"ひよこ"
話は十分ほど前に遡る――。
寒空の下、いくつかの蠢く影があった。
裏庭に繋がる茂みでは鎌鼬を筆頭に、野戦に適した感じの雰囲気を放つ妖怪達が周囲を巡回していた。
鎌鼬が仲間達に呼びかける。
「……大半の仲間達が力を発揮できる夜になるまで、時間はまだまだあるんだ。無駄に気張る必要はないが、警戒は怠るな!……僅かな変化であろうと、私に報告するように徹底しろ!!」
”ネコ丸”を狙う者達が、正面である校門から馬鹿正直に来てくれるとは限らない。
鎌鼬の警戒はもっともであり、仲間達もそれを理解しているからこそ、素直にその言葉に頷いていた。
他の者達に順守するように言った通り、鎌鼬自身も警戒を緩めることなく現状に関して思案する。
(日中に全く力を発揮できない他の仲間達だけでなく、今こうしている間にもあちこちから駆け付けようとしている援軍がいるんだ。……私達はそれまでの間、侵入者が来ないようにこの場を守り抜けば良いだけ……!!)
そう、ただ自分達は攻めに走るのではなく、守りに徹するのみ――。
そうすれば目的は自動的に達成される、と鎌鼬が思考していた――その矢先だった。
「お~い、鼬の!早速侵入者が捕まったぞ~!!」
鎌鼬にそう呼びかけてきたのは、同じ巡回仲間の児泣きショタ爺だった。
彼の傍らには、若干困ったような表情を浮かべる単眼の少女妖怪:一つ目小娘と、彼女に後ろ手をロープで縛られた状態で歩かされている四人の青年達の姿があった。
先頭を歩かされているのは、スキンヘッドにサングラスをかけ、背中に龍が描かれたジャケットに身を包んだ厳つい顔つきの筋骨隆々とした体格の男だった。
自分の前を歩く一つ目小娘を見やりながら、
「オイッ!俺達未成年をどんないやらしい店に連れていくつもりだコラッ!スッキリはしたいけど、責任は取りたくないからキッチリお互いに避妊だけはするぞオラッ♡」
などと発言している事から、信じられない事にこの風貌で彼はまだ成人していないらしい。
その次に歩かされているのは、ファーコートを中心にそれなりに値が張りそうなファッションに身を包んだ16か17歳くらいの青年だった。
顔立ちは端正ながらも、それ以上に凄惨ないし陰鬱さというモノが滲み出ており、最初に歩かされている男とは違う方向性の"凄み"という印象を、見る者に抱かせた。
彼は前を歩くスキンヘッドの後頭部を見て、つまらなさそうに「馬鹿が……」とだけ呟いた。
「ウッハ!呪われた廃墟に妖怪達が集まって謎の企み事とか、これ絶対バズるっしょ!……クッソ、カメラやスマホが取り上げられていなければな~!!」と呟いているのは、三人目の少年。
まだ中学生くらいに見えるパーカーを着た小柄な少年は、このような状況にも関わらず何故か嬉しそうにはしゃいでいた。
特徴的なのは、その瞳。
彼の瞳は右が黒色なのに対して、左が無機質なまでに澄んだ青色であり、オッドアイとでもいうべき左右で異なる輝きを放っていた。
そして、最後に歩いているのは「参ったな~……」と呟きながらも、大して困ってなさそうな苦笑を浮かべている青年だった。
年の頃は、二番目に歩かされていた陰鬱そうな雰囲気の青年と同い年くらいだろうか。
髪を茶色に染めてピアスを耳につけ、青色のダッフルコートを身につけたその青年は一見すると軽薄そうに見えるが、彼の表情からは先行していた仲間らしき者達に振り回されていそうな”苦労人気質”とでもいうべきモノがありありと浮かんでいた。
連れられた四人は横並びの状態で、鎌鼬と彼の背後に並ぶ巡回妖怪達の前に正座させられていた。
鎌鼬はそんな彼らを睥睨しながら、連れてきた児泣きショタ爺に経緯を尋ねる。
「コイツ等は一体何者だ?……いくら警戒すべき状況だからとはいえ、近くを歩いてきただけのガキをしょっ引いてきただけだとすれば、貴様……容赦はせんぞ?」
僅かにギラリ……と鈍い輝きを放つ己の両鎌の光を見せつける鎌鼬。
そんな彼に対して、横から一つ目小娘が慌てた様子で仲裁に入る。
