”山賊”迎撃戦線・前編 ~~『夜叉』〜〜
「猫爺様!各員、準備が整いました!!」
「ウム、御苦労。……それでは、諸君!これより、この地に侵入してきた山賊集団:"ZIG=ZAG"の討伐作戦を開始する!!」
『エイ!エイ!エイ!エイ!……オォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
”ネコ丸”を狙ってこの地に来た襲撃者達、”ZIG=ZAG”。
彼らは裏庭の警護をしていた"鎌鼬"率いる部隊だけでなく、”見越し入道”と”百目鬼”から成る美人局コンビや大妖怪:"こんにゃく坊主"が率いる精鋭部隊……そして、七つの怪異の内の一つの力を用いて生み出された決戦怪造兵器:”金剛”すらをも如何なる手段を用いてか撃破し、”ネコ丸”のもとへと迫ろうとしていた。
彼らのような驚異的な存在が、”ネコ丸”を持つヒナタに追いつくような事態になれば、単なる”猫又”に過ぎぬヒナタでは到底彼らに太刀打ち出来ないのは、火を見るよりも明らか。
――そうなれば、”ネコ丸”を手に入れた彼らが有り余るほどのその強大な力を悪用すれば、この世にどれだけの混乱を引き起こす事になるのか……。
何の比喩でもなく、”山賊”達の欲望や野心から全ての生ある者達の未来を守れるのは、この場にいる自分達を置いて他にない、という事を改めて実感する猫爺は緊張した面持ちで思案に耽る。
(……それに、可愛い孫娘を危険な目に遭わせるわけにはいかんでの!!)
『”ネコ丸”を守護する』という大義からは程遠い、祖父である”猫爺”としての個人的な感傷。
当然、そのような心境を口に出来るはずもなかったが、この場にいる者達は全員何を言わずとも猫爺の想いを理解していた。
「心配なさんな、猫爺様!!ヒナタ嬢ちゃんは俺達が必ず守り抜いてみせらぁ!」
「ふん、誰かを守るなど性に合わんが……不埒な”山賊”共に、目にもの見せてくれる……!!」
「お主ら……あぁ、そうじゃな!」
自分を信頼してくれている部下の者達の顔を見渡す猫爺。
現在、猫爺のもとにこの一階に集った妖怪達は、34名。
正門などの敵の侵入経路や妖怪神、七代妖怪王達の近辺警護以外で、現在動く事が出来る全ての妖怪達が”ZIG=ZAG”という山賊達を倒すためだけに、猫爺の指揮下のもとでこの迎撃作戦に参加していた。
僅かな合間を縫って、言葉少なながらに志を一つにせんとする妖怪達。
だが、運命はそれすらも許さない、と言わんばかりに、残酷な時を告げる――!!
「ッ!?報告申し上げます!!前方より、泰然とした足取りのまま四名の青年達――”山賊”と思われる者達が、こちらに近づいてきています!!」
一同に一斉に緊張が走る――!!
そうして臨戦態勢に入った彼らの前に――何の捻りもなくただ当然の帰結として、山賊集団”ZIG=ZAG”が姿を現す。
かくしてこの場にて、山賊達と妖怪軍団による決死の攻防戦の戦端が開かれようとしていた――。
”ZIG=ZAG”と妖怪軍団が対峙する中、先に口を開いたのは、この場にいる妖怪達を束ねる猫爺であった。
「お主らが”こんにゃく坊主”達やあの”金剛”すらをも倒すほどの実力者である、というのはよく分かった。……だが、どうにも解せぬ事がある。”見越し入道”と”百目鬼”の両名は何故倒された痕跡もなく、それどころか教室から姿を消す事態になっておったのじゃ?」
”ZIG=ZAG”が強大な戦闘力を持っている、というのなら、それはそれで認めなければならない事実に違いない。
だが、現在妖怪達を率いる猫爺が看過出来ない問題として、1-6の教室で4人を待ち受けていたはずの”美人局”コンビが影も形もなく、姿を忽然と消していた事である。
もしも、彼らに単純な戦闘力以外の注意すべき要因があるのなら、それを早急に割り出す必要がある……。
猫爺の懸念はもっともだが、”ZIG=ZAG”の面々が馬鹿正直にそれを口にする必要はない。
にも関わらず真っ先に口を開いたのは意外な事に、美形の青年:那智であった。
那智は陰鬱とも気だるげともいえる口調と共に、あっさりと答えを口にする。
「俺達とて、流石にあんな見え見えの罠に引っかかるほど馬鹿じゃない。……大輔があの”百目鬼”という女と教室内で淫行にふけっている間、その痴態を二人まとめて鉄平のデジカメで録画し、世界中に拡散するという名目のもと、こちらが逆に脅迫してやっただけの事だ……!!」
