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国民的アイドルは忙しい

 CM中に食べたイチゴミルクキャンディーの甘味が、私の口の中に、僅かに残っていた。

 

『皆さん……今日は、メイの最期の公演に来てくれて……本当にありがとうございます』


 私は一応VTRを眺めてはいたけど、意識は口の中の甘味に注いでいる。

 二つ前のCM中に、楽屋から持ってきていた飴を口に入れて、CM明けの直前に、噛んで飲んだ。その時に生まれた僅かなカケラが、口の中のどこかに残っていたようだ。その小さな発見でさえ、今の私には大切に思える。


 私の目の前にあるモニターには、昨日行われた『花火ぐみ』メンバーのお別れ公演の映像が流れている。一人の女の子が、両手でマイクを握り、口角をへの字にしながら、切実に、大事そうに、一言一言を紡いでいる。


『私は、この十八年の人生、本当に、本当に幸せでした。皆さんのおかげで、幸せになることができました』


 メイと名乗る少女を、同じグループのメンバーが囲んでいた。皆、泣いていた。客席からは、メイちゃーん、頑張れー、という声がステージに向かって投げかけられている。


『ただただ、十八歳で寿命を迎えるだけの……何者でもなかった私を、アイドルに、してくれたのは……こんな短い私の人生に、彩りを与えてくれたのは、ここにいるメンバー、スタッフさん、そして、応援してくれた皆さんです。私は、胸を張って、幸せだったと、そう言いながら、天国へいきます』


 私の顔がワイプで抜かれた。大丈夫。顔はしっかりと作っている。目を細めて、口元を固く結んで、表情に力を入れて。あ、でも、ちょっと力を入れすぎているかも。眉間にシワがよりすぎ。これじゃあ、あんまり可愛くない。


 少し力を抜いて、若干慈しむような、そんな表情を作る。うん。これは可愛い。


 そんな風に、画面右上に映る小さな私を確認していたら、いつの間にか映像が終わり、カメラがスタジオに戻ってきていた。


「いやぁ、本当に感動のコンサートでしたね。のどかちゃん、いかがですか。同じアイドルでもありますよね」


 日曜十時から生放送のワイドショー番組。番組も後半に差し掛かり、今は十一時二十分。番組の司会者が、台本通り、このVTR明けでまず初めに私に意見を求めてきた。


「そうですね……。本当に、感動しました。今私は十七歳で、彼女とは同世代で、そして同じアイドルとして、凄く、色々考えさせられました。私のグループも、私以外全員〈短命〉なので、そして今日、私たちのグループでもお別れコンサートがあるんですけど、本当に、〈短命〉の人には、いつも夢と感動を私たちに与えてくれて、今回のメイさんにも、お疲れ様でした、そして、ありがとう、と言いたいです」


 感極まっているように、途中、途切れ途切れに、支離滅裂に、そして少し声を震わせながら、先ほど楽屋でマネージャーが考えたコメントを私は話す。


 〈短命〉の人にコメントする時、同情的な言葉は禁止だ。特に「頑張っている短命」の人に対しては、明確に感謝の言葉を言わなければならない。


「そうですよね。伊藤さんは、いかがでしょうか」

「僕もね、本当に、感動しました。特にね、僕が言いたいのはね、〈短命〉の人たちも、頑張ってくれ、っていうことなんですよ。最近、〈短命〉の人たちが立て続けに事件を起こしているじゃないですか。自暴自棄になったりしてね。本当に、最低だよね。頑張ってないんだよ、そいつらは。逃げてるだけだろ、って思うんだ。でもさ、彼女たちみたいに、頑張ってさ、人に感動を与えるっていうのはね――」


 私の右隣に座っている四十代くらいの俳優上がりコメンテーターが、熱っぽく語っている。口から唾を飛ばし、それが彼の目の前に置かれている彼の進行用紙を濡らした。私は、こっそりと自分の進行用紙を左に移動させる。


「先ほども少し話してましたが、今日、のどかちゃんもライブがあるんですよね?」

 俳優上がりコメンテーターの熱弁が終わると、司会の人が、台本通り、また私に話しを振ってくれた。


「はい。私たちのグループ、『SSG』のメンバーの一人、桜ちゃんがもうすぐ寿命を迎えます。今日、桜ちゃんの最後のステージです。夕方四時半から、この局のCSチャンネルで生中継をしてもらえることになっています。皆さん、桜ちゃんの最期の勇姿を、是非見てください」


