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冷徹と熱情のあいだ

 絶対的な不利に追い込まれていたはずの裕太が、自分に襲い掛かっていたヒナタをふっ飛ばしたらしい――。


 自身の眼前で起きていた超高速のやり取りの中で、かろうじてその事だけは理解した那智だったが、彼はヒナタを撃退した裕太に対して、称賛するというよりも訝し気な視線を向けていた。


(何だ……?一体、裕太に何が起きたというんだ……?)


 裕太が戦闘にしろ何にしろ爆発的なセンスを持っている、という事は彼を知る人間ならば周知の事実である。


 だが、先程までの彼は全力を出してなお、”ネコ丸”の力を内部に取り込んで強化したヒナタに苦戦を強いられる事態となっていた。


 それが、この短期間で爆発的に力が底上げされたのは一体どういうわけなのだろうか?


(これが裕太の”山賊”としての在り方なのか?だが、そう結論付けるにはあまりにも……)


 今の裕太は、”BE-POP”から程遠いところに存在しているように那智には思えた。


 那智の知る裕太という青年は、これまでどのような状況であろうとも飄々とした表情を浮かべながら大抵の危機を乗り越えてきていた。


 自分が圧倒的な強さを持つがゆえにか人に頼るのが苦手らしく、例え苦しい状況であろうとなかなか弱音を見せて来なかったし、多少の無理をしてでも自分一人で大抵の事をこなそうとするきらいがあった。


 それらも含め”裕太”という個人の在り方であるという事なら、まだ那智には理解できる。


 だが現在の裕太は、これまでの彼を知る者からは到底信じられないほどの無機質な雰囲気を全身に纏っていた。


 ――これが裕太がこれまでの人生の中で抱え、根底に眠らせていた一面なのか?


 ――それにしては、あまりにも脈絡がなさすぎる。


(そうだ、あれではまるで――)

 

 那智がそう思考している間に、裕太は如何なる表情も浮かべぬまま、冷徹にヒナタのもとへと迫る――!!


「ニャ、ニャニャッ!!」


 吹き飛ばされたモノの、”ネコ丸”で強化された事によって耐久力や再生力も上がっているのか、素早く起き上がったヒナタが裕太の追撃をすんでのところで躱しきる。


 先程とは違って今度は裕太の連撃をいなしながら、ヒナタは眼前の相手を観察する。


(何なのニャ……?さっきとは同じ人間とは思えないほど、何もかもが急変しているのニャ……!?)


 裕太が纏う冷徹な雰囲気、軽薄な笑みをごっそりそぎ落としたかのような不気味なほどの無表情ぶり、――そして、一切の無駄を排してただひたすらに合理性を追及した動き。


 確かにヒナタも”ネコ丸”の恩恵によって飛躍的に学習能力を上昇させているが、そういった敵の動きや状況を分析し、それらを実行に移しているのはヒナタ自身の判断である。


 だが、自身が現在対峙しているこの山賊は出力や精密性が飛躍的に上昇しているモノの、そこには彼が先程まで見せていた”意思”といったモノが微塵も感じられず、その事実がヒナタの困惑に拍車をかける事となる。


 再度行われる超高速の連撃の応酬。


 だが、先程までと大きく違うのは、一方的な展開ではなくどちら双方互いに拮抗した様相を呈していた。


 ヒナタが戦闘を通じて学習しているとすれば、対する裕太は余分なモノを削ぎ落しながら、ただひたすらに完全なモノを目指すための作業を行っているかのようであった。


「クッ……まるで、機械か何かを相手にしているみたいだニャ!?」


「……」


 ヒナタの呟きにも特に返すことなく、淡々と裕太が繰り出されるヒナタの攻撃を処理していく。


 実力は拮抗しているが、焦りを浮かべるヒナタと冷徹なまま何の感情も覗かせない瞳で戦局を分析する裕太。


 二人を取り巻く状況は、明らかに逆転していた。


 それというのも無理はない。


 ”ネコ丸”による能力の向上だけでなく、先程までは様々な要因がヒナタを後押しする形となっていた。


 だが、現在の裕太にそれらによる不調の陰りは見えず、ヒナタも能力は劇的に向上しているモノの言ってしまえばそれだけであり、当のヒナタ自身が逆転するための秘策や術、決め手となる技を持っていないために、現状を切り崩す事が非常に困難となっていた。


 自身と接戦を繰り広げているこの相手に起きた異変が、どういったモノなのかはヒナタには分からない。


 だが、こうしている間にも焦りといった感情で思考が鈍り始めた自分よりも、ここに来てなお攻撃の精度を研ぎ澄ませていくこの山賊の青年の方に、場が優位に動き始めているのをヒナタは感じ取っていた。


(それでも、ヒナタは……みんなから託された想いを無駄にするわけにはいかないのニャ!!)


 ――そのために、”ネコ丸”を奪おうとする山賊を倒す。


 そう強く思い浮かべようとしたヒナタだったが、ふと、小さな違和感が自分の中に突っかかっている事に気づいた。


 それはヒナタがこのような現状に置かれる原因となった一つの記憶であった。



『少しでも時間を稼ぐために、この一階にて儂らが彼奴等を食い止める!……ヒナタは、早く二階の校長室へと向かうのじゃ!!』



 ヒナタの中で、祖父である猫爺や周囲の妖怪達が自分を必死に送り出そうとしてくれた光景が思い起こされる。


 それはヒナタを害するようなモノではなかった。


 しかし、気づいてしまえば無視する事も許されないほどに、徐々にヒナタの中で大きな波紋を浮かび上がらせていく――!!