「まったくだよ!!普通、あんなに包帯を巻いた腕からいくつも目玉が見え隠れしているようなお姉さんについていくわけがないからね!反省しろよ、大ちゃん!」
「んだよ……気持ち良かったから良いじゃねぇか、オラッ♡」
「楽しんでたのは大ちゃんと、今はしれっと諫めておきながら、あのとき喜々として撮影していた鉄平だけだからな?那智と一緒にその光景を眼前で見せられていた俺の気まずい気持ちも少しは考えよう?」
那智の発言に続いて、他の三人も言葉を続ける。
”美人局”の両名としては、”百目鬼”との情事が記録された映像をもとに大輔達を脅迫する算段だったのだが、当の本人である大輔という青年は、仲間を想う熱い気持ちはあっても、”羞恥心”というモノを生まれるときに母親の胎内に置き忘れたような性格であったため、特に動じることはなかった。
それどころか鉄平が撮影していたデータをもとに、大輔ごと写った情事の場面をネットで拡散されたくなければ言う事を聞け、と逆に那智に脅迫される羽目にまで陥ったのである。
「ば、馬鹿な……百戦錬磨の美人局である彼奴等が、そのような事くらいでお主らの要求を呑むなど、断じてあり得ぬ!!」
驚愕の表情を浮かべる猫爺に、なおも那智は言い放つ。
「あの教室は他の者の目が入らないように密閉された空間だったからな。想定していなかった俺達による"逆脅迫"のうえに、裕太に密かに空調を壊させる事によって空気の密度を更に薄くし、思考能力を低下させてやっただけだ。……そうした甲斐もあって交渉はスムーズに進み、おかげで俺達は労せずして、奴らから50万円を慰謝料としてその場でもらう事に成功したわけだ……!!」
那智の脅迫術、裕太の圧倒的な戦闘力、鉄平が持つ動かぬ証拠……そして、大輔の圧倒的なまでの羞恥心の欠如。
弱みを握られ思考能力が低下した中での、この四人の凶悪な連携を目の当たりにした”美人局”の両名は、彼らに敵わないうえにこの妖怪軍にも居場所がないと判断し慌てて出奔した……というのが、あの1-6組の教室での顛末なのだろう。
そんな圧倒的な”ZIG=ZAG”を前に絶句する妖怪達に追い打ちをかけるかの如く、那智がとどめとなる言葉を指揮官である猫爺に向けて口にする――!!
「そして、次の襲撃だったが……あのデカブツは”金剛”と、言ったか?……確かに、紛れもなく強大な戦闘力を持っていた存在ではあったが、それだけに、その一体が倒されただけで全体の士気が落ちるような代物を、”草履大将”という優れた指揮官のいる場所に送り込んだのは下の下ともいる失策だ。……敵ながら、この場に俺達を招待してくれるような間抜けはアンタって事で良いのか?猫の爺よ……!!」
猫爺の指揮能力を糾弾する容赦なき那智の一言。
何の誇張もないあるがままの事実であるだけに、彼の一言は猫爺を責めさいなむ……はずだった。
「確かに今思えば、戦力の逐次投入など下策以外の何物でもなかったであろうな。……じゃが、あやつらは確実に強大な力を持ったお前達の力を幾分かそぎ落とす事に成功したようじゃな?……ならば、今の儂らに出来る事はこの場で悔やむ事ではなく、今度こそ確実に全力を持ってうぬらを討ち取るまでの事じゃよ」
だが猫爺は先程までの動揺から一転、那智の発言に対しても特に動じることなく、厳しい視線を那智に向けながらおもむろに口を開く。
「それにしても、どのような場所で育ったのかは知らぬが、その若さで他者の心の隙に付け込み自身の益とする生き方が骨の髄まで染み込んでおるわい。……それしか出来ぬし、それしかやらぬ!……お主のそんな歪んだ性根、儂らが叩き直してくれようぞ!!」
「……ッ!!」
猫爺の発言を受けて、それまでの冷淡な表情から一転、憤怒からか顔を歪ませる那智。
そんな彼をつまらなさそうに見てから、猫爺が配下の者達に号令をかける――!!
「前衛部隊……行けいっ!!」
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
猫爺の指揮のもと、十体近くの近接戦に特化した妖怪達が”ZIG=ZAG”へと一斉に飛び掛かっていく――!!