 私は、番宣コメントを淀みなく述べる。

 さっきとは違い、はっきりと、分かりやすく述べる。


「はい、是非、皆様ご覧ください。では、次のニュースに参りましょうか。先ほど伊藤さんのコメントの中にもありましたが、先週に続き、また、〈短命〉の方が事件を起こしました。これで、〈短命〉の方が起こした事件が、今月だけで七件になりました」


 カメラが切り替わる。モニターに事件のVTRが流れ始めた。おどろおどろしい音楽。女性ナレーターの低い声。暗い色使い。不気味さが強調される演出が施された映像。


 〈短命〉の人が通り魔を起こし、〈普通の人〉が二人死亡、三人が重軽傷を負ったと伝えている。犯人の年齢は十七歳。寿命は十八歳だったそうだ。そしてこの通り魔は、警察が駆けつける前に刃物を自身の胸に向けたらしい。


 続けて、事件現場の目撃者インタビューの映像が流れ始めた。その目撃者は顔より下だけが写っているが、服装から、大体四十代くらいの女性と推測できる。


『もう、突然、叫びながら刃物を振り回して……沢山血が流れていて……これが僕の革命だ、って何回も叫んでいたんです。私はそれで一連の事件と同じだ、って思って。でも、サイレンの音が聞こえ始めたら、自分の胸を刺して……』


 また、これか。


 革命。


 くだらない。本当にくだらない。


 私の脳裏に、あの人の顔が浮かぶ。まさに亡霊のように私に纏わり付いている、あの人の顔が。


「またかよ……ほんと、これだから〈短命〉は」

 私の隣に座る俳優上がりコメンテーターの伊藤がぶつぶつ憤っている。


「まどかちゃんも大変だね。〈短命〉の中に一人だけなんて。刺されないように気をつけなよ?」 


 私は、背筋が凍るかと思った。VTR中とはいえ、この勘違い俳優上がりコメンテーターは、生放送中になんてことを言うのだろう。


「生放送中ですよ」

 私はモニターから視線を外さず、口を動かさず、マイクを一瞬抑え、無機質な声を発した。


「マイクの音乗ってないから大丈夫大丈夫」


 悪びれる様子もなく、へらへらとしている中年男の声音に、強烈な嫌悪感を抱く。


 でも私は、それを絶対に外に出すことができない。いつものように、自分の胸の中だけでその感情を灰になるまで燃やす。胸の温度が熱くなる。煙に巻かれて苦しくなる。でも大丈夫。あと数秒経ったら、全部忘れる。


 今日も滞りなく、途方もなく長い、そんな日常が流れている。

 

 

 * * * 

 

 

「のどかちゃん、お疲れ様!」


 午前中の生放送のワイドショー終わると、スタジオ内の前室でプロデューサーさんが私に声を掛けてきた。


「お疲れ様でーす! 今日は呼んでいただいてありがとうございました!」

「今日もよかったよ。またお願いね」

 四十代くらいのプロデューサーさんは寝不足なのか、目が腫れぼったい。浅黒く日焼けしているため目立たないが、肌も荒れているようだ。


「こちらこそ是非お願いします! あ、この靴かわいい」

 元気良く挨拶をした後、「素の声のような声音」で、プロデューサーさんの靴を褒めてみた。


「え? あ、これね。コラボスニーカーだよ。のどかちゃん、靴好きなの?」

「靴好きです! これ、普通に売ってないやつですよね。さっすが、違いますねー」

「知り合いがいるんだよ。今度また展示会あるから、興味あるなら連れてってあげるよ」

「ほんとーですかー? 是非是非、お願いします!」

「お、じゃあ今度連絡するよ。あ、夕方のコンサート見に行くから、頑張って!」

「えー! 嬉しい! ありがとうございます! 頑張りますよ〜」


 プロデューサーさんとの会話を終えるタイミングを見計らって、マネージャーがカーディガンを持って私の所に来た。テレビ収録のスタジオ内は空調が効きすぎていて、ちょっとした冷蔵庫みたいだ。


