"七つの怪談"
「……と、いうわけなんじゃ」
「結局どういうわけなのか、全く分からないニャ!?」
時刻は太陽が昇りきった真っ昼間。
そんな晴天であるにも関わらず、不気味なほど薄暗い雰囲気が漂う誰も寄り付かなくなったはずの廃墟の一角において、間延びした老人の声と少女の叫びが響き渡っていた。
……いや、よく見れば彼女の頭部からは猫の耳らしきものが生えていた。
彼女らの周りには、人の顔らしきモノが浮かんだ煙やフワフワとした毛玉が浮かんでいたり、大きな猿や身長3メートルはあろうかといった禿頭の巨漢など、多くの人成らざる者達が蠢いていた。
これらの者達は皆”妖怪”と呼ばれる存在であり、長い歴史の中で人間社会の闇で蠢きながら、人知の及ばぬ異形・異能を誇る魔の者達であった。
そして、年の頃は16歳くらいのショートボブの頭部から猫耳を生やした少女――俗に言う妖怪:猫又であるヒナタは酷く憤っていた。
臀部の付け根から生えている2本に分かれた尻尾を逆立てながら、でっぷりと太った人間ほどの大きさの猫妖怪:猫爺に対してヒナタは、今にも掴み掛からんとする勢いで問い詰める。
基本、普通の猫と同じく夜行性であるヒナタだが、猫爺と呼ばれる祖父にロクに事情も聞かされぬまま、訳も分からない状態でこの場所へと連れてこられたのだ。
そんな彼女に奇妙なモノを見るかのような視線を向けながら、猫爺が「仕方ないの……」と口にしてもう一度ヒナタに説明をし始める。
「良いか?先ほども言った通り、昨日の夕方に人間達が暮らす住宅街に”ネコ丸”という強大なエネルギーの塊が突如異なる世界から飛来してきたのじゃ。……幸い、その場に居合わせた俊足自慢の妖怪:捷疾鬼が人間達の手に渡る前に”ネコ丸”を奪取し、儂ら妖怪界の重鎮にこれの処遇をどうするのか尋ねてきた事が事の発端なんじゃ……」
「アレ?言われてみたら、確かにそんな風に説明をされたような気が……でも、突然場面が始まったような気もしているニャ……?」
真理の一端に気づきかけたヒナタを無視して、猫爺は話を続ける。
「そこで儂らは、この”ネコ丸”というとてつもない力が悪しき者や欲深い者に奪われないように、人間が容易に立ち入る事が出来ないこの場所に拠点を築きながら、”ネコ丸”をもとの世界に戻すための儀式を執り行う事にしたのじゃ……!!」
「な、なるほどニャ……でも、人間達の侵入を防ぐためとはいえ、何もこんな場所を選ばなくても良かったんじゃないかニャ……?」
そう言いながら、自身が妖怪であるにも関わらず、怯えた様子でおそるおそる辺りを見回すヒナタ。
見ればヒナタだけでなく、この場に集いし他の妖怪達も大なり小なり似たような表情を浮かべており、猫爺ですら額に汗を浮かべている事からも、彼女がただの怖がりという訳ではない事は明白である。
誰も寄り付く者がいないこの廃墟は、かつての超絶私立:『どらやき小学校』――その校舎として使用されていた建物であった。
元来小学校という場所は、たわいない日常の中に未知や冒険を見出す事を好み、多くの知らない事を怪異などに繋げたがる子供達が多く集まることによって、いわゆる”七つの怪談”や”七不思議”というモノが生み出されやすい土壌があった。
普通の学校ならば、そこに通う子供達に見合った基準に合わせて『真夜中の音楽室でピアノをひく幽霊』とか『女子トイレの三番目に潜む”花子さん”』などといった定番かつ、嘘か真か分からない与太話程度の噂が生徒達の間で密かに語られつつも、卒業と共に生徒から忘れ去られるモノが大半であるに違いない。
だが、この超絶私立:どらやき小学校は違った。
名前の通り、超絶的な異次元レベルの才能を持つ子供達が抱えた好奇心・恐怖心といった感情・想像力も超弩級としか言いようがない代物であり、そのような生徒達によってこの地に顕現を果たした”七つの怪談”は、とてつもない才能を秘めた彼らどらやき小学校の生徒達……いや、大人達ですら手がつけられないほどの、強大かつ凶悪な”呪い”としか言いようがない存在であった。
――空に忽然と浮上する、死をもたらす巨大な眼球天体。
――既存の授業時間を吹き飛ばし、あらゆる知性・良識を廃滅へと誘う旋風。
――学校のグラウンドを覆い尽くす程の、明けることなき濃霧。
――地より這い上がり、生徒・職員の区別なく人々を我欲へと引きずり込む漆黒の闇。
――人類の存在意義と役割全てを無に帰すような超巨大統制管理システム。
――闘争の果てに散華した者達の魂を現世に呼び戻すうえに、あまねく世界を焼き尽くすほどの紅蓮の業火。
――生きとし生ける全ての者達に叛逆の意思をもたらす、愛すべからざる光。