猫爺に向けて激しい怒気を滲ませた那智を後ろに追いやる形で、裕太が血気に逸る那智を抑える。
「よせ、那智ッ!!……らしくもない事は自分でも分かってるだろ?一旦、クール、クール!!」
すぐに軽い調子で落ち着くように諭してくる裕太。
そんな彼の発言を聞いて冷静になったのか、那智はバツが悪そうに謝罪の言葉を口にする。
「……すまん、俺とした事が戦果を急ぐあまり、相手を見誤ったようだ。……ここは、お前達に任せて良いか?」
それに対しても、裕太は軽く笑みを浮かべながら何でもない事かのように答える。
「おうさ!那智が急いだのも、俺達の体調を気遣ってくれたからだろ?……そりゃ、確かにあの”金剛”とかいうのは手強かったけど、ここの妖怪達を見る限り、あれと同じほどのヤツは流石にもういないみたいだ。……それなら、俺達”ZIG=ZAG”なら、余裕で切り抜けられる!!」
「……あぁ、すまない」
「おや?あの仏頂面でお馴染みのナッチさんが、スッゴイ素直。こりゃ明日は雨どころか槍衾……を振らせてくるような金剛とはさっき戦ったばかりだったな。そういや」
「……ッ!!ふん、減らず口を叩くな!それと、お前がその名で俺を呼ぶな……!」
素直ではないが、いつもの調子を幾分か取り戻した様子の那智。
だが僅かな時間とはいえ、裕太と那智がそんなやり取りをしている間にも妖怪達が殺到してくる。
そんな中、突撃してくる妖怪軍団と真正面から対峙する形で割って入るように、ズイッ、と大輔が自慢のサングラスとスキンヘッドを光らせながら颯爽と躍り出る――!!
「オイオイ、いきなりハードラックなナンバーを奏ですぎだろ、猫の爺さん?……縁側で茶をすするのがヌルすぎるってんなら、俺の熱い”BE-POP”な魂が!アンタに涅槃へ誘うほどの安らぎを届けてやるぜ!!」
まさに聴く者の魂をあの世へ昇天させそうな歌声を持った大輔が、マイクを片手に今にも熱唱を始めようとする――!!
「クッ!?コイツらが情報通り山賊ならば、披露される歌は紛れもなく魂ごと焼き討ちしつくすが如き”BE-POP”な熱唱である事は最早確実……!!私が奴を確実に始末してくれるッ!!」
「オゥ、任せた!!俺は他の奴らを引き連れて、あの茶色頭のガキをブチのめす!!」
先陣を切る"牛鬼"と並走していた"夜叉"がそう呼びかけながら、大輔のもとへと殺到していく。
実際の大輔の歌唱力は夜叉の予想とは異なるモノであったが、それでも脅威という意味では間違いなく妥当であり、彼の判断はまさに的確と言えた。
「貴様はここで終わりだ、山賊!!……この地にて、幽明境を異にするがいいッ!!」
夜叉が、妖刀で大輔に斬りつけながら鬼気迫る表情で叫ぶ。
夜叉は戦士としての長年の経験則から、この場で最も強大な戦闘力が裕太である事を瞬時に見抜いていた。
そのため、豪快に敵を粉砕する力任せな戦法を得意とする牛鬼、巧みな剣技の冴えを武器とする夜叉である自分の二体を中心に、他の妖怪達と一斉に裕太を潰すのが最善であるはずに違いない。
だが、そういった理屈とは違う、戦場に身を置いてきた剣士としての直感……とでもいうべきモノが、『この相手を見過ごすわけにはいかない……!!』と、強く夜叉に訴えかけていた。
夜叉の凶刃が、大輔の首元へ吸い寄せられるように迫る――その刹那!!
「ケッ、チャチャチャ!!ケチャクチャ、ヌチャクチャ!ケチャクチャ、ヌチャクチャ!……ケ・チャ・ク・チャ!」
「ッ!?」
夜叉の僅かな動揺を突いて、大輔が下からアッパーをする形で刀を強く弾く――!!
大輔は小学校時代に音楽の時間で習ったインドネシアの伝統的なBE-POP民族ソング:”ケチャ”を彷彿とさせる曲を突然一人で歌い上げる事によって、夜叉の意表を突く事に成功したのだ。
夜叉は慌てて刀を掴み直し、高速の斬撃をいくつも大輔に打ち放つが、それらは全て先程より数段も精度・威力の落ちた有様であり、その全てが何やら口ずさみ続けている大輔によって捌かれていた。
それというのも無理はない。
大輔としては自分の圧倒的な歌唱力によって、夜叉の魂を焼き討ちする事が出来ると踏んでいた。
しかし当の夜叉としては、激しい曲調の割に、微妙に音程を外し何の昂揚も湧かない大輔の歌らしきモノが、”BE-POP”をウリにするはずの”山賊”という存在とはどうしても結びつかず、それに対する違和感と大輔の無駄に大きな歌声によって、盛大に気を散らされる結果となっていたのだ。
卓越した剣技を持つはずの夜叉は、いつの間にかマイクを持ちながら何かを口ずさんでいるだけの大輔に追いつめられる形となっていた。
「クッ……これはマズイ!!”えんらえんら”!!今すぐコイツを包み込めッ!」
「えんら~!!」
夜叉の呼びかけに応じ、煙に顔がついた姿の妖怪:”えんらえんら”が、自身の身体で大輔の視界を塞いでいく。
「ウォッ!?なんだコイツ!」
驚きの声を上げる大輔。
対する夜叉は高速の摺り足で大輔の背中に回り込むと、構えた妖刀で大輔を突き刺そうと狙いを定める――!!