「……そうだニャ。今のヒナタがやるべき事は、たった一つのはずだニャ――!!」


 そういうや否や、ヒナタは颯爽と疾駆する――!!


 裕太を翻弄するかのように、優れた身体能力を駆使しながら天上に跳躍し、壁に張り付き、床へと四つん這いで着地……と、超高速で裕太を360°から囲むように移動していくヒナタ。


 だが、対する裕太は驚異的な超加速を前にしているにも関わらず、不気味なほど全く動じる様子を見せない。


 そんな裕太を前にしながら疾風の如く駆けずり回っていたヒナタだったが、彼の背後に着地するとこれを好機と見たかのように叫びを上げる――!!


「今だニャ――!!」


 ヒナタは背後の死角を取ったはずの裕太から背を向けると、勢いよく反対方向に向けて疾走していく――!!


 彼女の瞳に映っていたのは、裕太の仲間である山賊の青年:那智なち……と、『校長室』と書かれたプレートがあった。


 ヒナタは全力疾走しながら、一人思案する。


(あの様子を見るに、たぶんヒナタが奇襲をどんなに上手く仕掛けたとしても対応されていた気がするのニャ……それに、今は素手で戦っているけど追い込んだらどんな奥の手が飛び出してくるか分からないし……!!)


 向こうの手札は分からない。


 だが、少なくともヒナタは自身に切り札と呼べるモノなどない事を理解していた。


 ならば、ここは下手に勝負を仕掛けるところではない。


 何故なら……。


(ヒナタは……”ネコ丸”を無事にカリンちゃんに届けなきゃいけないんだニャ!!)


 ”ネコ丸”が自分の中から取り出されてしまえば、ヒナタはまた無力な猫又に戻ってしまうに違いない。


 だが、それでも構わないとヒナタは想う。


 この万能感や手にしたはずの力が失われる事は確かに怖いけれど、それでも、自分を信頼してくれた猫爺やみんなの想いを捨て去るような真似をする事の方がヒナタには耐えられそうになかった。


 結局のところ、自分はどれだけの能力を得たところで、逸脱した決断に踏み切る事が出来ない弱い存在なのかもしれない。


 だが、その”弱さ”があったからこそ、自分はこうして前に進めるのだと、ヒナタは確信する――!!


 眼前には、裕太ほどの脅威ではなかった那智がいる。


 ヒナタが疾走しながら彼に向かって、爪を振り上げようとした――そのときだった。



「標的補足。……これより、殲滅を開始する――!!」



 刹那、横合いからヒナタの身体に強い衝撃が襲い掛かる――!!


 そこにいたのは、瞬時にヒナタへと追いついた裕太であった。


 ヒナタの身体は盛大に弾き飛ばされており、そんな彼女に対して無感情のまま追い打ちを仕掛けようとする裕太。


 絶体絶命の状況だったが、それでもヒナタは苦し気ながらも淡い笑みを浮かべていた。


(流石に、あのまま見逃してくれるつもりがないのは分かっていたのニャ……!!)


 無事に裕太の追撃を逃げ切れるのならそれで良し。


 だが、そう上手く出し抜けるような相手ではない事は、この短いやり取りの中で全て攻撃を見切られていたヒナタだからこそ分かる事だった。


 ゆえに、ヒナタは疾駆しながらも裕太の横やりが来ることを前提に最大限の警戒を行っていた。


 その甲斐もあってか、奇襲を受けながらも最低限の受け身を取る事に成功した。


 そして、ヒナタは裕太の攻撃をくらいながら、自分から飛び込むように身体をある場所にぶつけていく――!!


「ッ!?クッ、やられたか……!!」


 自身の眼前で起きた怒涛の展開を前に、見ている事しか出来なかった那智だったが、事態を理解して悔し気な声を漏らす。


 彼が見つめる先、ヒナタが飛び込んだのは、紛れもなく『校長室』に他ならなかった――。








「痛タタタ……で、でも、これで何とか目的地には辿りつけたのニャ……!!」


 背後から豪快に校長室に飛び込む形になったヒナタは、そう呟きながら、ゆっくりと身体を起こす。


 ただ、確かに衝撃はあったモノの自身の後頭部には言うほどの痛みはなかった。


 受け身を取っていたとはいえ、まるで誰かに身体を受け止めてもらえたかのような……。


 そこまでしてから、ヒナタはハッ!とした表情を浮かべる。


 怪異の封印作業中の校長室で、突撃してきた自分を受け止めるような存在など、一人しかいないはずだからである。


 ヒナタが恐る恐る振り向いた先――そこには、何の予想も裏切ることなく、必然と言わんばかりに一人の少女が壁を背にしてへたり込んでいた。



「痛タタタ……って、いきなり何なんッスか!そう叫びたいのは、こっちの方ッス!!」



 そう言いながら、若干涙目で起き上がったヒナタを軽く睨みつける猫耳を生やした少女。


 彼女こそが、この校長室で”生きとし生ける全ての者達に叛逆の意思をもたらす、愛すべからざる光”の怪異を抑え込んでいる妖怪火車王:カリンであった――。


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