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買い占められた墓石

作者: 坂口正之

 男は、さらに何か新しい事業はないか考えていた。

 男がこれまで行った事業はことごとく成功し、相当の資産を蓄えていた。もちろん、これだけの蓄財があれば、孫の代までとは言わないまでも、自分が一生遊んで暮らしていても何の不自由がないほどの資産家になっていた。

 しかし、自ら事業を始め、一代で富を成した人間のほとんどがそうであるように、これで引退しようなんて気持は毛頭なかった。

 何かアクティブに新たな事業にチャレンジしていないことには、とてもいられなかった。とにかく枠にはまったものでなく、有り体に言えば、一攫千金の世間があっと言うような儲かる事業はないか、常に探し求めていた。

 こう考えていたのも、男がまだ三十代半ばの若さだったからかもしれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 そんな時、男はあるパーティーの席で一人の学者と会った。

地質学を専門としているその学者は、こう言った。

「これから儲かる事業なら、絶対に墓石ですよ」

「えっ、はかいし…?」

「ええ、墓石、そう花崗岩。一般には御影石とも言います」

「かこう石…?」

「そうです、火成岩の一種の花崗岩。あの雲母、長石、石英からなる…」

「その花崗岩が、なぜ…?」

「墓石に利用される花崗岩は、同じ花崗岩の中でも高級なもので値段が高い。特に最高級と言われるきめが細かく、むらの少ないものはごく僅かしか産出されないので非常に高価です。つまり、この最高級のものを今のうちに買い占めておくのですよ」

「最高級のものは、今だって高いのでしょう…。買い占めておいても、今以上に値が上がるのですか?」

「確実に上がります、間違いありません。なぜなら、キヌメと呼ばれる最高級のものは産出される地域が限られていて、我々の手でその埋蔵量も調査されています。地球上にあと僅かしかありません。どうやったって、近いうちに必ず供給が逼迫します。そうすれば、一気にその価格は、二倍、三倍と跳ね上がります」

「しかし、それは需要があっての話でしょう? 皆がそんな高級な花崗岩を使わなくなれば、おしまいでしょう?」

「そうです、市場メカニズムを考えれば、価格は需要と供給のバランスで決まるものですから、皆がそのような高級品を使いたがらなければ、価格も上昇しません。そうなれば、買い占めの意味がありません。しかし、この場合、墓石となると話しが別なのです。多くの人は、高齢になればなるほど自分の墓は立派なものにしたい、特にお金持ちの人はそう思うのです。また、墓を建てずに亡くなった場合に家族の方々は、故人のことを思って出来る限りのことをしてあげたいと考えるのが人の心情なのです。莫大な遺産を手にした家族などは、世間体もあるのでしょうが、それこそ故人のために立派な墓を建てる。だから、墓石についても最低レベルのものにしてくれと言う人はいません。墓石を扱っている石屋さんに聞いた話しでは、一応パンフレット上には何段階かのレベルで書いてあるそうですが、実際には最高レベルかその一つ下のレベルの注文が全体の八割以上を占めているそうです」

「なるほど…」

 男には、その学者の話しが徐々にもっともらしく思えてきた。

「ところがです。その最高級の花崗岩は枯渇しつつある。もう産出される量は限られているのです」

「本当ですか…? もっと詳細に調査すれば、未発見の鉱床が見つかるのではないのですか?」

「それがないから、今ここで私があなたに話しているのですよ。地質学的にもう高級品の鉱床が見つかる可能性はゼロに等しい」

「それじゃ、今後高級品の価格は必ず上がるという訳で…」

「そうです、必ず上昇します」

「それが分かっているなら、なぜ誰も買い占めをしようとしないのですか? あなただって、なぜそれをしないのですか?」

「このことを知っているのは、まだ学者仲間の一部だけです。研究者というのは、そういう金儲けには疎いのですよ。それと、私がそれをしないのは、正確にはできないのですが、資金がないからですよ。買い占めるには資金が必要です。あなたなら、それを行うことができます」

「なぜ、そんな重要なことを私に教えてくれるのですか?」

「やはり、資金の問題です。花崗岩を大量に買い占めるのは普通の人では無理です。あなたくらいの資産家にならないと…。だから、この情報は一般の人達には何の価値も無いに等しい」

 男は、学者の目を見詰めて言った。

「あなたの目的は何ですか? この情報を私に教えて何かの見返りを望んでいるのですか?」

「とんでもない、見返りなんて…。まあ、もしうまく行って大儲けできたなら、私をあなたの会社の重役にでも迎えてくれれば有り難いですね…。もちろん、そんなことを約束しろとは言いませんよ」

 と言って、学者は大きく笑った。

「本当に、儲かるんでしょうね?」

 男は、念を押すように再び鋭い目付きで言った。

「科学的な観点からの埋蔵量調査結果と今後の需要を考慮すれば、高級花崗岩の価値は絶対に急上昇します」

 学者は、もう一度言い切った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 男は、直ちに検討を開始した。

あの学者の言っていたことに間違いはないのか、他の地質学者や墓石を扱う石材店の人達も同様な意見を有しているのか、話しの裏を取りに奔走した。

 その結果、明らかになったことは、確かに高級品の埋蔵量は限られていて、最近では市場に出回るものが少なくなっており、価格がじりじりと上昇しつつあること、また、それを懸念したある石材業者が多量に買い付けに走ろうとしているうわさがあること、などであった。

