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十七歳の誕生日

『……はい、是非、皆様ご覧ください。では、次のニュースに参りましょうか。先ほど伊藤さんのコメントの中にもありましたが、先週に続き、また、〈短命〉の方が事件を起こしました。これで、〈短命〉の方が起こした事件が、今月だけで七件になりました』

 

 寝起きの目を擦りながら自室にある小さなテレビを点けると、毎週日曜午前中に放送されているワイドショー番組が流れ始めた。

 司会の人の言葉をきっかけに、〈短命〉が起こした事件のVTRが流れる。おどろおどろしい音楽。女性ナレーターの低い声。暗い色使い。不気味さを強調した演出が施された映像。


 〈短命〉の人が通り魔を起こし、〈長命〉の人が二人死亡、三人が重軽傷を負ったと伝えている。犯人の年齢は十七歳。寿命は十八歳だったそうだ。そしてこの通り魔は、警察が駆けつける前に刃物を自身の胸に向けたらしい。

 

 そこまで見ると、僕はすぐにテレビを消した。

 日曜の午前中に見るものではないし、ましてや誕生日の朝に見るものではないと思ったからだ。 

 

 行き場の無くした視線を天井に向ける。白い天井に、光が灯っていない灰色の蛍光灯。

 僕は今日、十七回目の誕生日を迎えた。

 十七歳。僕はやっと、あの時の鷺谷さんと同じ年齢になったのだ。

 

 鷺谷さんは寿命を二年残して、十七歳で自殺した。

 彼女がどうやって死んだのか、僕は知らない。遺書があったということなので、自殺だったらしいということは知っている。でも僕は彼女の親族でも何でも無いから、遺書に何が書かれていたのかは知らない。

 結論、なんで鷺谷さんがあの時自殺したのか、僕は分からない。

 

 

 ――僕も、自殺をしてみようか。

 

 

 不意に、そう思った。


 タブレットを起動させて、自殺方法について色々調べてみる。


 どの死に方も痛くて苦しそうだった。その上もし失敗でもしたら、重い後遺症を背負うこともあるらしい。全てからの早期解放を求めた結果、枷が増えるとは本末転倒である。


 何より、自殺をすると遺体が酷く汚れてしまうみたいだった。皮膚がとんでもない色に変色したり、目玉が飛び出したり、糞尿に塗れたり、血まみれになったり、バラバラになったり。発見が遅れて腐敗なんかしたら、ぐじゃぐじゃに溶けて、虫だらけになってしまう。


 別に、死んだ後の自分自身の体のことなんてどうでもいい。でも、家族に対してそんな姿を晒すことを想像すると、とても申し訳ない気持ちになる。きっと心に傷を負うだろう。僕の家族は僕とは違って、まだまだこれからも生き続けるのだ。こんな時代、生きることは只でさえ大変なのに、余計な負担を背負わせては可哀想だ。生産性が無い『短命』を育ててくれた恩とか、未来の無い僕に使ってくれたお金とかに対して、仇で返してしまう。


 やはり、死ぬなら、綺麗に死にたい。まるで眠っているようだね、とか、思ってもらいたい。吐き気や慟哭を喚起するのではなく、綺麗で、透き通った涙を呼び起こしたい。トラウマとして心に残るのではなく、よくある人生の彩り、というか、むしろ、社会に蔓延るただの「消費物」の一つのように、僕の死を扱ってほしい。


 あと二年で寿命を迎える僕が望むことといえば、ただ、それだけだ。

 

 

 僕は、鷺谷さんのお葬式には出向くことができた。

 鷺谷さんの死は、最初、変死体の発見としてローカルニュースになった。僕がまだ十一歳の時、学校に行く前の朝食の席で、いつものように家族揃ってトーストを頬張っていると、母親が、町内で起きた変死の報を、気味が悪そうに、でも少し興奮しながら話していた。鷺谷さんの変死は、その後すぐに自殺と断定された訳だけれど、その時、僕は鷺谷さんの死を知ったのだった。 


 葬儀日時を調べてみたら、当時小学五年生だった僕でも割と簡単に突き止めることができた。今は、いつ・どこで・誰のお葬式が行われるかを検索できる「葬儀日程ドットコム」というサイトがあるのだ。


 全ての人間の寿命が生まれた瞬間に分かるようになってから数十年経った。だから今では、自身のお葬式会場と日時を、何年、何十年も前から予約することが普通になっている。そのデータをまとめている団体が、葬儀日程が分かる検索サービスを作っていたらしい。もしかしたら、寿命ではなく突発的に亡くなる人の葬儀日時は載ってないのではないか、と思ったけど、鷺谷さんの葬儀日時はしっかりと表示された。