(恐らくコイツは、”BE-POP”と口にしながらも歌唱力が伴っていない事から判断するに、”山賊”になってからまだ日が浅いと見える。ならば、その戦闘力は単なる街の喧嘩自慢の範疇を出ていないはず……!!)
ならば、必要以上にこの相手に動じることなく、確実な手段を持ってその命を刈り取るのみ。
(だが、十中八九そうであったとしても、貴様は到底油断出来る相手ではないからな……これも勝つための手段だ。悪く思うなよ!!)
夜叉の怜悧な殺意が込められた刺突が、勢いよく大輔の無防備な背中へ向けて放たれる――はずだった。
「ッ!そっちかァッ!!」
ダンッ!と勢いよく地面を蹴り上げる音と共に、突如こちらへ体勢を変えた大輔が刺突を躱して、勢いよく夜叉の方へと突っ込んでくる。
呆気にとられる間もなく、がら空きとなった夜叉の胴体に、勢いよく大輔の拳が放たれる――!!
「ガ、ガハッ……!!」
予測もしていなかった大輔からの反撃を受けて、獲物を手放しながら盛大に地面へと倒れ込む夜叉。
今にも意識がなくなりそうだが、夜叉は自分を見下ろす大輔に向けて息も絶え絶えになりながら、問いかける。
「解せん……何故だ?何故、”えんらえんら”による目くらましにも惑わされずに、私がいる場所が分かったのだ……?」
敗者である夜叉の問いかけ。
本来そんなモノに律義に答える必要はないが、大輔はファンのアンコールに答えるアーティストの如き充足感に満ちた面持ちで、夜叉へと答える。
「俺の歌はどうやらお好みじゃなかったのか、アンタにはあまり響かなかったみたいだが……姿が見えなくなっても、俺にはアンタのビンビンに尖ったバイプスと”BE-POP”な魂は、痛いほどに伝わっていたんだぜ?」
まさにノリで喋っているとしか思えない大輔の返答だったが、それを聞いて夜叉は瞬時に自身の敗因を悟った。
(なるほど……これが最後まで、信じ切れた者の強さか……!!)
夜叉の見立て通り、大輔の単純な戦闘力はあくまで喧嘩自慢の範疇であり、例え夜叉が動揺したとしてもすぐに持ち直して攻め続けていれば、マイクを持っただけの音痴な人間の青年など、妖刀を持った自分に斬られて終わるだけの存在であるはずだった。
だが、大輔は例え歌唱力や実力が伴っていなくても、その”山賊”としての在り方は本物だった。
彼は己の”BE-POP”な魂が命じるままに、自分の未来を切り開くための直感に全てを賭け、その結果として本来ならば到底勝つこと敵わない”夜叉”という強敵を倒す事が出来たのだ。
言ってしまえば、気配感知ともいえぬただの勘任せのようなモノであったに違いない。
だが、少なくともこの場においては、自分を最後まで信じ切れた大輔と、卓越した剣技を持ちながら”えんらえんら”の介入という搦め手に逃げて奇襲に走った夜叉――その両者の違いが、明確な差異となって勝敗を分けた。
「だ、だから……道理に合わぬ者は、嫌いなのだ……!!」
そう口にしながらも、夜叉はどことなく満ち足りたような表情を浮かべていた――。
意識が朦朧とする中、夜叉はふと思い至る。
やはりこのスキンヘッドの青年は、自分の見立て通り、山賊に成り立てと見てまず間違いないだろう。
ならば、他の仲間達も彼と行動している以上、大なり小なり同じような戦闘力のはずだが、茶髪の青年の突出した強さは一体何なのだろうか?
(ただ単に、奴一人だけがずっと前から”山賊”をしていた、というのなら、まだ分かる。だが……)
山賊集団:”ZIG=ZAG”。
その四名の中で、夜叉が直感で見立てたところ、一番山賊適性がありそうなのはこのスキンヘッドの青年であり、一番山賊からかけ離れている印象なのが茶髪の青年であった。
どれだけ恰好や言動をそれらしく偽装していても、あの青年だけが”山賊”としてどうしようもないほど浮いてしまっている……。
もしも、そんな自分の見立てが間違っていなければ、あの茶髪の青年の強さは”山賊”以外の別の要素からなるモノである、という事になる。
それが一体、何を意味するのか……。
そんな事を取り留めもなく考えながら、夜叉は静かに意識を手放していた――。