「違うって!児泣きの爺っちゃんは悪くないの!!……何か、ウチが隠れながら見回り活動してたら、そこの陰キャ丸出しな子に見つかって、そしたらすぐにこのサングラスかけたツルツルスキンに『俺とエッチな事しろ!』みたいな感じで声かけられたから、『あ、これヤバイ奴だな~……』って直感的に感じて、そんで友達のミクにLAINで送ってから、慌てて児泣きの爺っちゃんに助けを呼んで一緒に捕まえてもらったの!」
妖怪のくせに、たかだか人間のガキ共に見つかるとは……情けない。
それに誰だ、ミクって……そいつに連絡する前にさっさと助けを呼べ、などと思ったが、児泣きがすぐ助けに行けたあたり、どうやら暇つぶしのために学校を離れて人里に降りていった、というわけではないようだ。
ならば、この四人のガキ共が自発的にこの呪われた地に自ら足を運んだ、という事になる。
コイツ等が何をしに来たのか……念のため、鎌鼬は四人に詰問することにした。
「貴様等、この場所に何をしに来た?……返答次第によっては、タダでは済まさんぞ?」
そう口にすると、脅しの演出として自身の両鎌をこすり合わせる形で研いで見せる鎌鼬。
陽の光に照らされ、鋭く研ぎ澄まされた刃が妖しく光る……のだが。
「う、うわー。これは、とんでもなく、やべー奴だー!」
小柄な少年が、そのように声を上げる。
それに対して真っ先に反応したのは鎌鼬ではなく、端に座らされた茶髪にピアスをした青年だった。
「鉄平~!!お前は頭の中まで”ひよこ”クオリティなのかよ!!演技にしても、もう少しちゃんとしろよな!……って、大ちゃんと那智に至っては、驚く素振りすら見せちゃいねぇ!?」
明らかなに下手くそな棒読みをしていた鉄平という名の小柄な少年を叱りながら、特に動じた様子を見せていないスキンヘッドともう一人の青年にも忙しなくツッコミをする茶髪の青年。
それに対して大ちゃんと呼ばれたサングラスにスキンヘッドの男は
「相手をビビらせようとして真っ先に刃物出すヤツは、マジで雑魚。……あっ、でも俺そういう事してる奴を馬鹿にしてたら、速攻で顎に良いのをもらって気絶しかけたから、別にそんな事はなかったわ!」
と、ふざけてるとしか思えない答えを口にする。
もう一人の那智と呼ばれた陰鬱そうな青年は
「……大輔の意見に同意するわけではないが、どのような反応を見せるにしろ、下手に相手を刺激してどうする?……というか、この場で一番コイツの神経を逆撫でしたとしたら、それは今のお前の発言だぞ?裕太」
と、すげない言葉を口にする。
そんな三人に対して、げっそりとした表情を見せる裕太という名前らしき茶髪ピアスの青年。
外見だけは軽薄そうにしていても、彼がこの四人の中で一番苦労人なのは誰の目から見ても明らかだった。
舐められている、としか思えない態度を取られた鎌鼬だったが、特に動じた様子は見せていなかった。
むしろ、彼の背後に控えた妖怪達がオロオロ、と心配そうな表情を浮かべているくらいだが、鎌鼬はこの四人のどうでも良さそうなやり取りから、冷静に情報を抜き出していた。
(何を口にしたところで、斬るだけならばいつでも出来る。……おおかた、場にそぐわぬ態度を取っていれば、それが”個性的”などと周囲に認められるはず、と無根拠に考えている判断力に乏しい年齢と思考回路なのだろうが……まぁ、それも今私が考えている事を確認すれば、すぐに分かる話だ)
そう判断しながら、鎌鼬が答えを確かめるために再び四人に別の質問を行う。
「貴様……そうだ、茶髪のお前だ。お前は今”ひよこ”と口にしたが……もしや、お前達はあの”ひよこ高校”の生徒なのか?」
冷徹さを装ってはいるが、鎌鼬の声音と表情にはそこはかとなく――されど、隠し切れない嘲りが含まれていた。
そんな鎌鼬を前にして、裕太はここに来て初めて若干の険のある――抵抗の色を滲ませた表情を浮かべながら、「……そうだ」と端的に口にする。
その答えを聞いた鎌鼬は、裕太とは対照的にこの場で初めてともいえる口の端を軽く釣り上げた嘲笑的な表情を浮かべていた。
”ひよこ高校”。
裕太達が通うこの高校は、”究極8流高校”とまで人々に揶揄されている事で有名な、全国有数の落ちこぼれ男子校なのである――!!