 男は確信を強め、実際に買い占めの検討を開始した。

 まず、最高級の花崗岩を買い占めるにはどうしたら良いのか、また、その買い占め量、資金、保管方法などである。

 手っ取り早い買い占めは、それを産出する山ごと買収する方法であるが、これは、あまりにも手続きが複雑であったし、山ごと買収して採掘権を取得するということは、一方では安定供給の義務が課せられる訳であり、そうなると、売り惜しんで価格を操作することが返ってやりにくくなる。

 やはり、地道に買い占める方法しかなかった。しかし、この場合は、花崗岩を保管するための土地とその輸送手段が必要であった。

 男は、あの学者から聞いた最高級の花崗岩を産出する鉱山からさほど遠くないところに、保管場所のための広い土地を購入した。その場所は川岸にあって、上流の採掘場から切り出した花崗岩を船で運搬するためには、最適の場所にあった。

 購入された最高級の花崗岩は、次々とその保管場所に運びこまれ、管理された。

 ここで読者に知見を与えるなら、石というものは買い占めには極めて適している。

なぜなら、まず、腐ったり、錆びたり、劣化したりしない。だから保管に際して、冷凍倉庫に入れたりする必要がない。何年間も屋外でむき出しのまま風雨にさらされても何の問題もない。それから、火事や水害でも消失することがない。また、盗難の可能性であるが、クレーン車や大型トラックを持ってきて大掛かりでやらないとおいそれとはできないから、これもまず考えられない。だから、買い占め後のその保管に関しては、まったく安心してよいのであって、これほど買い占めに適ったものはないのである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 男の精力的な買い占めの効果が現れ、花崗岩の相場が上昇し始めたのは、それから二年も経っていなかった。

 そもそも、最高級品が採掘される鉱山が限られている上に、その大部分をこれまでの倍近くの値段で男が買い漁ったことから、あっという間に二倍、三倍と跳ね上がった。

 相場が五倍にまで上昇するのに五年とかからなかったが、男は売りには転じなかった。

 もちろん、この時点で全て売ってしまっても相当な儲けとなることは間違いなかったが、男はさらに買い漁った。

 その理由は、単純であった。これが穀物やマグロなどなら話しは別である。いずれ豊作や豊漁の時期が来て、暴落することが予想されたが、高級品の花崗岩はもう増えることはないのである。だから、全て買い占めてしまえば絶対に値が下がることはない。それからゆっくり暴落しない程度に少しずつ売っていけばよい。そうすれば、長期に渡って安定した儲けが期待できると考えたからである。

 とにかく、あの学者が言っていたように、せめて墓石くらいは最高級のものにしたいと思う人間は、まったく減りようがなかったのである。

 男は、さらに可能な限りの資金を注ぎ込み買いまくった。保管場所には最高級の花崗岩が山のように積まれていてもそれを売ろうとしなかった。

 男には、もっともっと儲かるという信念があった。時に、その花崗岩をほんの少し試しに売ることもあったが、驚くべきことに買い占める以前の十倍もの値段が付くことも珍しくなかった。

 男は、さらに信念を強くして買い占めを続けた。保管場所には、最高級の花崗岩が山のように高く、いくつも積まれていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 いつの間にか、それから四千年以上が経過していた。

 しかし、なぜか男の買い占めた花崗岩は、四千年以上も経った今もほとんどが売られていなかった。

 その理由は良く分からないが、おそらく、男が行っていた他の事業で十分稼ぐことが可能で、それを売ってまで儲ける必要がなくなったことであろう。

 だから、現在ではその保管場所は世界的に有名な観光名所となって、観光ガイドにこう言って説明されている。

「さー皆さん、あれがクフ王の大ピラミッドですよ」

「うわー、でっかい。すごいな…」

「ええ、今から約四千五百年前のエジプト時代の文化と権力の象徴です」

 もちろん、そのピラミッドがその昔、ある男が買い占めて儲けようと企んだことによって、自然に出来上がったものであること。そして、決して、自分の墓になどしようと思ったものではないことは、もはや誰も知る由もないのであった。

(おわり)

本作品は1993年(平成5年)8月31日に作成したものです。

当時、花崗岩の分類学の世界的権威と言われている学者から、この小説にあるように「墓石に使用する高級花崗岩は埋蔵量が限られているから、絶対に儲かる」と言われたことを参考に書きましたので、全てが創作ではありません。

ただし、30年近くも経った現在、墓石にこだわる人間がどれだけいるのか? また、都会ではマンションスタイルのような墓や樹木葬なども話題となるようになっており、その後の高級花崗岩の価格はどうなったのか? 少し興味のあるところです。

なお、実際にピラミッドに使用されている石について調べたところ、多くが石灰岩で、一部赤色花崗岩や灰色花崗岩なども使われているようです。

それで、もし、私が墓石の買い占めで儲けようと思い、それを保管しようとした際に四角い石をどのように積むか考えてみました。その結果、石積みの安定性や保管場所面積の有効利用などを考えた場合に、きっとピラミッド形に積むのではないか?と…。

そうなると、あのピラミッドの形状には何も特別な意味はなく、単に、買い占め保管のための効率性を考えただけのことかと…。

小説のオチとしては、ちょっと不満なものとなりましたが、驚くべきことに私は、ピラミッドに関する新たな、そして大変な学説にたどり着いたようです。

チャンスがあれば、「ピラミッドの新事実!」として、論文発表しましょう!

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