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”覚醒”

 護衛妖怪すら難なく倒す山賊の青年と対峙する事になった猫又の少女:ヒナタ。


 絶対に欲深な人間に渡す事が許されない強大なエネルギーの塊である”ネコ丸”を抱えながら、ヒナタは為す術もないままにへたり込んでいた。


 そんな彼女のもとに、更なる追い打ちをかけるかのように新たな人影が姿を現す。


「……どうやら、あらかた終わったようだな。後はその猫耳娘からその”ネコ丸”とやらを押収すれば、ここに用はない……!!」


 裕太の傍らから姿を現したのは、言わずもがな、那智なちであった。


 裕太の戦闘が終わるまで物陰に身を潜めていた那智は、事態が一通り終わったと判断し、自分達が狙う最大のオタカラである”ネコ丸”の回収に当たろうとしていた。


「那智、本当にこの子が持っているボールみたいなのが、妖怪達の言う”ネコ丸”とかいう代物で合ってるか?」


 裕太は眼前のヒナタが抱える”ネコ丸”から確かに強大な力を感じ取っていたが、ヒナタと牛頭馬頭の二人組のやり取りすら自分達山賊を欺くための偽装である、という可能性を警戒していた。


 ゆえに自分達"ZIG=ZAGジグザグ"の中でも、一番こういった目利きに自信がある那智に真偽を尋ねる裕太。


 そんな裕太に対して、肯定の意思を込めて那智が強く頷く。


「間違いなく、これが俺達の追い求めたオタカラに違いない。……そこの猫妖怪、ヒナタと言ったか。これで分かっただろう。お前がどれだけ使命感に燃えようとも……と、大人しく襲撃者の話など聞くはずがないか」


 そのように大した感情も見せずに、那智が平然と呟く。


 見れば那智が語り掛けている間に、ヒナタは勢いよく身体を滑らせるような形でその場を離脱しようとしていた。


 校長室から遠ざかることになるが、それどころではない。


 あのままだったら、どのみち自分から”ネコ丸”が奪われる事は明白である。


 ゆえに、ヒナタは火車王:カリンのいる校長室から離れることになったとしても、なんとしてでもこの場を離脱しなければならなかった。


(どうして、ヒナタばかりこんな目に遭うんだニャ!?……本当なら、とっくにカリンちゃんに”ネコ丸”を届けておしまいだったはずなのに……!!)


 もしも、猫爺達がヒナタに”ネコ丸”を託したりしなかったら――。


 もしも、牛頭や馬頭がほんの少し融通を利かせて自分を通してくれていたら――。


 もしも、カリンがほんの少しでも部屋から出て山賊達を撃退してくれていたら――。


 そんな様々な思考がヒナタの脳裏をよぎる。


 だが、彼女がそのように考えられていたのは、そこまでだった。


「――ッ!?」


 一陣の風が横切ったかと思うと、ヒナタの眼前には余裕の表情を浮かべた裕太が立っていた。


 裕太は何の害意もなく、にこやかに笑みすら浮かべながらヒナタに話しかける――。


「ヒナタちゃん、だっけ?俺の名前は裕太ゆうた。んでもって、今君の後ろにいるぶっきらぼうな感じのアイツが那智なちって言うんだ。……ん~と、よろしくって言うのは変かもしれないけどさ、君に危害を加えるつもりはないから、その”ネコ丸”っていうオタカラを俺に渡してくれないかな?」


 何とか走り去ろうとしていた自分の前に突如現れた裕太を前に絶句するヒナタ。


 そんなヒナタに構うことなく、彼女の背後からさして動じていない様子の那智が裕太に話しかけていた。


「どうやら、俺は気まぐれな猫妖怪とやらとはとことん相性が悪いらしい。……裕太、そいつは大した強さではないとはいえ、”ネコ丸”とかいう未知の力を手にしている以上、何をしてくるか分からん。……油断せずにさっさと奪い取るぞ……!!」


「あいよ、了解~!!……にしても、らしくもない軽口を叩いている辺り、やっぱり責任とか感じちゃってるんですか?那智さんや?」


「――ッ!!うるさいッ!お前こそ、無駄口を叩くな……!!」


 ”ネコ丸”を巡る緊迫した状況下のはずなのに、そんな事を感じさせない気楽ともいえる二人のやり取り。


 そんな現状と那智に今何の気なしに言われた一言が、嫌でもヒナタに”現実”というモノを理解させられる形となっていた。


(そうニャ……今こうなっているのも、全部ヒナタが弱っちいからなんだニャ……!!)


 もしも、ヒナタが妖怪としてもう少し強い存在だったのなら――。


 猫爺達から託された使命も難なくこなし。


 牛頭馬頭にも疑われることなく瘴気を余裕で跳ね返し。


 そして、疎遠となっていた幼馴染の妖怪火車王:カリンとも対等に並び立てたかもしれない――。





 現在、そんな立場に程遠い場所にいるのも、そんな信頼に応える事も勝ち取る事も出来ていない己自身の弱さが全ての原因である、とヒナタは思い知らされていた。


(ヒナタがもう少し強かったら……最初から、こんな事にはならなかったはずなのに!!)