 あの時、葬儀会場で、親族の人から彼女の自殺の真相を聞けたかもしれない。でも、まだ小学生だった僕は、何だか怖くて、勇気がなくて、聞くことができなかった。


 それから数年後、中学生になってから、鷺谷さんの当時の友人を探し出して真相を尋ねたこともあった。けれども、誰も何も知らなかった。むしろ、その友人たちも知りたがっていた。遺書の内容は家族以外、誰も知らないのだそうだ。


 今はもう、鷺谷さんの家族は遠い街に引っ越してしまったようで、足取りを掴むことはできない。いや、本気でやろうと思えばできるのかもしれないが、人のプライバシーを侵害してまで、図々しく真相を聞きに行くだけの正当な理由は、僕には無い。

 

 ただし、そんな僕でも鷺谷さんの自殺について分かっていることが一つある。


 それは、彼女はとても綺麗に死んだということだ。


 鷺谷さんのお葬式会場には、彼女の知り合いの若い男女が沢山来ていた。僕は、鷺谷さんは人気者だったんだな、とか、美人で人当たりも良かったから当然だな、とか、そんなことを考えていた。


 そして、その場に集まっていた沢山の若い男女達は、しっかりと鷺谷さんの死を消費していた。泣いたり、スカしたり、カッコつけたりして消費していた。感傷の材料にしたり、何かのきっかけにしたりして消費していた。


 鷺谷さんは自殺をした。それなのに、彼女の遺体は綺麗だった。

 鷺谷さんは、一体どうやって、あれだけ綺麗に死ぬことができたのだろう。

 その術が分からない僕は、やっぱり、あと二年後に迎える寿命を待つのが賢明なのだろう。

 

 十七歳の誕生日を迎えても、結局考えることといえば、そんなことばっかりだ。

 

 

 * * * 

 

 

 長々と続いた思考が、とりあえずひと段落した所で、僕はゆっくりと自席から立ち上がった。


 机の脇においてある小さな目覚まし時計を確認すると、時刻は十二時四十五分。約束の時間は十三時三十分だから、もうそろそろ家を出る準備をしなければならなかった。


 部屋着から白いシャツに着替えて、スリムなジーンズに足を通す。パーカーを着るかどうか迷って、窓から外を見てみた。外は晴れている。あったかそうだ。でも結局、寒がりな僕は、万が一に備えて薄手のパーカーに手を伸ばした。


 洗面所で顔を洗った後、家を出る前に水を一杯飲もうと思い、リビングへ足を向ける。

 曇りガラスがタイル状に六枚はめ込まれているドアに手を掛けた。耳を澄ます。音は聞こえない。ゆっくりとドアを開け、顔を覗かせる。


 音がしなかったから誰もいないと思っていた。

 しかしリビングの中では、妹の香弥かやが一人、タブレットを見ながらお昼ご飯を食べていた。


「あ、おはよ」

 キャミソールに短パンといったラフな部屋着姿の香弥は、僕を一瞥して小声で挨拶すると、すぐにまた手元のタブレットに目線を戻した。


「おはよう。みんなは?」

「祐のサッカーの試合」

「そっか」

 僕はそのままキッチンに向かう。途中、横目で香弥のタブレットを見ると、僕でも知っている有名なアイドルが犬とじゃれている動画が流れていた。


 水道水をコップに並々注ぎ、一気に飲み干す。起床してから何もお腹に入れていなかったため、水の温度と重さが胃にしっかりと伝わる。


 ふう、と一息つく。水を一杯飲むという目的は達成されたから、もうこの場所にいる必要はない。だから僕は、ノロノロと玄関へ向かった。


「お兄ちゃん」


 リビングを出る直前、香弥が僕を呼び止めた。

 振り返ると、香弥はタブレットから目線を外していた。しかし、僕の方を見ている訳ではない。軽く俯いていて、その目線は机を捉えている。


 数秒、その状態が続く。不安定な沈黙。

 すると香弥は、何かを決めたように小さく息を吐き出した。そして、そっと、例えば、精巧な紙細工を丁寧に地面に置くような感じで、つぶやいた。


「……誕生日、おめでと」


 香弥はそう言った後、僕の顔を窺うように黒目だけを少し動かした。そしてまたすぐに目を伏せる。


 妹の抱える気まずさや優しさ、その他の言語化できない感情。

 僕はそれを全て受け止めると、笑顔で返事をした。


「……うん。ありがとう」


 香弥は、少し目を泳がせた後、明後日の方向を見ながら「うん」と声を出さずに頷くと、タブレットの画面に視線を戻して、またお昼ご飯を食べ始めた。

 

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