そんな”ひよこ高校”の評判は、人間だけでなく彼らと身近にいる妖怪達を通じて広まっているため、鎌鼬が彼らをこのように嘲るのもある意味自然な事と言えた。
それでも、今は重大な警戒任務の真っ最中である。
鎌鼬は僅かに気を引き締めると、再度冷徹な面持ちで青年達の処遇に対して考えを巡らせる。
(見たところ、児泣きや一つ目が押収した電子機器以外、コイツ等はロクに大したモノを所持していないようだ。……大方、肝試しか何かのつもりで来た暇なひよこ高校の学生達と、そいつら後輩にイキったところを見せようとしていた冴えないチンピラ上がり、といったところか?)
鎌鼬としては、ここで自慢の両鎌で彼らを八つ裂きにしたり、他の妖怪の力で適当に眠らせてから時間が来るまで適当な場所に閉じ込めておいても良かったのだが、今はこの『旧・どらやき小学校』の廃墟に集まった全ての妖怪達にとって大事な時期であり、僅かな不備も許される状況ではない。
鎌鼬が軽率な行為をした事によって、”ネコ丸”を巡る動きとは何の関係もないようなただ四人の安否を気にする者達をこの場に呼び込むような真似をすれば、同胞達の奮闘は全て水泡に帰すこととなる。
そのような事態になれば、妖怪神や妖怪王達が関わっているこの儀式を失敗させた鎌鼬が妖怪界でどのような扱いになるかは火を見るよりも明らかであった。
(待っていろよ……ヤスリ、イタ吉!父さん、この儀式で手柄を立てて、たくさん恩賞を持って帰るからな……!!)
冷徹な表情とは裏腹に、第二子を妊娠中の妻と幼い息子の名前を心の中で呟く鎌鼬。
この場に来た者達の大半が日中に動けない今だからこそ、最大の手柄を上げる好機!と鎌鼬は自身もあまり日中は得意でないにも関わらず、この巡回任務に颯爽と名乗りを上げたのだ。
……本来なら、嫁いでいった妹や良い年して遊び歩いてばかりいるが腕は立つ弟と共に、兄弟三匹の息が合ったコンビネーションで作戦に臨むのがベストだったに違いない。
だが、今回自分が名乗り出たのはどこまで行っても単なる”功名心”に過ぎず、そんな自分本位な理由で”あやかしマイスター”や”検非違使”が出てくるかもしれないこの儀式に、妹や弟を巻き込むわけにはいかなかった。
(”ネコ丸”を狙う人間共の事を私利私欲の塊、などと糾弾していたが……少なくとも、私もそいつらと大差ない俗物に過ぎぬようだ……)
内心で自嘲の笑みを浮かべながら、それを悟らせないように冷酷な鉄面皮を纏い、鎌鼬は眼前の青年達を睨みつける。
(何、俗物なら俗物で構わん。私は最後までこの野心を隠し通し、自身にとって最良の結果を刈り取るまでだ……!!)
だから、こんなところで肝試し程度の気持ちで紛れ込んできた”異物”共に邪魔されるわけにはいかない。
この儀式を自分にとって最高の結果で終わらせるために、自身の中で思い描いた最良の道筋を描き出す鎌鼬。
(正体不明とされる妖怪:ビジンサマの姿をコイツ等に見せて正気を失わせてから、適当な情報を吹き込んで人里に帰らせるのが無難か?……他の妖怪に借りを作るのは業腹だが、最悪の失敗をするくらいならば、やむなしと考えるべきだな……!!)
そう判断した鎌鼬が、早速ビジンサマに連絡をつけようとしていた――そのときである!!
「……ッ!?」
背後で盛大にガタン!と音がしたため振り返ってみれば、そこにはいつも眠そうな目をしている牛妖怪のくだんが大きく目を見開き、何か言葉を発しようとしていたのだ。
くだんのその表情と動作を見た鎌鼬が、これまで見せる事のなかった驚愕の表情を浮かべる――!!
「ば、馬鹿な……!!ここに来て、”予言”だとッ!?」