これら七つの怪談はその尋常ならざる強大さから、『一世代につき、一つの怪談しか倒すことが出来ない』と言われるほどであり、現にどらやき小学校の数多の6年生達が残される在校生達の未来のために、中学受験に向けた最大の勝負時である自身の夏休みを犠牲にして挑んだにも関わらず、これらの怪異を一つとして抑える事は出来なかった。
無論、このどらやき小学校の異変に対して、国は早急に対策本部を設立。
当時の政府の意向のもと、自衛隊やこの国の最大戦力ともいえる検非違使達が、小学生の夏休み以上の期間や子供のお年玉以上の膨大な費用などを用いてこれらの怪異に挑んだのだが、七つの呪いは自分達をこの地に招き寄せた訳でもない”部外者”の彼らには全く容赦なく、甚大な被害が出るのみの結果となってしまった。
それ以来、このような犠牲が出る事や子供の学力低下を懸念した保護者達の抗議によって、どらやき小学校は子供達のリラックスルームがキチンと整備された新校舎に移転し、それ以来この場所は文字通りの”呪われた地”として扱われてきた。
実際に、3年前に起きたある大異変によって、数多の異世界と繋がり膨大な異邦人・異種族などが犇めく『転倒世界』と化した現在の日本においてもその影響力は健在であり、大異変の混乱に乗じてこの国で勢力を伸ばそうとしている新興武装組織や、”肝試し”という名目で至るところで乱交に耽け入っていそうな地元のヤリサーの学生達ですら、この地に訪れないほどである……と言えば、何も知らぬ余人であろうとも、その凄まじさが理解できるに違いない。
学校関係者が文字通り一人もいなくなったこの場所において、まさに何の制約もないと言わんばかりにこれら七つの怪異は、人間も異種族も……そして、妖怪の区別すらなく、ただひたすらにこの地に足を踏み入れた者達を誰一人として逃すことなく鏖殺していく。
その在り様はまさに、《神滅機構・呪怨装置》と言っても過言ではなかった。
この場にある事を許されるのは、ひたすらに生命や意思……あるいは何もかもを冒涜し、蹂躙せしめんとする禍々しい力の奔流のみ。
そういった意味では、人間達によって『七つの怪談』などと呼ばれているが、これらの怪異は自分以外の六呪の存在すら微塵も容認しておらず、さらに言えば人間達が”呪い”と呼んでいる現象も、ただ単にこれらの怪異が互いを潰し合っている場に遭遇してしまっただけのとばっちり……という可能性もゼロではないのだ。
(……もっとも、その意思すら本当にあるのか怪しいもんだけどニャ)
そこまで考えてから、ヒナタは慌てて現在自分が置かれている現状を思い出していた。
「そ、そうにゃ!?こんな危ないところにいたら、ヒナタ達まで”七つの怪談”に殺されちゃうニャ!!は、早く逃げなきゃニャ!」
今は何ともないが、いつ”呪い”に巻き込まれるか分かったものではない。
急いでここを逃げ出すよう進言したヒナタの判断は、至極真っ当なモノだと思われたのだが……。
「ふぉっ、ふぉっ!何、今はまだ心配する必要はないぞえ、ヒナタ。……なんせここには現在、妖怪神:甕星様と七大妖怪王様達が集結しており、”七つの怪異”の動きを抑えてくださっておるのじゃからな……!!」
「えっ!?あの妖怪神:甕星様と妖怪王様達がこの場所に!?」
猫爺の言葉を反芻しながら、その視線の先にある外を見やるヒナタ。
見れば、七つの怪異を象徴する膨大な力の奔流が禍々しき虹となりながらも、この廃校の真上で淡い赤色の輝きを放つ光を中心にするように、緩やかに引き寄せられていた。
邪悪なる虹を構成する七つの呪力はそれぞれ廃墟周辺の別々の方向から流れてきており、その根元には七体の人影がその場を守護するように存在していた。
彼女達こそが、現在この国で『七大妖怪王』と呼ばれている強大な妖魔達であった。
――泣きながら蟻さんの行列に話しかけている中庭の隠者、バンシー。
――音楽室の革命家、雷獣。
――グラウンドで一人黙々と頑張る薙刀部の部長、カーバンクル。
――保健室に潜むイタズラ♡小悪魔、サキュバス。
――理科室のテレビで勝手にゲーム始める奴、白鯨。
――体育館で雑巾がけに励む者、ヴィーブル。
――校長室に居座る問題児、火車。
『妖怪王』と名前がついている割に、大半が異国の者や妖怪ですらなさそうな者達ばかりだが、彼女らはかつて、『あやかしバトラー』と呼ばれた少年少女達とともに、人々を困らせる悪しき怪異達と戦い数多の怪奇事件を解決してきたという経歴を持つ。
強大な怪異との戦闘や自身の友である人間達との交流を通して、もとの種族としての限界を超えた力に目覚めた彼女達は、猫爺のような自分達に助けを乞う妖怪達の願いに応えるために、この忌まわしき地で七つの呪いを自身の力で食い止めながら、その膨大な力の奔流を調節し一つの方向へと誘導していた。
そして、その呪力の濁流が流れ着く先に浮かぶこの赤い光こそが、現在の日本において唯一『妖怪神』と呼ばれる領域に到達した伝説的存在:甕星である――!!