「番宣とはいえ、コンサート当日の午前中に仕事を入れて悪いね」

「いえいえー」

「CSとはいえ初めての生中継だから、どうしても結果出さなきゃいけないんだ。まあ、これで大丈夫でしょ」


 カーディガンを羽織ると、冷たくなり始めていた肌に柔らかい暖かさが交わり、気持ちが緩む。


 収録中は強い照明に照らされていてあまり気にならないけど、スポットライトの外に出ると途端に寒くなる。特に、私みたいな若い女性タレントは露出の多い服を着させられるから、何かを羽織らずに長居すると風邪を引いてしまいそうだ。


「それと、忙しくて申し訳ないんだけど、この後すぐに一本打ち合わせが入っちゃった。よろしくね」

「そーなんですね。分かりましたー」

 本当に、忙しい。

 最後に一日休みを貰えたのは、いつだったっけ。

 


 共演者にも丁寧に挨拶をして、他のスタッフさんにも挨拶周りをする。

 スタジオを出たのは、収録が終わってから二十分後だった。


 楽屋に戻って衣装を着替えると、息つく暇も無く、すぐにマネージャーとディレクターさんが楽屋に入ってきた。


「のどかちゃん、お疲れ様です。この後コンサートの最終リハがあるんですよね? 長引かないように早速はじめますね」

 ヨレヨレの服を着ている三十代くらいの男性ディレクターさんは、せかせかと話しながら、机にタブレットを置く。 


「例のチャリティー特番、のどかちゃんの企画が固まったんですよ」

「あ、そうですか。何やるんですかー?」

 私はタブレットに表示されている企画書に目を通す。

「〈短命〉の水泳男子高校生に密着取材です」 


 ……また、〈短命〉か。


「ちょっと有望な〈短命〉の水泳やってる男子高校生がいるんですよ。珍しいですよね。ただ、寿命が十代じゃなくて二十代前半なのが微妙なんですけどね。でも、まだどこもツバをつけてないから、ウチで密着取材しよう、ってことになって」


「……そうなんですねー」


 私に拒否権は無い。与えられた仕事を、ただただこなすのみ。


 すると、マネージャーが話しに割って入ってきた。


「事務所の考えとしてはさ、他のメンバーが全員寿命を迎えた後のまどかちゃんの方向性なんだけど、歌と演技をやりながら、CMとかニュースのコメンテーターとかをもっと入れていきたいんだよね」


 マネージャーが、改めて私が売れ続けるための方針を伝えてくる。

 これまでも、何度か聞いている話しだ。


「のどかちゃんはさ、これで〈短命〉グループが二回目で、しっかりストーリーを持ってるじゃない? 今もさ、折角のどかちゃん以外のメンバーが全員〈短命〉な訳だし、そこに寄せていきたいのよ。〈短命〉の思いを背負う強い女性、みたいな。だから、今の段階から、もっと他の分野の〈短命〉の人とも接点作って、着実にイメージを固めていきたいんだよね」


 今の世の中だと、それはたしかに理に叶っているイメージ戦略だ。


「大丈夫ですかね。じゃあ、企画の方ですが、ちょっと細かく説明していきますね」


 ディレクターさんから、企画のコンセプトや撮りたい映像、私の役割についての説明を受ける。口頭で伝えてくるその内容は、タブレットに表示されている企画書に書かれていることと何も変わらない。これなら、企画書だけ送ってくれればいいのに。


 ディレクターの声に対して、はい、はい、と相槌だけ打ち、先に企画書を全て読み終えた。


 改めて、最初のページまでスライドさせる。そこには、私の宣材写真と簡単な説明が書かれていた。



 ――のどか。十七歳。『SSG』所属。



 私の今のグループ、『ソレイユ・シャットン・ガールズ』、通称SSGは、私と六人の『短命』の子、計七人のグループで去年結成された。そしてすでに、一人が寿命を迎えて、もうこの世にはいない。今残っているのは、私含めて六人。その内の一人も、今日でお別れ。 


 よくある〈短命〉アイドルフォーマットだけれど、他のグループと違う点は、〈普通の人〉である私もこのグループに所属しているということ。これまでの〈短命〉アイドルグループは、全員が〈短命〉であることが通常だった。そこに〈普通の人〉が入るという目新しさで、SSGは大きな話題になっている。


