ですが、できれば1を読んでからお楽しみください。

また、文章やストーリーに関するご評価いただいたものを反映させるため、第一部よりも投稿ペースは不定期、そして格段に遅くなります。

手前勝手なことばかりで申し訳ありませんが、それでも読んでいただける方がいるとなると、天にも昇る気分です。よろしくお願いいたします!


第一章


(1)


 星暦942年。

 7年に渡るクーデター政権下の圧政が、英雄と王子の帰還にて終わりを迎えた。この年より、森と湖の国スリノアは、少年王ジャスティス=G=スリノアの下、揺るぎなく繁栄の歩を進めていた。

 主要な街道に宿場が整備され、ならず者のはびこっていた貿易陸路の安全が、保障された。これにより、質の高いスリノアの商品が安価で他国の人々の手に渡るようになった。特に、王が保護した美しい木製品の品々は、北の大国を通じて瞬く間に大陸中の評判となった。

 同年。スリノアは、山を挟んだ南の連合国の大部分と、長年断絶していた国交を回復した。新たに開拓された安全な海路による貿易は、スリノアに莫大な富をもたらした。海岸線を東にわずかにしか持たないスリノアであるが、そこへ作られた国内唯一の港町は、3年を待たずして、大陸中の商人たちの関心をひく、名のある街へと急成長した。

 スリノアの少年王の外交手腕に、各国から感嘆と羨望、嫉妬の声が上がっていた。虎視眈々とその領土を狙っていた周辺国も、今はその時でないと、喜んで貿易の恩恵にあずかった。少年王が婚礼を催すと聞き、金銀をあつらえた輝く盾を、友好の証にと送った国もあった。

 しかし一方で、このようにささやく者もいた。

 真の切れ者は少年王ではなく、寄せ集めの奪還軍を華麗に率いていた、スリノアの英雄なのではないのか、と。


 「私はスリノアの王子であるぞ!」

 数十のテントが設営された、砂漠の地の野営場。声変わりを4年後に控えた幼子が、自身の丈の三倍はあろうかという大男をほぼ真上に見上げ、猛烈に抗議をしていた。彼らには灼熱の太陽が強烈に降り注いでいる。慣れない者であれば、半刻も耐えられないであろうと思わせるほどの、凶暴な熱である。

 「おまえはいつもいつも、無礼が過ぎる!」

 まるでその太陽に噛み付こうとばかりに、なおも喚く小さな異国の王子。

 露出した腕や肩に深い傷跡のある大男は、同じく傷跡のある口元をニヤつかせ、生意気な幼子を威圧的に見下ろした。背には大剣、腰には二振りのナイフ。体は、己の腕のみで生き抜いてきた過酷さに鍛え上げられ、筋骨隆々としている。彼はこの砂漠の国の、名のある傭兵であった。大がかりな仕事を請け負うと、こうして傭兵をかき集めて軍のように統率する。

 「あのなー、ボウズ。無礼もなにも、故郷のスリノアを追い出されて腹すかせて瀕死だったてめえを助けてやったのは、この俺様だ」

 幼子の噴出する不満を代弁するかのように、砂の乗った乾いた風が一陣、吹き抜けていった。

 「それにはすでに、礼を述べたであろう!」

 黒髪に日焼けした肌の幼子は、何にも屈しない光をその黒眼に宿していた。痩せた小さな体を包むのは、裾も縫われていないようなぼろ布である。にも関わらず、その背に色鮮やかなマントでも見えそうなのは、高貴な生まれの者がもつ威厳のなせるわざか。

 「確かに、一応礼は言われたなあ。けど、お礼の言葉じゃ飯は食えないんだよオウジサマ」

 傭兵が幼子を持ち上げて脅かそうと、その襟首に手を伸ばしたときだった。

 「こらぁ!」

 女が少し離れたテントから顔をのぞかせたかと思うと、砂を蹴り幼子の元へすっ飛んできた。年のころ17、8であろう赤毛の娘は、スリノアの紋章の入った重厚な鎧に身を包んでいる。幼子はその女騎士の声を聞くと、小さな口元をより引き締めた。傭兵はそれを見逃さず、「へえ」と軽薄に感嘆の声を上げた。

 「殿下に触るな、この傭兵風情が!」

 幼子を護るように立つ女騎士は、今にも帯剣を抜く構えである。傭兵はいよいよ、からかうように目を細めた。

 「その傭兵風情に頼ってるあんたらは何者? スリノアがどんな裕福な国か知らないが、ずいぶんとプライドのお高いお国柄だこと。助けてもらったら、殊勝にするもんだろうが。ベノルがいなかったら、おまえらなんて今すぐにでも見捨てたっていいんだぜ」

 幼子は怒りと自負を堪え切れず、女騎士の前へ出た。

 「そのベノルは私の従者だ! ベノルの命は、王族である私のものであるぞ!」

 だから何、と傭兵は嘲笑しようした。刹那、幼子の頑なだった表情が劇的に変化する。今にも泣き出しそうに崩れた顔が向く先は、傭兵の背の向こう、颯爽と近付いてくる緑の瞳の青年であった。

 「ベノル、ベノル!」

 わき目も振らず、幼子は傭兵のすぐ横をばたばたと走りぬけ、青年にすがりつく。後のスリノアの英雄、ベノル=ライトは、困ったように微笑み、幼子を抱き上げた。

 「おい、剣豪さんよ。こいつらに礼儀ってもんを教えてやれ」

 あきれたとばかりに肩をすくめる傭兵へ、青年は言葉なく、曖昧に笑んで見せたのだった。


 思えばその頃から、ベノルはあまり明るく笑うことがなかった。

 少年王、ジャスティス=グラム=スリノアは、自室の窓枠にもたれながら、新たな発見に失望した。自身にとってはいとおしい記憶も、相手にとっては灰色なのかもしれない、と思い至ったからである。

 開け放された出窓から、砂の混じらない、スリノアの澄んだ夜風が優しく吹き込んでくる。あの頃に比べ、日焼けの色が格段に落ちたジャスティスの頬を、白々しいほどの平和が撫でていく。

 眼下には、街の暖かな灯火。見上げれば、降るような星々。視界の隅では金の刺繍のカーテンが柔らかく風を受け止め、音もなく膨らんでは、まどろむように垂れ下がる。

 白々しいほどの、平和。

 これ以上の、何を望むというのだろう。

 少年王は、己を納得させようとする。静かな夜風をその身に刻むように、何度でも繰り返す。これ以上、何を望むというのか。これ以上の、何を。

 しかし、彼はやがて、いつものように自嘲するのだった。

 スリノアの英雄を地下牢へ追いやってから、二ヶ月。思いを馳せる幼少の記憶の内、一体何が愛しいのか。16になり、青年期へと足を踏み入れているジャスティスだが、己が未だに変わらぬ幼子であると、もはや認めざるを得ないのだった。

 

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