『甕星』という名は、この妖怪神を指し示す正式な名前ではない。
甕星は自分の身体から放つ淡い赤色の幻想的な光をもって、"大異変"前後の混迷した時代に迷う人々の心を照らし続け、彼らの"善なる感情"とでもいえるモノを集めた結果、この『転倒世界』と化した日本において唯一の『妖怪神』の座に上り詰めた存在である。
直接的な戦闘力は妖怪王達に及ばないモノの、甕星は世界の根源に影響を与えるほどの神にも等しき妖力を保持しており、現にこの廃校に根差した七つの怪異の力を一つへと導き束ねる事が出来ているのも、『妖怪神』たる甕星がいてこそ出来る偉業であった。
世界の根幹に干渉するほどの神力によって、淡く赤い光を放つ事以外はその正体を知る事は誰にも出来ないとされているが――人々の心を救い、妖怪達を導く存在として、人間・妖怪の双方から希望の象徴という意味合いを込めて『甕星』という尊称で呼ばれているのである。
「……そして、儂ら妖怪としては情けない話じゃが、”ネコ丸”をもとの世界に還すための儀式を行うために、『あやかしマイスター』の少女にも来てもらっておる。……あの少女は紛れもない"退魔師"側の人間じゃが、妖怪王様達の協力者である『あやかしバトラー』の少年少女達の御友人との事なので、信は置けるはずじゃよ」
「にゃにゃ!?あ、あやかしマイスターもこの場所に来てるのかにゃ!?」
猫爺の発言に対して、驚愕の表情を浮かべるヒナタ。
絆を深める事によって、パートナー妖怪を強化出来る『あやかしバトラー』と呼ばれる者達とは違い、『あやかしマイスター』とは人の世の裏側、闇夜で蠢く怪異や魔の者達を討伐する対魔師に連なる者達であり、ヒナタ達のような妖怪という存在にとって天敵以外の何物でもないからだ。
現に今回この地に招かれたあやかしマイスターの少女:弥勒寺 ツカサも自身の過去の経験から妖怪という存在に対してあまり良い印象を持っていなかったが、『あやかしバトラー』である七人の少年少女達やそのパートナーである妖怪達との交流を通じて、人間と妖怪の共存の道を模索するようになっていた。
今もこうしてツカサは、大事な友である妖怪王達を助けるために対魔師の本分を脇に置く形で、廃校の屋上で”ネコ丸”をもとの世界に還すための儀式に取り掛かっているところであった。
「ツカサ殿の話によると、現在この廃墟に宿った七つの怪異の強大な呪力を、”ネコ丸”がもといた世界に送還するために打ち出す力に転換しておるそうなのじゃが……その儀式を行えるのは、今宵の丑三つ時。……それまでの間、儂らの手で!この地を悪しき者達の手から守り抜くのじゃ……!!」
普段見ることの出来ない祖父の気迫を前に、それまでの動揺などを忘れて息を呑むヒナタ。
ここまで来てようやく彼女は、自分が否応なくとんでもない事態に巻き込まれたのだという事を、遅まきながら理解させられる事となる。
”ネコ丸”を巡る人と妖が入り混じる決死の攻防戦。
この場に集った者達全てにとって――長く、険しい一日が始まろうとしていた。