"百鬼夜行"
「で、でもお爺ちゃん……そんなに”ネコ丸”っていうのが強い力を秘めているのなら、ここまで皆で無理して”ネコ丸”をもとの世界に返そうとしなくても、ヒナタ達みたいな妖怪のモノにしてしまえば、今後人間達相手にビクビクしなくても良いんじゃないかニャ?」
ヒナタの言う通り、有史以来この国の妖怪達は『あやかしマイスター』のような退魔師達や、”神狩り”を称する『検非違使』達によって、討伐され迫害されてきた。
”大異変”以降の『転倒世界』と化した現在でこそ多少は軟化しているモノの、依然としてこの地では人間達の勢力が幅を利かせているため、ヒナタの『”ネコ丸”を自分達のモノにすれば良い』という意見はごく自然のモノであるように思われるのだが……。
「それはならんぞえ、ヒナタ。……なんせ、この”ネコ丸”という強大な力の正体は、こことは違う世界で平穏に暮らしていただけの単なる普通の少女の”心”なのじゃからな……!!」
「ッ!!ネ、”ネコ丸”が、たった一人の人間から生み出されたって言うのかニャ!?……お爺ちゃん、それは一体、どういう事ニャ!?」
そんな孫娘の驚愕の声を猫耳にしながら、猫爺が「ウム……」と神妙な面持ちで答える。
「文車妖妃やさとり達で結成された分析班によると、”ネコ丸”はもともと、こちらとは違う”平行世界”とでもいうべき場所で暮らす普通の少女であったらしい。……だが彼女は如何なる因果からか、自分の世界よりもこの『”転倒世界”と化したこちら側に来たい!』と願った結果、その想いがあまりにも強すぎたせいで、精神だけが強大なエネルギーの塊としてこの世界に顕現する事態になったのじゃ……!!」
「な、何の特別な異能でもない意思の力だけで、こちら側の世界に?……そ、それはとんでもない話だニャ……!」
「左様。現に人間達が利用する『小説家になろう』というサイトで”ネコ丸”というユーザーが、昨今エッセイを中心にランキングの常連となり、ネコ丸主催の企画が起ち上がったりしておったが……あれらは全て高エネルギー体の”ネコ丸”がこちらに現界するための、単なる予兆に過ぎん……ッ!!」
世界間を隔てて、『小説家になろう』のランキングに影響を与えるほどの強大な力。
もしも、そんなモノが誰かの手に渡ったら――。
そう思うのと同時に、それほどの力を有した”神谷ネコ丸”という少女が、一体この世界に何を望むのか。
ヒナタは突然の事態や情報の多さを前に、戸惑いを隠しきれなかった。
そんなヒナタを優しく見つめながら、猫爺が彼女の手を取ってゆっくりと語り掛ける。
「ゆえに、儂らを敵視してきたような”検非違使”共はもちろんの事、私利私欲のために”ネコ丸”を狙う欲深き者達や、正も邪もなくただ『この世界を滅ぼし尽くす』事を目的とした狂信的な輩のもとに”ネコ丸”を渡すわけにはいかんじゃ。……何より、『とてつもない力を手に入れた』というただそれだけの事で、儂ら人の想いから生まれし”妖怪”達が彼女を好き勝手にする事など、断じて許されんのじゃよ……!!」
猫爺の言葉に対して、周囲の妖怪達も深く頷く。
彼らの中には人間を襲いその身を喰らう者や、その魂を自身に引きずり込もうとする者もいたが――それは全て、自分達妖怪と生きた人間との”駆け引き”の末にそうなった結果であり、それが彼ら闇の世界で蠢く妖怪達が誇る最後の矜持であった。
この世界の因縁とは何の関係もないたった一人の少女の魂を、自分達の目的のために使い潰す――そんな事は人々の想いから生まれた”妖怪”と呼ばれる彼らにとって、到底容認できない在り方に違いなかった。