 あと数年でメンバーは皆いなくなるけど、私は一人、残り続ける。私はまだまだ、何十年も生き続ける。


「……っていう感じですね。来月終わりに、春季全国大会に向けた記録会があるらしいので、のどかちゃんには来月から早速ロケに行ってもらいます。お願いしますね」

「……分かりましたー。こちらこそよろしくお願いします」


 打ち合わせが終わるとすぐに、マネージャーが「早く出るよ」と急かしてきた。


 荷物を抱えて楽屋から出る直前、机の上のお菓子入れの中から、収録前にも食べたイチゴミルクキャンディーを一つ取って口に入れた。チープだけどしっかり満たされる、そんな甘味を口いっぱいに広げ、小走りでマネージャーの後を追った。

 

 

 * * * 

 

 

 お別れコンサートの最終リハを終えてひと段落すると、やっと今日初めてのご飯を食べる。


 でも、コンサート前だからあまり食べることはできない。栄養補給ゼリーとサプリ、小さなチョコレート二つに、ブロック型の高カロリー栄養食を二本食べて終わらせた。


 私は誰もいない部屋を探しながら、廊下を歩く。スタッフさんたちが鬼気迫った様子で走り回っている。すると、ひとつ、誰もいない部屋を見つけた。本番直前に演者が集まる前室だ。


 いくら私だけが活躍していても、私専用の楽屋はない。複数人共同で使う控え室はあるが、できるだけ、あの人たちには会いたくない。


 前室には、本番直前にならないと人は集まらない。まだ余裕はある。だから大丈夫だと思い、その部屋に入った。端っこにあった椅子に座ると、集中力を高めるために、軽く目を閉じて、体全身の力を抜く。


 コンサート中の私のイメージを、第三者目線で膨らませる。登場シーンの私の表情。首の角度。体の動き。口の開き具合。声の聞こえ方。一つ一つ丁寧に、イメージの中で最終確認をしていく。ミスはダメ。仮にミスをしても、それは可愛くなければダメ。「まどか」を演じきるために、細心の注意を払う。私は、それでお金を貰っているのだ。それで生活しているのだ。そしてこれからも、何十年も、生活し続けなければいけないのだ。


 イメージの中で細部の修正を行いながら、コンサート中盤、七曲目に差し掛かった。そしてそのタイミングで、私の集中の邪魔をする、耳障りな声が聞こえてきた。


「う……うぅ……」

「もう……さくら、今から、泣かないでよぉ……」


 その声に意識が引っ張られる。イメージの中の私が、何回も動きを繰り返す。


「うぅ……っ……っ……ごめんね……でも……」

「さくらが泣いたら、私たちも……っ……泣いちゃうよ……もう……メイク、直さなきゃ……」


 だめだ。

 雑音に邪魔をされ、集中が途切れてしまい、イメージの中の世界が完全に崩壊する。

 私は大人しく目を開けた。気付けば、この部屋にメンバー全員が集まってきているようだった。仕方がない。前室でイメージトレーニングを始めた私が悪い。でも、まだ本番までは時間があるはずだ。なぜ、今もうここに集まっているのだろうか。


「さくら、今までありがとうね……私たちもすぐに行くから。だから、待っててね……」

「もう、ちょっと、みんな……こんなの、始まる前にする会話じゃないよ……」


 全くもって、開演前にする会話ではない。今から感傷的になってどうするのか。今のこの時間は、プロとして、お客さんに喜んでもらえることだけを考えなければいけない。自分本位な行動を取って、喜んでもらえなくて、お客さんが離れて行ったらどうする気なのか。


 まあ、彼女たちには関係ない話しか。 

 思わずため息を吐きそうになって、ぐっと堪えた。


 私は席を立ち上がる。静かな場所を探してイメージトレーニングを再開しようと、大部屋の出口へ向かった。


「私、もっと、みんなと一緒に居たかった……。なんで、〈短命〉に生まれてきたんだろう……不公平だよ……っ……」


 あの子は、何を被害者面しているのだろうか。


「……さくら、また、天国で一緒に歌おう? ね? 私たちもすぐに行くからさ」

「……うん、本当に、開演前に、ごめんね……。今日、がんばろう……」


 本当に、これだから、〈短命〉は嫌いだ。

 それこそ、「あの人」と生活していた時から、ずっと。

 

 前室から出ると、大勢のスタッフさんたちが忙しそうに廊下を行き来していた。

 外のざわつきが聞こえ始めている。会場の客入れが始まったみたいだ。

 

 時計を見ると、時刻は十五時。

 あと一時間半で、コンサートが始まる。

 

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