 ヒナタがそのように懊悩している間にも、裕太という青年が勝利を確信した表情と足取りのままにヒナタに近づいてくる。


 自分がどれだけ爪でひっかこうと、更に逃げようとしたところで、牛頭と馬頭の二名を易々と倒したこの山賊には敵わない。


 既に無力感というモノには、嫌と言うほど打ちのめされている。


 だがそれでも、ギュっと瞳を閉じながらも、ヒナタは願わずにはいられない。


(このまま、本当に何も出来ないまま終わるのは嫌だニャ……!!)


 山賊に”ネコ丸”を渡して、本当に安全が保障されるのか?


 自分に与えられた使命から、逃げる事など許されるのか?


 そんな理屈とはほど遠い原初の感情ともいえる根源的な部分で、ヒナタはここで自分が諦めてしまう事を拒否していた。


(もう、これ以上……ずっと何かから逃げ続けるのは絶対に嫌だニャ!!)


 本音を言えば、怪異の封印作業を放り出して、今すぐあの校長室の向こうからカリンが自分を助けに来てくれないかという甘えた期待も僅かにある。


 だけど、それ以上にこの場で無抵抗のまま”ネコ丸”を山賊達に奪われるような事になれば、自分は例えこの場を生き残れたとしても、この先一生カリンと顔を合わせる事が出来なくなる気がしていた――。


(こんなところで、諦められるはずがないニャ……!!)


 胸の中にある”ネコ丸”を抱いている腕に、今までよりも強く力を込めるヒナタ。


 だが、どれだけの想いがあったとしても、それを実行する力も手段も見当たらない。


 ヒナタが強固な意志を持とうとも、このまま裕太達に”ネコ丸”を略奪されるしかないかと思われた――次の瞬間!!


「ニャ、ニャニャッ!?」


 何と、ヒナタが抱えていた”ネコ丸”が、それまでの無反応ぶりが嘘であるかのように眩い輝きを放ち始める――!!


 そして、信じられない事に”ネコ丸”は、ヒナタの胸の中へと徐々に入っていったかと思うと、彼女の中にすっぽりとその姿を納めてしまったのだ。


 突然の事態に驚愕の表情を浮かべたまま絶句するヒナタと山賊達。


 だが、異変はそれだけではなかった。


「ッ!?ニャニャッ!!……何だか、力が溢れてくるニャ!!」


 ヒナタは”ネコ丸”が収まった胸部を中心に、自分のモノとは思えない力が溢れ出ているのを感じていた。


 そして、その異変に気付いたのはヒナタだけではない。


 優れた観察眼を持つ那智や、圧倒的な戦闘力を誇る眼前の裕太もヒナタに起きた変化に戸惑いを隠せていなかった。


「裕太ッ!!」


「分かってる!!任せろ!」


 那智の呼びかけに応じながら、ヒナタに向かって手刀を振り上げる裕太。


 そこには何の慢心も油断もなく、ただ、当然の帰結としてヒナタの意識を刈り取る――はずだった。


「ニャニャッ!!」


 刹那、裕太の横を一陣の疾風が吹き抜けていく。


 何が起こったのか分からないといった表情で佇む裕太。


 一瞬とも永遠ともいえる時間が流れた後――裕太が振り上げていた右腕から、勢いよく血流が噴き出していた。





「裕太ッ!?」


 那智がこれまでに見せたことのない驚愕の表情を浮かべながら、裕太に呼びかける。


 彼が驚くのも無理はない。


 これまで”草履大将”の集団戦術や”金剛こんごう”のような決戦怪造兵器を相手にしても、飄々とした態度で勝利を収めてきた裕太という青年が、非力なはずの”猫又”と思しき少女に為す術もなく流血する事を許し、膝をつく形となっていたからだ。


 仲間に限らず裕太の事を知っている者ならば、到底信じられない光景のはずである。


「大丈夫だ、とりあえずの止血は済んだ……!!それにしても、明らかに反応が遅れていたのに、その状態から俺が認識出来ないような反撃を繰り出してくるとはな……!!」


 そう言いながら、裕太は超高速で自分の後ろに回り込んだ猫又の少女の方へと振り向く。


 対するヒナタは圧倒的な優位性を得たにも関わらず、自身に起きた異変に激しく戸惑っているようであった。


「こ、これが、ヒナタの”力”なのかニャ……?いくら何でも、凄すぎるニャ……!!」


 そう言いながら、震える両手をジッと見つめるヒナタ。


 相手が無法の徒である”山賊”とはいえ、初めて人を傷つけたという恐怖心も確かにある。


 だが、それ以上にヒナタは自身が手にした力の凄まじさに、激しく昂揚していた。


(この力さえあれば、ヒナタも……!!)


 そう思いながらヒナタは、強い眼差しでこちらを警戒している二人の山賊の青年を見やる。


「……もう、怯えて泣く事しか出来ないような猫はどこにもいないのニャ。ここからは!ヒナタの反撃開始だニャ!!」


 刹那、ヒナタの姿が一瞬で二人の視界から掻き消える――!!





