30話 スカーダイ事変(後編)
スカーダイに出現した転移門からは、何体もの獣人が出てきていた。
祭りの余韻に浸っていた人々は、状況を把握できないままパニックに陥っていた。
逃げ惑う者、泣き叫ぶ者、酔った勢いで獣人に向かっていく者、入り乱れて王都は幾多もの死人、怪我人が続出したそうだ。
リディとヘレンは獣人と戦うよりも、まず人々の避難を優先した。
クリューガーの時もそうだったが、基本的に魔王軍は戦う意思のないものは襲わない。
獣人たちは向かって来る者、邪魔をする者だけを速やかに排除していった。
獣人の目指す場所は、光の束が落ちたスカーダイ城だ。
リディたちは人々を誘導しながら、様子を窺っていた。
今回の彼らの目的は、魔王軍と戦うことではなく、魔王軍の情報を収集することにあるからだ。
すると転移門から一際大きな影が姿を表す。
頭と肩口から大きな角を生やした、巨大な存在。
大きな牛にも竜にも見える大きな影は、周囲を一瞥した。
リディは目を合わせてしまった。
リディの背筋に悪寒が走る。
リディは目を合わせた一瞬で「殺される」と悟ったらしい。
万に一つも勝つ可能性のない存在。
圧倒的であり、次元の違う存在。
リディの心が折れていた。
大きな影はリディから目を背ける。
興味を失ったように。
そこに現れたのは勇者ゼゼルであった。
勇者としてスカーダイの危機に立ち塞がろうとしたのだ。
ゼゼルに魔力感知がないのが幸いしたのか、大きな影にも臆していない。
獣人たちは勇者を無視していた。
逃げ惑う人々と大差ないと感じていたのか。
無謀にも勇者ゼゼルは大きな影に斬りかかる。
リディとヘレンは動くこともできずに、見ていることしかできない。
大きな影の肩口の角から雷撃が、ゼゼルに向かって放たれた。
勇者ゼゼルは死体も残らない、灰となっていた。
大きな影はもう一度リディを一瞥すると、転移門に消えていった。
大きな影が見えなくなったことで、リディは大きく咳き込みながら地に跪く。
「呼吸すらできなかったんだ。 自分の命があんなに軽く感じたことはなかった」
「私は跪いて動けなくなったリディを引き摺ってでも逃げよう、と思っていました」
ヘレンはリディよりも冷静だった。
「生き延びること」を最優先に行動しようとしたのである。
ヘレンとしては大きな影がいなくなったことに安堵していた。
「アレさえいなければ逃げ切れる」
心が折れたリディは戦うことができない。
ヘレンはリディに肩を貸して、まるで二人三脚のように王都の外へ向かった。
するとヘレンたちの背後、スカーダイ城の付近から爆音と人々の悲鳴、獣人の断末魔が聞こえ出した。
振り返ると、獣人も人も万遍なく、爆散している。
ヘレンは目を疑ったが、人も獣人も体の真ん中から爆発し四散していくのだ。
ヘレンは魔力感知を上げる。
見たこともない大きな魔力を持つ者が、辺り構わず自身の魔力の塊をぶつけていた。
姿は確認できなかったが、ヘレンは戦慄した。
今、魔力の塊を放っている者の魔力は、先ほど消えた大きな影の魔力に匹敵するか、それ以上のモノだったからだ。
しかも人も獣人も見境なく爆散させている。
ある意味、魔王軍より危険な存在だった。
周囲は人も獣人も四散して、血と肉の破片だらけの地獄図と化していた。
すでに立っている者はわずかしかいない。
すると、明らかにヘレンを標的とした魔力弾が向かって来る。
「リディが体を張って助けてくれたんです」
リディはある程度魔力が大きかったお蔭で、爆散は免れた。
しかしその代償は大きく、体には無数のヒビが入り、魔力を喪失してしまった。
言わば魔力タンクに穴が開いてしまったような状態だった。
「周りの人も魔物も次々と爆発していくのを見て、私も死を覚悟したのですが・・・」
大きな魔力を持つ者はスカーダイ城の方へ向かっていった。
「・・・サラン殿の魔力を、城の方から感知しました」
「とにかく、この隙に逃げ出そうと、必死にここまで来たんだ」
この世界は魔力のない者には厳しい。
旅をするにも、魔力を体力強化に使わなければ、すぐに体調を崩してしまうだろう。
何しろ国と国の間には人里は皆無だ。
サバイバル生活をしながらの旅では体力があるのは当然で、体力を維持するためにも魔力は必須なのである。
リディとヘレンが、スカーダイから遠く離れたこのクリューガー村まで来るのは難儀だったに違いない。
「・・・そうだったのですか。 二人ともご苦労様でした」
クレアがリディとヘレンを労う。
「早速リディは治療しましょう。 以前ほどではないにしろ、魔力は使えるようになりますよ。 二人とも、ゆっくり療養してください」
魔力タンクの穴が塞がれば、魔力1%オーバー注入で魔力を大きくすることができる。
1年で37倍になるのだから、魔法を使うことも可能になるだろう。
元がヤ〇ルトの俺でも魔法を使えるようになったのだから。
今日のところは解散となり、俺は自分の部屋に戻った。
ん?
何でレイラが当たり前のようについてきてるんだ?
お前の部屋はあっちだろ?
「え~、いっしょに寝ようよ」
レイラが無邪気そうに言う。
・・・お前な~
俺は溜息を吐いた。
「嫁入り前の娘が、男の部屋で男といっしょに寝てはいけません」
ちょっときつめに言った。
俺だって男なんだぞ。
10歳の体だけど、55歳のオッサンなんだからな。
「ぶぅ~。 ケチ!!」
レイラがふくれっ面をした。
子供か!!
その後「じゃあ少しだけお話ししようよ」と言って部屋に入ってこようとするレイラを、部屋に入れないようにするのに苦労した。
部屋に入れたら、そのまま俺のベッドで寝るレイラが容易に想像できたからだ。
今夜はいろいろ考えたいこともある。
祖竜とは別の魔王軍・・・
それに大きな魔力を持つ、人も魔物も無差別に攻撃する何者かの存在・・・
サランとかいう元クリューガーの魔導師がやったこと・・・
スカーダイは滅亡してしまったと考えていいはずだ。
俺がこの世界に来て10年で、二つの国が滅亡したことになる。
今後の行動やら目的やら、見つめ直さなきゃならないだろうな。
レイラを追い出し、ドアを閉め、振り返ると・・・
俺のベッドにレイラが座っていた。
俺は頭を抱えた。
・・・いつの間に。
「ケンちゃん、遅いよ。 早くこっちに座って」
・・・こいつ、こんなところで身体強化したのか。
レイラの戦闘能力なら、確かにこれぐらいは楽勝なんだが・・・
あきれてものが言えない。
他愛もない話を数時間したあと、予想通りにレイラは俺のベッドで寝てしまい、俺は毛布に包まって椅子で寝ることになった。
・・・体が痛い。
もうすぐ旅立てそうです。