「へっ!そんな太ぇ真似する事が御大層な”大義”だ何だと許されるってんなら、最初から俺達妖怪は検非違使みてぇな奴らに逆らうことなく、とうの昔に滅んでるってんだ!!……猫の爺様!俺達”まつろわぬ者”の意地って奴を、人間どもに見せてやろうぜ!!」
”ネコ丸”を最初に見つけた俊足自慢の妖怪:捷疾鬼が、そのように猫爺に意気揚々と話しかける。
周りが「そうだ、そうだ!」と合いの手を入れる中、横にいた大柄の牛妖怪:牛鬼がふん、と鼻を鳴らしながら呆れた様子で茶々を入れる。
「ふん、よく言うぜ。お前は真っ先に”ネコ丸”を自分の中に取り込もうとして、失敗したから猫爺に泣きついただけじゃねぇか……」
そんな牛鬼の指摘を受けて、周囲の妖怪達がドッ!と沸き立つ。
捷疾鬼が「それを今口にするの、かなり野暮天!韋駄天、俺の敵♪……って感じだろ!!」とお調子者っぽく返しながら、代わりに牛鬼に問い質す。
「じゃあ、お前さんはどうするってんでぃ!?」
「んなもんは決まっている。……どんだけ強大な力の塊に成り果てようが、それを目的にどんな奴らが集まろうが、人間相手に俺達”妖怪”がやる事はただ一つ。……ここはとんでもなくおっかねぇ場所だと思い知らせて、もとの場所に大人しくお帰り頂くってだけの話だ……!!」
牛鬼の堂々たる発言を前にして、再び周囲から「そうだ、そうだ!」と声が上がる。
それを皮切りに、「……でも、もしも"ネコ丸"君が本当に女子高生なら、帰る前にオジさんと楽しいひと時を……」などと言いながら、自身の財布からお札を抜き出そうとしている神待ち入道や、「そんな小娘なんか相手にするより、アタシと今宵限りの火遊びに付き合わないかい……?」と、未成年を守るためなのか、単に己の餌にするためなのかよく分からない意図の飛縁魔の誘い、などのやり取りが行われていく内に、先程まで七つの怪異に怯えていたのが嘘であるかのように、自然と皆の士気は高まっていた。
(そうだニャ……これだけ頼もしいみんながいれば、どんな相手が来たって、へっちゃらだニャ!!)
そう思いながら、ヒナタは周囲の妖怪達を見やる。
今別の場所に潜伏している者達も合わせて、この場に集まる事が出来たのは自分も合わせて百体の妖怪達である。
急な呼び出しであったため、まだこの地に来る事が出来ていない状態だが、自分達百体だけでなく妖怪神と七大妖怪王達がいる以上、これほど心強い味方はいないだろう。
「これはまさに”百鬼夜行”というに相応しい壮観さだニャ!!……みんながいれば、大抵の事はへっちゃらだにゃ!!」
と、そのようにヒナタが発言した――そのときである!!
『た、大変だ!!……裏庭を警護していた仲間達が、人間達に襲撃を受けた模様!……既に、8名がヤツらによって、再起不能になっている!――し、至急!応援を求む!!」』
突如、校内に鳴り響く妖力を用いた緊急通信――。
それを耳にしたヒナタや猫爺、周囲の妖怪達全てに衝撃が走る――!!
「ニャニャッ!?」
「な、なんじゃと!?」
その後に響き渡る「グアァッ!?」という叫び声。
それ以降、スピーカーからの音は完全に途絶えていた……。
……ヒナタが口にした”百鬼夜行”は、何者かの襲撃によって早くも瓦解の危機に瀕しようとしていた――。
※捷疾鬼が帝釈天様の大事なモノを盗んで逃げようとしたのを、それ以上の俊足ぶりで捕まえたのが、韋駄天様。
この故事があって、韋駄天は足が速い人を表すのに使われるようになったんやね♪