(……狙いは、やはり俺か!!)


 手負いとはいえ、圧倒的な戦闘力を誇る裕太が警戒態勢に入っている以上、今のヒナタが潰しにかかるのは自分であるはず、と那智は確信していた。


 現にそれを証明するかのように、瞬時に現れたヒナタを前にしても那智は動じることなく、高速で繰り出された彼女の引っ掻きを避けていた。


「ッ!?ニャニャッ!」


 思ってもいなかった事態を前に、軽く困惑した表情を浮かべるヒナタ。


 そんな彼女に対して、那智は素早く足払いをかける。


「ぶにゃあッ!?」


 盛大に転びかけるが、慌てて持ち直すヒナタ。


 それら一連の様子から、那智は鋭くヒナタの戦闘力を推し量っていた。


(恐らくこの猫妖怪は、あの”ネコ丸”とかいう代物を取り込むことによって、力や速度といった身体能力を大幅に底上されたようだが……肝心の戦闘経験がまったくないとみえる!)


 あの自分達を前に怯えるしかなかったヒナタを、ここまで戦える存在にする辺り、”ネコ丸”には身体能力の強化だけでなく、恐怖心を和らげる心理的作用もあるのかもしれない。


 だが流石に、戦闘向きではないヒナタの戦闘経験や知識を補うほどには万能ではない、と那智は判断していた。


(それならば、やりようはいくらでもある……!!)


 那智はヒナタの高速ながらも大振りな攻撃を躱しながら、器用に猫騙しや足払いを仕掛け、取り出したペンライトをヒナタの顔に向けたりしながら、戦局を搔き乱すことに成功していた。


 那智自体は裕太や大輔ほどの戦闘力は有していないが、こと人の裏をかく事に関してはまさに天才的であり、能力を底上げされているとはいえ、真正面から挑むことしか出来ないヒナタにとって最悪の相性といえた。


 とはいえ、那智の身体能力はあくまで人間としてのモノであり、決定打といえるモノがない事からもこのまま行けばいずれヒナタの攻撃でやられるのは目に見えていた。


 現に怒りを見せたヒナタにペンライトを弾き飛ばされたにも関わらず、何故か那智は勝利を確信した笑みを心の中で浮かべていた――次の瞬間!!


 そんな彼の想いに応えるかのように、ヒナタの背後から高速で一つの影が急接近していく――!!


「――ッ!!」


 それは言わずもがな、裕太であった。


 那智は、ヒナタの注意を自身に惹きつけている間に、裕太が万全の態勢で急襲出来るように時間を稼いでいたのだ。


 後はヒナタが、無防備になった背中から裕太の正拳突きを受けてそのまま戦闘が終わる……はずだった。


「……フッシャアァァァァァァッ!!」


 なんと、ヒナタは完全な死角から放たれた裕太の不意打ちを急激に屈みこむことによって回避し、そのまま下から右腕を振り上げて反撃に転じたのだ。


 咄嗟のことながらも、自身の圧倒的な戦闘センスを頼りに回避する裕太。


 だが、乾坤一擲の急襲が避けられた事で僅かな隙が生じたのか、そのままヒナタの連撃が必殺の威力を持って立て続けに裕太へと迫っていく――!!


 その様子を見ながら、那智は呆然とした表情を顔に張りつけて思案する。


(ま、まさか……奴は、この戦闘の中で成長しているというのか!?)


 確かに”ネコ丸”はヒナタに知識や戦闘経験などは与えられなかったかもしれない。


 だが、”ネコ丸”はヒナタの能力を底上げする事によって、彼女の学習能力を飛躍的に上昇させ、この僅かな戦闘の合間に劇的な進化を促すことに成功していたのだ。


 現にヒナタの攻撃は最初に那智に仕掛けたモノと違って、目に見えて徐々に無駄な動きがなくなり、フェイントを交えながらあの・・裕太を追いつめていた。


 自身もまた、ヒナタの成長に気づかないほど余裕がない状態に追い込まれていたのだという事に、今更になって那智は気づく。


 だが、それが分かったところで最早手遅れであった。


 ここまでの超高速な接近戦になれば、迂闊な手出しをすることは裕太の邪魔にしかならない可能性の方が高い。


 かと言って現状のままで行けば、度重なる連戦や猫爺の発言で憔悴している状態のうえに、”ネコ丸”の未知なる力で身体能力を大幅に上昇されたヒナタを相手にする裕太の方が、絶対的に不利と言えた。


 万が一にも裕太が敗れる事になれば、今のつけいる隙なく進化を遂げ続けるヒナタを前に自身が瞬殺されるのみ……。


 それでも、何とか打開策を見つけ出そうと那智が模索していた――そのときである。





「”解析”完了。これより、敵性存在”猫又”に反撃を開始する……!!」





 いつも軽い調子で受け答えしている裕太とは思えない無機質な声が、那智の耳に入ってくる。


 刹那、あれほど追いつめられていたのが嘘であるかのように、ヒナタの身体が後方へと吹き飛ばされていた――。


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